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第十九話 迷宮探索−7

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 ヴィルメルの状況を整理しよう。
 まず彼女には、魔石のような魔力の塊が存在する。
 恐らく、というより再生能力が欠如したことから、怪物に変異した原因は魔力の塊と言っていい。
 そして彼女の治療法は、原因であるこの塊の除去すればいいと安易に予想がつく。が、問題はその除去方法だ。
 魔力の塊は心臓の隣に、というより心臓と一体化している。
 手術となると一流の医療技術が必要となってくるが、生憎そういった技術は持ち合わせていない。かといって、地上へ連れて帰るとしても瀕死の状態が長続きするわけもなく、道中で息絶えるのは目に見えている。
 となれば方法は一つ。
 ルーンは賢者だ。

「魔力には魔力を、だ」

 ヴィルメルの胸に手を当て魔力を流し込む。
 魔力には主に二種類の性質がある。
 一つは、人族や妖精族が使う、陽の魔力。
 もう一つは、魔物や魔族が使う、陰の魔力。
 二つの魔力は互いが有効打であり、互いが弱点でもある。

 ヴィルメルの体に魔力を流したことでわかったのは、中に残留している魔力は陰の魔力ということだ。
 彼女の体にルーンの陽の魔力を陰の魔力以上に注ぎ込むことで消滅させ、塊を無力化させる。
 摘出することは叶わないが。
 それは後の作業に賭けることにする。

 ヴィルメルの体の中に魔力を注ぎ込む。といえば簡単に聞こえるが、実際は魔力を糸のように血管に這わせて送り続ける繊細な作業を強いられる。
 賢者である故に可能な技でもあった。

「しかし、なんでこんな現象が?」

 陰の魔力を駆除しながら、ルーンは事態の原因を追求する。
 人は少なからず陽の魔力を持って生きている。
 ゼロで生まれてくることは無く、ゼロの場合は空気中にある陰の魔力により死んでしまう。
 陽の魔力とは、いわば陰の魔力という病原菌に対する抗体だ。
 血液と同じように、人が生きていくために必要なもので、それは無くなりはしない。

「陰が大きくなって均衡が裏返った?」

 人が陰の魔力を持つと魔族になるという昔から建てられてきた仮説だ。
 元は同じ種族で環境の変化などの影響で、人と魔族に二分化した。
 その仮説は疑問に思う部分はあるが、ルーンも有り得る説だと思っている。

「いや、でも……おかしい」

 以前、もう二〇〇年以上前の話。
 ルーンは手っ取り早く魔力の回復が出来ないか苦悩していた。
 他者にとっては湧水のように思えるルーンの魔力も、使う魔法の規模が大きいとものの数回で枯れ果てる。
 邪竜戦の際に魔力を貯蔵できる仕組みがあれば、より勝率が上がると思ったルーンは何を思ったのか魔石を食らった。
 当時のルーンの思考では、魔力の詰まった石を食えば魔力が回復する。
 という、安直すぎる思考の元で食らったのだが、結果は魔力不全という魔力回路が痙攣のような状態になりしばらく使い物にならなかった。
 この時に当時妖精姫のアグラレスに陽の魔力と陰の魔力を教えてもらった。
 魔石での魔力回復の結果は失敗に終わったのだが、逆に言えば陰の魔力を体内に取り込んだ後は、それだけで済んだとも言える。

 だが、それは魔法使いだったからという解釈もできる。

「……魔力を持たない人なら、どうなる?」

 陽の魔力が少ない人間は、魔石を取り込めばあっという間に陰の魔力に裏返る。
 そうなれば魔族になるのか?
 それとも体が持たないで……。

 そんな思考を繰り返している内に、陰の魔力は無くなり心臓にくっついた塊は無力化に成功した。
 それに伴って、狂気に満ちたヴィルメルの表情は落ち着きを取り戻し、眠りについた。

「さて、次は腕の治療だな」

 ルーンは深呼吸をする。
 正直に言えば、腕の治療は保証できるものじゃなかった。
 発言に責任感が無いかもしれないが、四肢を切断してもいいというのは、それくらいの気概で挑めという意味で言った。
 この治療には三つの試練がある。

「上手く行けよ」

 最初の試練に挑戦する。
 今ある大半の魔力を掻き集め次の魔法に向けて集中する。
 意識は異次元空間。ここには無い虚構の空間。

「”アイテムボックス”」

 魔力が異次元と繋げるために一気に消費される。
 今ある魔力の八割型が消費されたことで、虚空に亀裂が入った。

「よしっ、上手くいった!」

 次元空間に物を収納するアイテムボックスが上手く発動し、一つ目の試練突破する。
 そして第二の試練に突入する。
 亀裂に腕を突っ込む。
 最初は虚空を掴むばかりだったが、奥に手をやるにつれて何やら物に辿り着く。
 始めに掴んだ物を引っ張り出す。

「力のペンダントか、懐かしいな」

 取り出したのは、二本の剣をクロスさせた銀細工がぶら下げられたペンダントだった。
 ルーンが行った魔力による身体能力向上を可能とするペンダントで勇者によって”力のペンダント”と名付けられた。

「イーリアスに、貧弱だから勇者に迷惑かけないようにって貰ったんだっけ?」

 あの時も罵声を浴びさせられたと、いらない記憶を思い出す。
 だが、これで第二の試練はクリアした。
 この次元は間違いなく二〇〇年前にルーンが使っていたもの。
 再び、目的のものを探す。
 そして遂に、カタンッと瓶らしき物を探し当てる。

「あった、妖精国の秘薬『万能薬(エリクサー)』」

 偽万能薬(ポーション)の色は緑色をしているが、万能薬は世界樹の雫と呼ばれるように水色の液体だ。製造方法は秘匿されており、製造数も少ない希少中の希少アイテム。
 なぜそんな物を持っているかというと、邪竜討伐の旅の際に勇者パーティーには一人ずつ渡されていたからだ。
 ルーンは使う暇もなく死んだから、今こうして次元の狭間の空間に保管されている。

「さて、効力が無くなってなければいいけど」

 一雫でも万能薬は立ち待ち効力を発揮する。
 万能薬は効力を失わないと言われてはいるが、実際使ってみなければわからない。
 ほんの一滴だけ、ヴィルメルの体に垂らす。

 すると、体の傷は無かったかのように塞がり、欠損した右腕は瞬く間に人の腕として復活する。顔に付いていた鱗や、額や肩に生えた角はポロリと剥がれ落ちた。
 醜悪の化身かと思われた彼女は、気高い『銀紅の薔薇』の団員の姿に戻ったのだ。
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