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迷いの森 ユーダ
森への扉
しおりを挟むザクリと音を立て、蔓草が千切れ飛ぶ。
薙ぎ払われたそばから再生していくその様子に、彼は眉間の皺をより一層深くした。
予想通りといえば予想通り。
いや、より悪い状況かもしれない。
森と泉を隔てるように並ぶ石壁の片隅で、小さな扉は開かれ密集する木々はその姿を晒していた。
今彼らの前に立ちはだかっているのは、蔓や草で武装された黒い壁だ。
「駄目だなっ、こりゃっ…。」
「予想はしていましたが…。」
森から抜け出さんと鎌を振り払い、上半身を捻るようにしてこちらに肩を竦めてみせる。
翳した松明を盾にしながら後退る黒髪の青年に、労いの言葉をかけて。
これはなかなかに厳しい状況だとルディウスは嘆息した。
共にやって来たユアナ達は案内を終えると、早々に船着場付近の休息場へと引き返して行った。
遅れてやって来るダイナを待つ為だ。
資材を運ぶ船で一足先にやって来た彼らではあったが、帰りもというわけにはいかない。
積荷を完全に降ろすのを待っていては、時間がかかり過ぎるからだ。
小径がどんなものか確認したら、調達してくれた小舟で村へと戻る手筈になっていた。
今思えば、ちょっと様子を見てくるどころの範囲ではなかったのかもしれない。
「そういや遅いな、あいつ。…鍵預かりに行っただけだろう?」
「ええ。」
ようやく脱した青年は、やれやれといった感じでこちらにやって来ると。
隣に並んで広場の方を見降ろした。
解錠した男が鍵を持ったまま引き返してしまった為、シグマが後を追ったのだ。
男が去ってから然程経っていなかったから、もう戻って来ていても良いはずだ。
まるで野外劇場のような空間だ。
船からでは見る事が叶わなかったが、半円形の客席に、森を背後にして劇場ステージのような造りの建物。
その中央には、地下へと降りる階段が緩やかに伸びている。
この村の宝が納められていた祭壇だ。
遥か昔から祈りを捧げる場として存在していたらしく、通りすぎる際に見えた支柱には奇妙な文字の羅列が刻まれていた。
見降ろす広場では、昼夜交代制で作業を進めているらしく。
転々と置かれた篝火の炎が、風に煽られ揺れていた。
その間を縫うように、資材を運ぶ者達の往来がちらほら伺える。
ちょうど彼らの居る真正面には、惨憺たる光景が広がっていた。
崩れ落ちた祭壇、橋の崩落、どうやら水の捌け口にも問題は生じているらしい。
広場から視線を外したルディウスは、
眼鏡をそっと押し上げ再び蔓草で出来た黒壁を見つめた。
「なんか、不気味だよな。…アレ、なんか関係あると思うか…?」
「さあ。ですが不安定なエネルギーを感じました。暴走しているとしか…。」
内側で渦巻く混濁した気配とは真逆に、森の入り口は何事も無かったかのように静かだ。
扉が開かれた時と寸分違わぬ状態でそこに在る。
その沈黙が、更に不気味さを引き出しているように思えた。
「どんなもんか気にはなるが、俺にはさっぱりだな。」
暫くじっと見つめていたが、やっぱりわからんと首を振った。
「わからない方が良い時もあります。充満しすぎて酔いそうですよ。」
「酔う?」
酒に酔うみたいなもんかと問われ、例えを探す。
「貴方にわかりやすく説明するなら。ヴェルーナの香を焚き続けている密室に、放り込まれたようなものでしょうかね。」
絡み付くように濃厚で甘い香りを放つ香だ。
大嫌いな匂いを想像してしまったのか、あからさまに嫌そうな顔で腕を摩っている。
「それは…勘弁だな…。」
「全くです。」
「それにしても。松明片手に進めば、少しはマシだろうと踏んでたんだけどな。お前がそう言うんじゃ、シグマや嬢ちゃんにはこの道はキツいか。」
「ええ。…村に入るのと森を抜けるのとではわけが違いますから。向こう側に辿り着く前に体力が…というより、気力が尽きてしまうでしょう。」
「だよなぁ…。」
これだけしつこく妨害されたんじゃたまらんもんなと、ため息混じりに呟いてがっくりと肩を落とす。
その肩越しにこちらへ駆け寄る人影を捉え、ルディウスは首を傾げた。
「ルディ、オメガ。…どうだった?」
こちらに声をかけてきたのは、術精霊である彼の主人。
シグマ・オルノーツだ。
隣で顔を上げた青年の相棒である。
かぶりを振って難しいだろうと告げると、彼は残念そうな表情を浮かべた。
「そっかぁ…。」
「進めたとしても無事通り抜けられる保証はなさそうです。それにしても遅かったですね。何か問題でも?」
「ちょっと、入れ違いになっちゃって…。オメガ、はい。これ。」
「おう。そういや森がこんな状態なのに、よくこっち側まで辿り着けたもんだよな、あの嬢ちゃん。」
手渡された鍵を受け取ってよっぽど運が良かったんだろうと感心する彼に、昼間出会したばかりの少女の事を思い起す。
シンシア。
記憶が確かならば、アリュッセリアの末姫だったはずだ。
無事保護出来たのは良かったが、何故姫君がこんな辺境の島に居るのかは未だ謎のまま。
近頃耳にする噂や情報の類いはキナ臭いものばかりで、何か良からぬ事が起こる前触れでなければ良いがと少し心配になってしまう。
日頃から不機嫌そうな眉間の皺を、再び深くしてルディウスは溜息をもらした。
「幸運なんて物はアテになりません。我々は戻って、堅実な策でも練りましょう。」
こちらにちらりと視線を寄越し、オメガがそうだなと鼻をならす。
受け取った鍵で扉を閉じると、彼はやれやれと歩き出した。
「二人共先戻っててくれ。これ返さなきゃならないんだ。」
手にした鎌を持ち上げると、シグマが踏み出しかけた足を止めた。
「あ!ちょっと待って。案内するよ。さっき橋の修繕頼まれて移動しちゃったんだ。鍵はダイナさんに渡しといてって言ってた。」
「おう?それじゃあ、ルディ。先に…」
「全員で行きましょう。何度も入れ違いになるのも面倒ですし。」
「…だな。」
手にしたままの風薙鎌を消し去ると、森で感じた気配に一度振り返りその場を後にした。
続く。
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