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第7話

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 普段は宿題や明日の支度を見守るのも私の役目だが、今日はそんな風景を見ているだけでよさそうだ。晩御飯の用意もしなくていい。しなければならないことは、昨日と午前中にあらかた済ました。
 亮とゆっくりできなかったことは残念で仕方ないが、突然できた子どもが家にいるのにゆったりできる時間も嬉しいなと、一抹のさみしさを感じながら思う。
 私はキッチンに向かって、いつもよりも丁寧にコーヒーを淹れて、亮とお義母さんにも出し、子どもたちにはオレンジジュースをコップに入れて、ソファーで宿題をしているところをゆっくり眺めることにした。

 することをして、柊斗と柴乃は満足そうにテレビを見ていた。
 そこへ、玄関のチャイムがピンポーンと来客を知らせる。
 好きなアニメをほっぱり出して、我先にと玄関に向かった二人の小さな背中を追いかけると、お義父さんが中に入ってにこにこと二人の頭を撫でていた。
「柴乃、柊、おじいちゃんを中に入れてあげて。そこは暑いわよ。今冷たいお茶でも入れますね」
 私がそう声をかけると「いやいや、お構いなく」と、お義母さんと同じ穏やかで優しい笑みを浮かべる。
 ダイニングテーブルまでお義父さんの手を引いていった柴乃と柊斗は今日あったことを楽しそうに話している。
 キッチンからお茶を持っていく頃には、話題がこの後どこのご飯屋さんに行くのかに移っていた。
「お寿司か焼肉かハンバーグがいい!」
 とはしゃぐ柊斗に続いて、柴乃が「私もー」と声を出す。
 亮が忙しいのもあって、久しく外食をしていないのでどこに行っても嬉しいと思うが、どうしたものか。
「お母さんはお肉が食べたいんだよね」
 柴乃が私を見上げてそういった。この前疲れ切って肉食べたーいと、一人ごちていたのを聞かれていたのだろうか。
「この前聞いてたの? 柴乃は何が食べたい?」
 頭を撫でながら聞くと、顎に人差し指を当てて斜め上を見ながら考えだした柴乃。その姿はとてもかわいらしい。
「お寿司が食べたいかなぁ。お兄ちゃんは?」
 そこから次々にその質問が連鎖していき、結果お寿司が四人、焼肉が二人。亮が申し訳程度に私の肩を持ってくれた。ハンバーグを選択肢に入れていた柊斗はきっぱりとお寿司がいいといい切った。
 お義母さんがお肉でもいいのよと気を使ってくれたが、みんなで回転寿司に行って、思っていた以上に楽しい時間を過ごしたのだった。

 亮と休みが重なる二日前に奴が来た。
 毎月毎月律儀に訪れては、私を痛めつけて去っていく。
 来なければ来ないで不安を感じるし、来たら来たでしんどいし。毎月それに合わせて行動計画を立てるのに、気まぐれに周期を変えてくる。
 それでも、これがあるから柴乃と柊斗を授かることができた。できればもう一人。亮と話したわけではないし、現状難しいところもあると思っているけど、ひそかにそう思っている。
 私の場合、三日目までがとにかくしんどい。仕事もあるし薬を飲んでだましだまし、自分のことを一所懸命励ましながら、一日目、二日目とやり過ごしてきたが、亮がいる三日目限界が訪れた。
 柴乃と柊斗をなんとか送り出して、朝食のお皿を片づけるのもしんどくて、ソファーにぐったり倒れこんだ。
 とりあえず残り物のスープでも飲んで薬を飲みたいのに、用意するのも辛い。
 下腹辺りに手を当てて温め、少し楽になったと思えば瞼が重たくなってきて目をつぶる。
「ゆり、大丈夫?」
 心配そうな声に目を開けると、亮が顔を覗き込んできていた。
「大丈夫。ちょっと生理痛とか酷くて休んでたの。今何時?」
 そういっている間にも瞼が落ちてくる。
「十一時少し前。薬は飲んだ?」
 首を横に振りながらしまったと後悔する。思っていたよりも眠ってしまった。
 食器を片づけて、洗濯物をしなければならないし、買い物だって行かないと。これからしなければならないことを上げていくだけで泣きたくなる。
 下腹辺りは眠る前よりも痛いし、腰も辛い。頭も痛い。眠たい。今回重すぎるでしょ。
「食器とかは片づけたけど、洗濯物は出ている分だけを洗ったらいいのかな?」
 そう声をかけられ目を開く。頷くと亮は行ってしまった。
「少し起きれる?」
 見れば亮が、マグカップと水が入ったグラスを持って立っている。私が起き上がるとテーブルに持っている物を置きながら優しく声をかけてくれた。
「鍋に残ってたスープ温めて来たよ。薬はこれだったよね。僕に任せて寝てるといい。他にしなきゃならないことあったら教えて」
「ありがとう」
 二日分の食材の買い出しに行って欲しいこと、夕食もできれば作って欲しいと頼んだ。
 亮は快く引き受けると、洗濯物を片づけに行ってしまった。
 マグカップを持って口に運ぶ。息を吹きかけながら冷まして一口飲んだ。冷房で冷えた体にスープの温かさが染み渡っていく。
 例年よりも早くつけだした冷房に、体がまだ慣れていない。暑いよりも快適ではあるが、時に冷えすぎる。
 ほっと一息ついて部屋に視線を巡らせば散らかっていた物が片づいていた。
 亮が慌ただしく動くなか、お腹に温かい物を入れた心地よさと、気になっていた、しなければならないことたちが私がしなくても片づいていくので、気が緩んでさらに眠くなってきていた。
 布団でゆっくり寝てればいいよ。そう声をかけてもらったけれど、ここで亮がいることに安心していたいとソファーに寝転んだままでいた。するとあきれながら亮がタオルケットを持ってきてくれて、ふわりとかけてくれる。
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