体の自由がきかなくなってしまった主人公が思い悩む話

兎月悠

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2 (回想編)

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 幼い頃に両親を亡くした。それからは母方の祖母に引き取られ田舎で過ごしていた。その祖母も去年亡くなり俺は完全に身寄りを失った。大学に進学する時に上京してきたためこの地に友達なんておらず――そもそも人付き合いは苦手だ――、加えて恋愛対象が男である自分には恋人もいない。完全にひとりぼっちだった。
 そんな俺が蒼太に出会ったのは大学に入学して間も無い頃だった。
「じゃあ先週と今回の範囲を来週までに復習しておくように。今日の授業は早めに終わるからちゃんとテスト勉強しておけよー」
 ん?テスト?
「戸塚教授の授業、豆テの比率高いよな」
「俺出席日数やばいからちゃんとやらなきゃだわ」
 どうしよう。先週の授業は風邪で欠席、今日の授業は寝坊で遅刻。テストがあるなんて聞いてないし範囲すらろくにわからない。一限の授業ということもあって遅刻欠席は初めてのことではない。高校までとは違って友人なんて作らなくて良いと思っていたのが裏目に出た。せめて挨拶くらいは交わす関係を築いておけば良かったのだ。
「これ、よかったら見る?」
「え?」
「授業のノート。君先週も居なかったよね?」
 なんで知っているんだろう。この授業割と履修人数多いし、俺影薄いのに。
「いや、でも」
「困った時はお互い様!あ、でも俺も使いたいから一緒に勉強しようよ」
 結局押しに負け、甘えさせてもらうことにした。
 その日を境に次の日も、その次の日も話しかけてくれ、俺たちはいつしか友達になっていた。一緒にいる時間が増えたため、自然と彼について知っていく。優しくて努力家。聞き上手でしっかりしてそうなのにちょっと抜けているところがある。男女問わず人気があるのにも頷ける人柄だ。
自分の、蒼太に対する見方が次第に変化していくのがわかる。蒼太という人間にどんどん惹かれてしまっているのだ。
 好きになってはいけない。そう頭では分かっているのに気持ちが言うことを聞かない。でもせめて、長くそばに居たいならこの気持ちはしまっておかなければならない。伝えないから、この気持ちを芽生えさせてしまったことを許してほしい。

「蒼太君、もし良かったら、その…この後一緒に抜けない?」
 普段は参加しないゼミの飲み会。しかし成り行きで参加することになった。蒼太もいるし。
 で、その蒼太は今女の子に口説かれている。可愛い子多いし、あいつ絶対ノンケだし。もやもやする。
「やっぱモテるよな…」
「――体調悪い?」
「えっ」
 知らない間に近づいてきていたことに驚く。
「表情が曇ってたから」
「いや、さっきの子は?」
 咄嗟に出てしまった質問に後悔する。これじゃずっと見てたみたいじゃないか。
「あぁ、断ったよ。あまり関わったことないし、それに」
 好きな人がいるんだよね。
 その瞬間周りの音が消えた。今自分はどんな顔をしているのだろうか。普通に考えたらそうだ。いつもたくさんの人に囲まれて、出会いも多いはず。蒼太に好意を寄せられて嫌な人なんていないだろう。告白でもすれば、きっと…
「そう、なんだ。初めて聞いたや」
「そうだね。初めて言った」
「そっか。頼りないかもだけど相談とかあったら乗るよ」
 何を言ってるんだ自分は。好きな人の恋愛相談なんて聞きたいわけない。
「じゃあ俺、明日朝からバイトだから」
 蒼太に札を渡して席を立つ。これ以上あの空間には居られなかった。
 何か言いたげだったが気付かないふりをして外に出た。

「陽向!」
 暫く歩いた所で突然名前を呼ばれて驚く。どうして追いかけてくるんだ。
「追いついた!あのさ」
「なに?もう相談?」
 つい嫌味な返し方をしてしまう。
「そうじゃなくて……」
 何を言い淀んでいるのだろうか。珍しく蒼太の目が泳いでいる。
「あー、一緒に帰ろ」
 なにか隠している。特別聡いわけではない俺でもそう思う声色だった。
「……うん」
 本当は一人になりたかった。そもそも蒼太から離れたかった。でもここで断るのも不自然なために承諾してしまう。
 蒼太の好きな人はどんな相手だろうか。知りたくないけど知りたい。とても気になる。でも同じくらい怖い。
「――陽向はさ、好きな人とかいるの?」
「…なに」
 心に余裕が無くなってトーンの制御に失敗する。
「聞いちゃいけなかった?ごめん」
 いつもより低い声に何かを悟りすぐに質問を取り消す。そうやって相手への気使いが上手いのも彼の長所だ。
「恋愛ってさ、難しいよね」
「蒼太はモテるだろ。その気になれば恋人だってできる」
「そんなことないよ」
「あるよ」
 なにムキになってるんだ俺は。早く話題を変えたい。もうそろそろ限界だ。
「陽向は――」
「もうやめよう、この話」
「でも」
「やめろよ!」
「陽向?」
 酒も入ってるし精神的にも余裕がない。心配そうに見つめてくる彼の優しさが、真っ直ぐな眼差しが大好きだ。蒼太に恋人ができるなんて耐えられない。誰かと手を繋いで歩く姿なんて見たくない。
 衝動的に胸ぐらを掴んで引き寄せる。嫌な思いをさせることはしたくなかった。でも――
「好きなんだよ!」
 一瞬だけ重ねた唇を離し叫ぶ。
「っ…」
「蒼太のこと!こういう意味で!」
 やってしまった。これでおしまいだ。
「……だからもう関わらない。ごめん」
 堪えていた涙が一粒零れてしまった。こんな情けない顔は見られたくなかった。
 名残惜しさを振り切り踵を返す。
「まって」
 反射で足を止めてしまった。あぁ、罵倒されるのだろうか。
「じゃあ、これからは恋人ってこと?」
「……え?」
 何を言っているんだ?恋人?それは、告白を受け入れるってこと?
「俺も、陽向のことが好き」
 蒼太の好きな人が俺。つまり両思いで、これからは恋人…?急な展開に頭が追いつかない。口からは言葉にならなかった空気が漏れていく。
 それからのことはよく覚えていない。でもたくさん泣いて、幸せだと感じたことは確かだ。
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