EDGE LIFE

如月巽

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Case.03 Game

東都 北地区β− 二月二十五日 午後二時三十三分

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 倉井の相談中に入ってきた昨夜の電話は、事務所の社長だった。
 受話部を通すその声は酷く震えており、その場に居なくとも分かる程の動揺を滲ませて告げてきたのは、警察への出向願しゅっこうねがい
 しかもその理由は、自分達が調べている案件内容の被疑者として嫌疑が掛けられたためだ。
「少しは口を聞いて、嘘でも弁解の一つも言ったらどうなんだ?」
「虚偽の罪で捕まえられたら困ります」
「それは改竄した事を隠したいからだろう」
「想像力が逞しいですね」
 灰色に染まる広い立方体の様な空間の中、事務机を挟んだ向かい側から、全く以って身に覚えのない罪の是非を問われ続けて早数十分。
怒鳴り声が耳に入らないわけでは無いが、早口が過ぎるせいで時折何を言っているのか聞き取れない。

 月原と交互に調査対象の遊戯施設へ出入りを繰り返してはいたが、画像に送られてきた人物に似た者は見かけた覚えはない。
 ましてそのうちの一人は、昨晩の話でも上がっていた青山 遥で、見間違えるような事はそうそう無い。
だが、巡回時間に掛かる頃合いに入店しても会えず終いに日が過ぎてしまい、巡回最終日の今日を迎えてしまった。
 
 疑いを自分に向けて捕らえられる事も想定し、いくつかのカプセル型アミューズゲームをプレイしていたが、こうもうまく行き過ぎるのも正直拍子抜けしてしまう。
「ゲームデータ、違法改竄したんだろ?さっさと認めた方が楽だぞ」
「誘導尋問がお好きなら怒鳴るのはどうかと。ドラマでも今時見ませんよ」
「あ?誰がそんな話をしろっつった?やったかやってねーか答えろってんだよ!」
「そんなに机叩いてると手首痛めますよ」
「ふざけてるのか?!誰が叩かせてるんだ!」
「自分、叩いて欲しいなどと言ってませんが…」
薄く笑いながら全く無関係な解を置き、事実無根の詰問には黙して、罵詈雑言を右から左へ聞き流す。
(認可証出したところで要らん上げ足取られそうだしな…)

 民間機関や国役所、表仕事の関係者を含めても本来の役職を知っている人間は、一握ほどの人数だ。
 疾斗自身は国家認可所持の件は勿論、請負業に身を置いていること自体も殆ど話していない。
故にこの様な事が起きることも想定はしていたが、目前の刑事はこちらに話す隙を与えるつもりはないらしい。

「おい、聞いてるのか?!」
「一応」
「一応だと?自分がやったと認める気は無いってのか!!」
(面倒だな…)
 自分と歳の変わらなそうな刑事補佐らしき青年は、手柄を立てて上へ昇りたいのか、知りもしない非を認めさせようと怒鳴り散らしているのが手に取るように分かる。
 調書を書き連ねる女性警察官へ目をやれば、目前の男の行動を迷惑げに目を細めて何事かを呟き、時折此方を見ては恥ずかしげに目をそらす。
「どうせ事務所が助けてくれるとでも思ってるんだろうが無駄だぞ。こっちは請負人から正式通報受けたんだ、お前が認めるか身の潔白を証明するまでは出られないぞ」
一般請負人普通の通報にそこまでの拘束力は無いんだが)
 業務代行請負人が犯罪行為を発見・摘発した場合、対象者を一時的に拘束することが許されている。
それは認可の有無に関わらず一様に持つ権限だが、通報拘留時間はその業種に携わる期間によって変わる。
 国家認可請負人からの通報拘留時間は最長一ヶ月だが、一般業務としての請負人 ─ しかも新人となれば、拘留時間は半日あれば良い方だ。
 全てを一緒くたに考えているのか、若干勘違いしているらしい刑事は、恫喝に似た問いを並べ立てながら此方を嗤う。
 その気になれば幻覚を魅せて逃げれば良いが、能力の頻発は後の代償に響く上に、職務中ではない非能力者への過度な能力使用は規定違反になってしまう。
それを考えると、下手に使う訳にはいかない。
(…若干面倒だな)
 表に薄笑いを張り付けて内側で重く息を吐き、頭には状況打開方法をいくつか組み立ててみるが、正面から投げられる無駄な罵声に思考が霧散した。

───────────

 話すことすら億劫になり、完全黙秘を始めてどの位過ぎたのだろうか。
通信機器が一時没収されている上に、部屋の中に壁掛時計はない。閉鎖的な空間で「認めろ」の一点張りで進展のない問答を続けているせいか、時間感覚が狂う。
黙っていること自体は別段苦痛にはならないが、人よりも多少耳が良く聴こえる自分には、男の喚き声で脅してくるせいで煩くて敵わない。
 鉄製の扉はあれど防音にはなっていないのか、通り掛かる人間の微かな音が聞こえる。僅かに立ち止まる気配こそ感じるが、文句や陰口らしき物音が無いことを考えると、このやり方で手柄を上げている事実があるというだろう。
(やり口は三者三様だろうが、こんなやり方を認めているのは些か問題だな…)
左目に埃が入ったのを装い、何も映さぬ右目だけを開いて男を視界から外せば、苛立った気配が真横へと動き、次の瞬間には襟首を掴まれた。
「モデルだかなんだか知らねえが、いつまでもスカした態度取れると思うなよ?こっちには証拠になるデータも出てるんだ!」
「本当にテレビドラマみたいな事言うんですね」
「っいい加減にしろ!!」
身体を揺さぶろうと襟を握る手が前後するが、体格に差があるのかに大して動く事はなく、ほんの少し肩が揺すられるだけで終わる。
それが尚更腹立たしかったのか、憎々しげに睨め付けられたところで扉が叩かれた。
終夜よすがら、そいつは釈放だ」
「どういう事ですか?コイツ何も話してませんよ?!」
「そいつが潔白シロって証明が出たんだよ」
彼が騒ぎ立てる青年の上司なのだろう。終夜と呼んだ興奮気味の刑事に呆れを見せながら、初老の男が判断結果を告げながら疾斗を手招く。
「改竄データを使ったっていう写真だってちゃんと出してるじゃないですか!」
「納得がいかないなら、彼の身元引受人に聞いてみると良い」
「何処のクソ野郎だって言うん─」
「おやおや、今時の警察には自分の上司への敬いの態度も言葉遣いも知らない人間がいるンですね」
やけに軽妙な口調が廊下側から室内へ向けてさらりと毒突く。人を嘲笑う軽薄な口上とは裏腹に、一切の感情を感じることができない。
隊服を模してデザインされている上衣を着こなし、和やかな表情にはそぐわない平坦な音を吐いた男が、口角を上げるだけの笑みを見せて青年へ向く。
襟を握る手を離すよう視線が注がれていることに気づいたらしく、疾斗の首元がゆっくりと解放された。
「どうも初めまして、終夜 仁緒にお刑事。業務監視調査機関レイヴホープ・機関長、あなたのクソ野郎こと樹阪 爛と申します。以後お見知り置きを」
「国家機関支部の…機関長……?」
「そのお若さで刑事職についているだけありますね、知識はちゃんとおありでしたか。それなら良かった話が早く終わると言うもの」
「なんですか?彼のデータについてなら、俺が請負人からスクリーンショットの写真と一緒に受け取って提出しましたよ?」
 焦りを見せたのも一瞬、終夜はその目を歪めて勝ち誇るように言葉を並べ立てる。
その様子に意外だと言いたげに片眉を上げた樹阪は、軽く肩を竦めて刑事へと目を向けると、一つ息を落として口を開く。
「…確かに終夜さんの言う通り、そのように話は伺ってます。伺ってはいるんですけどね、その報告書に記載された日はクラウドバンク側の定期メンテナンス日でした。その際にデータ保存ミスが起きたらしく、彼のデータはその時に破損してしまったそうでねぇ。改竄データでは無かった事が判明したんです」
「一応会社側にも問い合わせた。確かにメンテナンス時間が合致している」
「自分もクソほど忙しい身分なもので。ようやく時間が取れて連絡させていただいた所、すでに任意同行で来ているとのコトだったので、身元引受人も兼任して此方に馳せ参じさせて頂きました」
 表情を崩す事なく鮮やかに厭味を投げる樹阪の口撃に、若き刑事は音が取られたように喉を上下させて視線を彷徨わせる。
 緩みかける頰を片手で摩りつつ終夜に顔を向けて目を細めれば、「さっさと行け」と言わんばかりに扉へと顎でいなされ、腹奥に苛立ちを携えながらも席を立つ。
 座ったまま見上げていたために長身なのかと錯覚していたが、その身丈は疾斗の肩ほどまでで、どこかに覚えのある身長差に内心首を傾げる。
「………
 すれ違いざま吐き捨てるように呟かれ、足を一瞬留めるも口を引き締め直して外界へと進む。
(今の言葉…それにさっき不可解なことも言っていた…)
どう言う意味があると言うのか。
 鉄製のそれが重く閉まる音の向こう、荒れ狂ったように何かを叫び散らす声と事務机への八つ当たりらしき蹴音しゅうおんが耳を擘き、その高音の痛さに耳を摩りながら樹阪の後を追った。
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