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第6話

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 服をきちんと着なければと寝室に向かうと入れ替わりに服を着た亮が飛び出してくる。
「いっつもタイミングが悪いよな」
 そんなことをいいながら目を合わす亮に頷きながらすれ違うと、服を拾い集めて身に着けていく。寝室から出ると大きなスイカを持った亮と、汗を拭うお義母さんがリビングに入ってきたところだった。
 まだ本格的に夏が始まってないとはいえ、暑くなってきた中しばらく外で待たせてしまったことを申しわけなく思いつつ、慌ててキッチンに向かってコップに麦茶を注いだ。
 リビングのテーブルから椅子を引き出して座るお義母さんの前に、冷たい麦茶の入ったグラスを置くと「ありがとう」といいながら小さく頭を下げて、グラスの半分程飲み干してしまった。向かいの席に座る亮の隣に腰かける。
「母さん、いきなりこんなに大きなスイカを持ってどうしたんだよ」
 机に乗る大きなスイカをペチペチと叩きながら亮が問いかける。亮の隣で今日お義母さんがどんな用事で訪れたのか返答を待っていた。
「お父さんがスイカ好きだからって友達にこんなに大きなスイカを頂いたんだけれど、二人じゃ食べきれないじゃない? だから、ゆりさんに割ってもらおうと思ったの」
 机の上に乗るスイカは確かに大きかった。ここまで大きなものは久しく見ていない。くっきりした黒い縞に、亮が叩いた時に響く音もいい。私も子どもたちもスイカが好きなので、とても嬉しいおすそ分けではあるのだが、やっぱりタイミングが悪かったなと心の中で苦笑いを浮かべてしまう。せめて後一時間遅く来てくれればよかったのに。
「スイカはありがたいけど、それにしたって連絡なしに来られるのは困るよ。もし居なかったらこの暑い中どうする気だったのさ」
 いつもは連絡を入れてから遊びに来るお義母さんなので、そこまでいわなくともと思わなくもなかったが、今回は仕方ないか。
「連絡は入れようと思ったのよ。でも、お父さんのお友だちがここまで送ってくれるっていうし、慌てて用意をしてたら忘れてしまって。しかもお父さん、そのまま少し出かけてくるからって行っちゃったし、大きなスイカを抱えて途方にくれたわ。でも、本当にあなたたちが居てくれてよかった」
 心底ほっとしたようにいったお義母さんに何もいえなくなったのか、亮はやれやれと首を振る。
「わかった。それで、ちょっと休んだら家まで送ればいいの?」
 普段はそんな素っ気ない、いい方しないのにな。そう思いつつ私は成り行きをただ見守っていた。
「あのね、お父さんが夕方こっちに送ってもらうから、久しぶりにみんなでご飯食べないかっていってたのだけど、どうかしら。柊ちゃんと柴乃ちゃんにも会いたいし」
 申し訳なさそうに聞くお義母さんに胸がチクリと痛む。
 亮の実家まで車で十五分とかからない距離にある。近いからいつでも行けるという安心感もあって、行く時と行かない時の差が激しくなってしまうこともあり、ここしばらくは顔を出していなかった。
 亮が私に目配せをする。こういう時の判断は私に委ねられる。今日使うはずだった晩ご飯の材料とか、義父母と一緒に過ごす時間が長くなり疲れるだろうなど、気を使ってくれているのだとはわかるが、私から断る勇気などないし亮が断ってくれないかと思う日もある。
「それじゃあ、後一時間もすれば帰ってくると思うので、それまでゆっくり過ごしてください。柊と柴乃が帰ってきたら大喜びで引っ張り回してしまうと思いますから」
 そういうとお義母さんの顔がぱっと明るくなる。
 私はすぐに腐るような物は買ってなかっただろうか、スイカは入るだろうかと確認しようと冷蔵庫を覗きに行くため立ち上がった。

 子どもたちは祖母が来ていることを知り、かなり喜んだ。
 仕事の日はほとんど顔を合わせることがない父と、久しぶりに会うおばあちゃんと遊ぶことしか頭にない子どもたちに、宿題や明日の学校の用意と現実を突きつける嫌な役目はいつも母親である私の仕事。
 少し目を離した隙に、本を読んでや一緒に遊ぼう、テレビを見ようと二人で引っ張り回しては、膝に座ったりと甘えている。
 満更ではなさそうに連れ回されるお義母さんと子どもたちの笑顔を見て、邪魔などしたくなかったが、私は母親としてぐっと力を入れると口を開いた。
「遊ぶ前に先に宿題をしてしまいなさい。おじいちゃんが来たらみんなでご飯を食べに行くから、明日の用意も済ませておくこと」
 いつもは不服そうに返事を返すのに、今日はキラキラした目で私を見て柊斗が興奮気味に言葉を繋ぐ。
「みんなでご飯に行くの!? 何食べるの!?」
「全部終わらせて、おじいちゃんが来たら、何食べに行くか決めましょうね。おじいちゃんが来る前に終わらせられない子はお留守番かな?」
 冗談めかしてそういうと、二人は慌ててランドセルから宿題を出してきては、ダイニングテーブルにそれを広げて、お義母さんと亮をそれぞれ引っ張ってきて、教えてとせがんだり、見ててとそばにいて欲しがった。
 その後に待ち受ける外食というイベントに向けて、柊斗は亮を、柴乃はお義母さんを隣に呼んで宿題や明日の支度を進めていく。
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