上 下
61 / 68

第54話 文化祭 脚本とアドリブ

しおりを挟む
望月さんは、インカムで演劇部仲間に演出の指示を出した。
「ミトちゃんに、ピンマイク装着済み!アナウンスお願いします。」

─只今より、2年β組、和風喫茶「キミドリムシ」プレゼンツ、邦楽部、演劇部によります合同公演を始めます。

BGM。邦楽部による『さくらさくら』。プール場の強化ガラス上のステージに映し出される和柄のプロジェクションマッピング。
曲が終わり、センターからせりあがってくる椅子に縛られた人物。項垂れている。
(スゲー。この装置、林が作ったんだな……)

「姫役、歩き出します。効果音!」
かつーん。かつーん。

ハイヒールを踏み鳴らして歩いて行く。地面まである裾を引きずりながら堂々と歩く。ステージに注目しているお客さんの背後から登場する演出だ。

(足が震える……オコメさんって優秀だったんだな。あの人の研修、かなりスパルタだった。)

「あんた立ち姿がオスなのよ。しかも、前のめりでいつも臨戦態勢ーって感じ。顎を引いてるのは良いけど。」

低い声で女性的な話し方をする執事服を着た男に、部屋を何往復も歩かせられた。

(使ってない筋肉使って、足が震える!!)

「所作は私のシショーに教えて貰うのが良いわ。」
「私のデザインのコーチでもあるの。」
ミネルヴァさんとメグちゃんは、家事代行業務の支店長であるサトルさんを指名した。

「可愛いけど、舞台衣装なのだから、これじゃ駄目。動いたら胸の辺りがポロリしそうよ。」
「サラシ風チューブトップ、駄目でしたか?」
「擬人化の子は身体のサイズが変わるんでしょ?」
「確かに動きづらいし、ちょっと身体の幅が狭くなった時、はだけそう。」
「帯が在るから大丈夫だと思ったのに……」

(メグが何度も直してくれたこの衣装と小手先の色気を引っ提げて、この学校で最後のサービスしてやんよ。)

姫「そこをどいてちょうだい。道を空けなさい。」
お客さんと触れ合う。
(望月……説明書きが少ねぇ……)

お客さんの肩に手を当てたり、しなだれかかる。流し目がちに目を合わせる。
後退する者。目を見開いて硬直する者。スマホのカメラで撮影する者。そんな、お客さんたちに、冷たくあしらってく様なコミュニケーションを取っていく。

姫「貴方……私の家臣を見てないかしら?」
お客さんの顎を扇子でクイッと上げて言う。
(望月……このサービス需要あんのか?)

「貴方それでもにゃんこなの?」
「いや、トラだから……」
「トラも猫科なんだから、にゃんこみたいに歩いて、すり寄って、媚売りなさい。登場シーンはそうゆう感じでしょ?もっと冷たくあしらう処と緩急つけて!」

一通り媚売り終わって、姫は椅子に縛られた人の方へと視線を向け、家臣が控えている場所へと向かう。

姫「……見つけたわ。貴方に会える事をどんなに待ち焦がれていたことか……」
ドレスの裾を掴んで其方へ早足で向かっていく。

翻った拍子に黒色のスパッツがちらっと見えた。

家臣「愛しの姫……この者ではなく私を縛れば良かったのに……」
姫の手を取って、かしずき手の甲に接吻をしようとする。
姫「どの口が言う!!」
姫は家臣の手を払い退け、肩を靴で踏みつける。
(ミトの奴……手加減してるけど、強めに踏んで来やがった……)

姫「この者と駆け落ちしようとした事は知っておる。……この、裏切り者め!」
家臣「私は、姫様に忠誠を誓っております……」
姫「では、なぜこの者を持ち出そうとした!」
家臣「それは─」
家臣はキッと顔を上げ、立ち上がる。

姫は、手を地面につけて側転しつつ最後は後方に宙返りをし着地をした。
おお!と、客席から盛り上がる声がした。

家臣「貴様、本物の姫ではないな!その身のこなし、やはり姫の影武者だったか……」
姫「貴様こそ、間者であることは調べがついている!この者を奪って、この城のデータを盗み出そうと企む不届きな輩。」
家臣「ばれてしまっては、この者を力ずくで奪うしかない。」
縛られた人の前に立ち、姫に木刀を向ける家臣。

姫「そうはさせん!その者は城の機密情報を記憶する、カラクリ人形なのだからな!」

カラクリ人形「パスワードをお入れ下さい……」
声は録音でノブ子は口パクをしている。

姫「盗み出したとしても、パスワードが解からなければ意味がない。」
家臣「……では少々戯れをせぬか?そなたがパスワードを解いたらこいつを手放してやろう。影武者風情に解ける筈はないのだがな。」
ハハハとバカにする様に笑う。

家臣「何故ならこのカラクリ人形は、城主の奥方様を模して作られている。奥方様は溺愛する娘である姫の言葉をパスワードにしたという噂!」

用意されたスクリーンにミトが錯乱期間中に猫化していた時の映像が流された。
「な!?」

家臣「実際の姫様はこの腑抜けた調子。これでは影武者を表に出すのも納得がいく。」
姫「なんという無礼!なんという侮辱!」

①「ノブ子お姉ちゃん大好きー。」
②「一緒にお風呂に入るの。」
③「ナデナデしろ。」

家臣「パスワードは、この三択に絞る事に成功したが……2つ間違ったらこのカラクリは初期化されてしまう。」

姫「……嘗めた真似を。しかし、一度で当てて見せればよいのだろう?」
ふにゃふにゃと小声で回答する。

家臣「何ですって?聞こえませーん。」

姫「な、ナデナデしろ!って言ってるだろ!!」

カラクリ人形「………パスワードが間違っています。」

ミトさんは、其を聞いて真っ赤な顔になってしまった。林さんによって、この劇の様子が校内中に放映されていた……

姫「ま、まだだ!まだ一度、チャンスは残っている!」
家臣「いいえ、二択にしてくださってありがとうございました。後はお任せ下さい。さようなら……」
床に仕組まれたスイッチを踏むと、林さん自作のプールの中へと落ちる仕組みの奈落へとミトさんは消えていった。
「てめぇ……」

「ミトさん……!」
其を見た、カラクリ人形が縄をすり抜け、脚本とは関係なく奈落へと飛び込んでいってしまった。

「妖精さん!?」
林さんは、パジャマパティーした日の事を思い出した。(何で今回もミトの方に行っちゃうのですか……)

題名『泡沫《うたかた》のカラクリ人形』望月瑠奈 作

縛られた人:小池 ノブ子(実は城の重要機密を記憶するカラクリ人形)
                姫:斎藤 ミト(実は姫の影武者の忍者)
            家臣:林  聡見(実は敵の城の間者)
しおりを挟む

処理中です...