イサード

春きゃべつ

文字の大きさ
上 下
18 / 38
迷いの森 ユーダ

光に包まれて

しおりを挟む


 ふわりと何かに抱きとめられた。

 うたうような声と、柔らかな淡い光に包まれて…

 微睡まどろみの中、彼は奇妙な既視感を覚えていた。

 強烈な耳鳴りに耐え兼ね、無意識に眉を顰める。

 そのまま、重いまぶたをゆっくりと押し上げた。


「ん?」

 いまいち状況が把握出来ずつかめずに、目の前の光景をただ呆然と見つめる。


 アックス・ヴィラード少年は、光に包まれていた。

 ポツンと独り、空中に浮かんでいる。

 視線の先には、闇が広がっていた。


「どこだ、ここ?」


 ひょっとして、夢の続きでも見ているのだろうか。

  頭の中が大量の疑問符で占拠され、何が起きているのかがさっぱりわからない。

 目を瞬かせながら、まるでトンネルの中にいるみたいだなと視線を彷徨わせた。

 さっきまで、森の中に居たはずだ。

  仮眠を取ろうと凭れ掛かった、あの大岩は一体どこに消えたの…

「消えた…?」

 ぼやけた思考が晴れていくのと同時に、全身からサァーっと血の気が失せていく。

 そう、突然地面が消え失せた。

 記憶を辿って「召されたのか…俺…」と、愕然とする。

 幼い頃に読み聞かせられた『ゴアゴアのルフナ』という話を思い出す。

 死んでお星様になったお爺さんに見守られ、懸命に生きるゴアゴアの子供、ルフナの物語だ。

 生きとし生けるもの、死んだら一度自然に還り。

 魂は光となって、空の上から人々を見守るのだ。
  
 どうせなら、もっと景色の良い場所でお星になりたかった…

 ぽっと浮かんだ不吉な想像を、大慌てで追い払う。

「いや待て、死んだ覚えはない」

 疲れていたから、知らぬ間に眠ってしまった……のかもしれない。

 突然地面が消え失せたとしても、夢だとすればなんら不思議ではない。

 そう、これは夢だ。

 そうに違いないと言い聞かせ、深呼吸して湧き上がる動揺を抑え込む。

 この際不安の種は全て消してしまおうと、自身の頬を思い切り引っぱたいた。

 ピリッとした痛みが頬に走り、泣きそうになる。

「夢じゃなかったか~」

 残念ではあるが、痛みは生きてる証だ。

 そう思い直すことにして、怪我がないかとぱたぱた全身に触れていく。

「怪我は、ない」

 となれば、いつまでもこうして暢気に浮いているわけにもいかない。

 なんで浮かんでいるのかもよくわからないままだったけれど。

 取り敢えずなんとか地に足をつけられないものかと、周囲に目を凝らす。

 落ち着いて見てみると、トンネルのようだと思っていた壁は思ったよりもゴツゴツとしていて、所々人為的にも思える造りをしていた。

 なんとかあそこまで行けないものかと、手足を屈伸させたりバタバタと振り回したりしてみる。

 しばらく続けてみたが、どれも虚しく空を切るばかりで、ちっとも移動できた形跡がない。

「あ~ダメだ、効率が悪すぎる…」

  徒労に終わったと、振り回していた手足をだらりと放り出す。

 そのまましばらく考え。

 彼はそうだ!と、顔を上げ手を打った。

 思い付いたら、即実行だ。

 腰にぶら下げた短剣を引き抜いて、一旦顎に挟み込む。

 結わえてあった荷袋は口に咥え、上着を留めていた腰紐を解いてゆく。

 解き終えると、彼は短剣の柄に腰紐の端を括り付けた。

 上手く届いてくれよと願いながら、狙いを定めて回転させて放り投げる。

 シュルッと絡み付く感触が、紐を通して伝わり。

 何かに引っかかるカツンという音が、時間差で聞こえた。

「よっしゃ、上手くいった!」

 拳を握り小さく喜びを噛み締めると、紐の端を手に巻きつける。

 ゆっくり引っ張って固定されたか確認し終えると、今度は紐を手繰り寄せながら壁へとにじり寄っていく。

 なんとか切り抜けたと安堵する。

 目覚めと共に、辺りを覆う光がその範囲を狭めていた事を彼は知らない。

 光は前触れもなく、収縮を加速させはじめ。

 彼が異変に気づいた時には、彼の胸元へと掻き消える既のところまで迫っていた。

 身体がガクリと傾ぐ。

「へ……?」

 突然支えを失った身体が、再び暗い闇の底へと吸い込まれる。

 手に巻きつけておいたのが、功を奏したのかもしれない。

 速度を乗せた彼の身体は、紐で枝に固定されたまま一度弾んで、急激に方向を変えた。

 間も無く両脚に衝撃と痺れが伝わり、壁に到達したと知る。

 ギュッと瞑った目を開けて、全身を包み込んでいた光が完全に消え失せている事に気づいた。

「危なかった…」

 背中に冷や水を垂らされたような心境とは、この事だ。

 バクバクと鳴り続ける鼓動もそのままに、彼は再び目を閉じて、掴んだ冷たい岩肌へとしな垂れた。

 辺りを包む空気が一気に重くなり、全身にのし掛かってくる。

「なんだかなぁ、もう…」

 気が付けば、耳鳴りは消えていた。

 これなら森をさ迷っていた方が、幾分かマシだったかもしれない。

 足場を確保すると、溜め息ついでにパチリと指を鳴らし、手のひらに明かり用の炎を灯す。

 周囲を念入りに伺うと。

 程なくして、足場の少し下に空洞があるのを発見した。

ムーバス移動

 生み出した炎に命じ、足下へと送り出す。

ステルス停止

 さらに命じると送り出された炎は空洞の少し手前で動きを止めた。

 この地で得たチカラ。

 少しずつだけれど、使い慣れてきたみたいだ。

 失った物も大きいけれどと、複雑な感情に捉われ炎から視線を逸らす。

 再び指を鳴らし、新たな炎を生み出すと、今度は上へと送り出した。

 短剣を回収する為に、一度上へ登らなければならない。

 目的を果たし終えると、足場を確認しながら慎重に岩肌を降りていく。

イレーセム削除
 
 空洞へと辿り着き。

 一度炎を消すと、降りてきたばかりの暗がりを改めて見上げた。

 闇の中、遠くに輝く小さな光を見つける。

 歪な円で切り取られた星空が、遥か頭上に瞬いていた。

 新たに指を鳴らし、炎を手のひらに出現させる。

 空洞は予想以上に大きく。

 大人が2人並んで歩いても、申し分のない広さだ。

 奥からほんの少し風を感じるから、外へ続いているのではという期待も膨らむ。

 岩肌をよじ登り森へと戻るか、このまま発見したこの空洞を進んでみるか。

 さて、どうしたものか?

 どちらにせよ、今度こそ抜か喜びは止してくれと願う。

 迷って背を預けた場所が、乾いた音を上げズルリと後ろヘコむ。

「うわっ」

 慌てて振り返り、炎を翳すと、照らした場所には古臭い柩があった。

 にまっと顔をほころばせる。

「こんな所に柩が置いてあるって事は、人がいたって証拠だよな。」

 後は先ほど感じた風を信じて、この空洞が出口へと導いてくれる事を祈るだけだ。

 気分も新たに踏み出しかけた足は、微かに聴こえた足音にその動きを止めることになった。

 獣の足音だ。

 こちらへと近付いて来ている。

 チッと舌打ちして、炎を吹き消す。

 足元に転がる柩の一つに駆け寄ると、彼は急いで中へと潜り込んだ。

 こんな所で化け物と遭遇するのは、ごめんだと思う。

 さすがに柩の蓋を開けてまで襲ってくるとは思えないけれど。

  あの男が言っていた呪いとやらは、あながち嘘じゃなかったのかもしれないと思った。

 つくづく自分は運に見放されているようだ。

 いつでも攻撃出来るようにと、短刀を胸に構え息を殺す。

「明かり?…まさかね。気のせいだわ…」

 柩越しに聞こえた声に、一瞬ドキリとする。

  大人びてはいるが、その声は彼が知っている人物によく似ていた。

 急激に肌が熱を持ち、息苦しさに胸が上下する。

 貰い物のペンダントが、服の下から光を放つ。

 彼は慌てて石を握りしめた。

 獣の足音は、カッ、カッという硬質な響きに変化を遂げて、彼の潜む柩の前で止んだ。

 次いで、耳慣れない呪文の詠唱がはじまる。

「シャー…リ…」

 掠れた声で呟く。

 そういえば、お護りの石だと言っていた。

 日に焼けた肌と大きな瞳が印象的なバルノアの少女。

 そしてロクサスと名乗った、温厚そうな男の顔を思い出す。

 ほんの少しの間、行動を共にしただけの通り縋りの人達。

 水の神殿と呼ばれる場所へと、彼らは向かったはずだ。

ここに居る筈がない。

 けれど…

 確かめようと伸ばした手は、押し退けることも叶わぬまま、柩の蓋を力無く滑っていく。

 身を焼き尽くす程の熱に、苦悶の表情を浮かべる。

 青い光が握り締めた指の間から零れ、柩の中を満たした。

 徐々に意識が遠のいていく中、地鳴りのような振動がズシリと伝わってきた。


「…これ…護…の……がなく…は…バル……は…せない…して--」


 耳をつんざくような咆哮が轟き、女の声が掻き消されていく。

 何が起きているのだろうか。

 そんな疑問を残したまま、彼の意識は再び闇の中へと引きずり込まれていった。

 そして彼は夢を見る。


続く。

 

しおりを挟む

処理中です...