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起業宣言は突然に

昼間の逆襲? 

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 各書面への記入・提出、開業準備でお世話になる方々へのご挨拶。
 軽い運動と目慣らしをして、今は会社を入れる予定物件の内覧へ向かっている。
「上総さん大丈夫か?腹痛酷かったのか…?」
「ああいや、御手洗いが混んでいただけだよ」
「ここはいろんな路線に繋がる玄関口みたいな駅だからな。混んでもおかしくないな」
 僕の言葉にうんうんと頷き、意気揚々と予定地へ足を進める梓さんに合わせて歩く。

実際は昔居た組織の奴に襲われてただけなんだけど。
幸いここは人目が多い場所、構内交番の警官が仲介に入って事なきを得られた。
刃潰しナイフと麻酔弾は持っていたけど、出さずに済んで良かった…表社会こっちで暴れたら僕が消されかねない。
そもそもそれを出すのは梓さんに何か起きた時だけと決めている。
(…今日はもう絡んでこないだろうし、取り敢えずはいいか)
今日は、なのかな。一生かもしれない。僕の知ったことじゃないけども。

 ここのスイーツが美味しい、ここの服は派手すぎて苦手だ、と楽しげに話す彼女に相槌を打ちつつ、物件への地図を確認しながら道を行く。
 降りた駅から二十分ほど歩いただろうか、見えてきた建物と写真を見比べて位置を把握する。
「写真で見るほど大きいビルではないね?」
「うむ、ここは幾つかのテナントさんが入っている普通のオフィスビルだからな。写真は私が下から見上げて撮ったから大きく見えたのかもしれない」
 スマートフォンを両手に持ってしゃがんだ彼女は、腕を目一杯に伸ばして背を逸らして撮影していた時の様子を再現。背があまり高くない梓さんなりに頑張ってくれたんだろうけど、なるほどこの撮影方法じゃやたらに大きく見えるわけだ。
 財閥で持つ物件ではなく一般的なオフィスビルを選んだのは、表でも裏でも知られている【轆瀬】の名が付いている時点で、一般人は尻込みする者がいるかもしれないから、という至極真っ当な理由。
 表向きでは多数の親会社企業を抱えている財閥である以上、彼女もまた《よく知られている》人物だ。
《よく知られている》ということは、それだけ命を狙われる危険性も上がるということでもあり、本人もそれを踏まえている。
「僕の旧姓を使ったのもそういうことか」
「ああ。表社会こちら職を行うのに社名が物騒になりすぎるからな!」
…それは自虐なのかジョークなのか。
 かんらからと笑いながら同意を求められて、苦笑しかできない。
 さっそく中へ向かおう、と梓さんのヒールが白タイルの入口を打ったその時。

「よーぉやく、見つけたぞ…轆瀬ぇ…!」

 複数の気配。あからさま過ぎる殺気。声の感じからするとさっきの輩ではなさそうだけど、ろくな事にはならないだろう。
 なんか妙に息切れしてるのとなんか不自然な足音なのが気になるけど、ここはさっさと中に入ったほうが──
「おいコラちっとはこっち見れや!」
「少しぐらい反応返すのが礼儀だろ」
 見たくないし見せたくないから梓さんの耳塞いで前を向けさせてるんです。それに長くこの世界にいるけどそんな礼儀聞いたことない。あ、今流行りのナゾ新マナー浸透推進委員会か。
「おいヤロウの方!てめ頭ン中でなんか言ってね?!」
 妙に勘がいいなぁ、面倒くさい。口聞きたくないから言わないけど。
「上総さん、どうした……あ」
 勢いよく振り向かれて耳から手が外れたと同時、梓さんの口から驚きが飛び出る。
 仕方なしに振り向いてみれば、それなりに体格のデカいヤツと、何だか細いモヤシ。それと猿みたいな男。
何故か怒りに燃えているようだけど、その格好は何というか…もう既にボロボロ。上着はそれなりにちゃんと着ているが、下半身が酷い。大男の膝下は何故だか乾いた泥まみれで、靴が片方無い。
モヤシの履くスラックスらしき黒布は左の腿下から無いし、足には何故かコンクリートを履いてる。
猿はやたらデカいジャージを着てるけど、露出狂と言われても仕方ないような格好で、イキっている割には顔色がだいぶ悪い。
「僕ら今忙しくて三流お笑い芸人のコントを見ている暇はないんで「だったのか……」
「……アズさん、いま、なんて言いました?」
突然発せられた言葉に彼女の頭を見下ろすと、そーっとこちらを見上げてくる。

シャブコン、というのはいわゆる【水で嵩増しさせたコンクリート】のこと。
本来のセメント量を減らし水を多く含ませることで、コンクリートとして固める際の工程を飛ばせる反面、上と下で強度が異なってしまう。
建築法的にいうとアウトの代物。

「昨日の晩、あいつらに絡まれて詰めてやったんだ」
「……そういう事は僕に任せるように言ってるでしょ?次はやったら連絡して」
「うむ。すまなかった」
「「「お前ら会話おかしくない!?」」」
 夫婦の会話を邪魔するなんて、しつけのなっていない奴らだな…。少し仕置きをしたほうがよさそうだ。
ぼろ雑巾はさっさと刻んで始末しておかないと、後々に衛生の問題に引っかかる。
「っま…待て…ちょ…」
「な、ウッソ!?」
「アンタ……ぇ?!」
 眼鏡を梓さんに預けて、靴底から刃潰しナイフを引き出して三人を見据えると、みるみる顔が青ざめていく。

「後悔しても、遅いよ?」







─────
「かっこよかったぞ上総さん!」
「それはどうも」
 ゴミ捨て場にさ伸び切った三人を放り置いて、ようやく目的の場所へと二人で向かう。

僕は、轆瀬コロセ 上総かずさ
旧姓は谷田ヤッタ
昔はちょっとだけ名の知れてた、狙撃者スナイパーなんだ。
どうぞ、よろしく。
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