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第9話
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久しぶりに散々遊んで、帰りの電車の中で私はうとうとしてしまっていた。朝並んで座っていた時よりも、随分と二人してリラックスしている。
今までで一番長い時間を一緒に過ごした。
広海くんの話しを聞いてて行きたいなって思ってたところをたくさんまわって、すごく楽しくってはしゃぎ過ぎてしまった。
ゲームセンターとかボーリングとか。気分をこれから変えていきたいと思って、買い物にもたくさん付き合ってもらった。
二人の膝の上には大きな袋が一つずつ乗っている。
夕食はお礼もかねて御馳走したいというと、広海くんはとても遠慮した。だけど荷物持ちもしてもらってそのまま帰すなんてできないと食い下がると、渋々受け入れてくれた。
電車から降りると、辺りはすっかり暗くなっている。
「家まで送っていきますよ」
広海くんの申し出をありがたく受け入れて、私たちは並んで歩いた。
送ってもらう道すがら、私たちの言葉は電車に乗る前と比べるとめっきり減ってしまって、「楽しかったね」などをぽつぽつといい合うだけで、この時間が終わってしまうことを惜しんでいるようだった。
いつもの公園を過ぎ、マンションの前に着く。
本当にデートらしいデートだった。私が憧れて、ずっとしたかったデートだった。
広海くんからしたら、デートと分類されるのは嫌なのかもしれない。私だってデートと思わないようにしてきた。でも、私が想像してた、大石さんとしてみたかったデートそのもので、デートに対する素敵な思い出を一つくらい増やしてもいいじゃんと思ってしまった。
だってこの素敵な思い出だけで、大石さんとの過去が浄化される気がする。
「上がってく?」
もう少しだけ広海くんといたくて、初めて経験する楽しいデートを終わらせたくなくてそういったが、今私は男を女の一人暮らしの家に誘ったのかと思い返し、彼の顔色をうかがった。
「ぜひ!」
邪気のない声に、尻尾を振っているのが見えるんじゃないかってくらいの満面の笑み。
大丈夫、私たちの間には何も起こらないと単純に思い、マンション二階の角部屋まで彼を案内した。
リビングのローソファーにちんまりと座る広海くん。その前のローテーブルにコーヒーが入ったカップを置く。
「この香りってなんですか?」
私は部屋に満ちるコーヒーの香りに鼻をすんすんさせながら彼の隣に座る。
「うーん、インスタントコーヒー?」
眠気覚ましや手軽に飲みたい時に飲む、インスタントコーヒーにしてしまったのはまずかっただろうか。それなら時間がかかっても、豆をごりごりするか、いい粉を使うべきだったと後悔が頭をかすめていく。
「いえ、部屋の中も甘くていい香りがするなって。華帆さん、いつも何かつけてますよね?」
思わぬ返しに処理が追っつかず、少しぽかんとしてしまった。そして、あぁ、私の鎧のことかと納得する。
「金木犀の香水をいつもつけてるの。喫茶店で話した人が嫌いだった香り。この一瓶がなくなる頃になったら立ち直っている。そう願掛けしてるんだ。最初は、なくなるまではこの香りに守ってもらおうってつけだしたのだけどね」
大石さんから寄ってこないのは百も承知で、それでも私は何かを恐れるように、身を守ってくれと祈るように香水をつけた。
一人で悶々としてた頃はどうにも薄まることのなかったどろどろした感情が、広海くんと話すようになって、気分がまぎれて大分薄くなった気がする。
今だから思うけれど、私はあの人の嫌いな香りをまとうことで、まだ何かが繋がっていると思い、過去を忘れようと思いながらもすがっていたのかもしれない。
「僕は好きですよ。華帆さんによく似合ってる」
そんな風に香りを褒められたらきゅんってしてしまうじゃないか。
「ありがと」
思っていたよりも小さくて情けない声だったけれど、胸の中はぽかぽかしていた。
「今日楽しかったね。広海くんが歌ってた曲って今流行ってるの?」
そんなことをぽつぽつと話題として振るのだが、まだ緊張している部分もあるのか、なかなか話しが続かない。似合ってるとかはすっといえたくせにと少し面白かった。
「すみません、なんか緊張して。女性の部屋初めてで」
頭をぽりぽりかきながらいった広海くん。
「夢を壊してないといいけど。そんな女らしい部屋じゃないでしょ?」
リビングにあるのは、テレビとテーブルとソファー。そして本棚。部屋の隅に小さなワークゾーン。茶色ばかりの家具にかわいい小物もなく、華やかさはない。
「華帆さんらしい、いい部屋だと思います。ごちゃごちゃしてなくて、大人っぽくて、どこか落ち着く」
私らしいって何だろう。そんなことを思いながらも褒められたことに悪い気はしない。もっとも、大人っぽいは否定させて欲しいけど。
「元カノの部屋とか行ったことないの?」
「ないんですよ。理由つけて家は無理だっていわれて。俺も兄弟多くてプライベートのない家だから呼べないし。思い返せば二人っきりが嫌だったのかも。カラオケも大人数がいいって二人で行ったことないし。そんなだから、キスもせずに終わって……」
男子高校生は八割がたエロいことを考えているなんて聞いたことあるけど、前にも経験済みかどうかの話しをしているといってたし、案外広海くんにもそういう欲があるんだと少し以外に思う。
「キスしたかったの?」
興味本位で聞いてみた。
「好きだったし、できれば。結局叶わず、初めてを大事に守ってますけど」
冗談めかして答える彼。
「私なら、広海くんのファーストキス喜んでもらうのに」
今までで一番長い時間を一緒に過ごした。
広海くんの話しを聞いてて行きたいなって思ってたところをたくさんまわって、すごく楽しくってはしゃぎ過ぎてしまった。
ゲームセンターとかボーリングとか。気分をこれから変えていきたいと思って、買い物にもたくさん付き合ってもらった。
二人の膝の上には大きな袋が一つずつ乗っている。
夕食はお礼もかねて御馳走したいというと、広海くんはとても遠慮した。だけど荷物持ちもしてもらってそのまま帰すなんてできないと食い下がると、渋々受け入れてくれた。
電車から降りると、辺りはすっかり暗くなっている。
「家まで送っていきますよ」
広海くんの申し出をありがたく受け入れて、私たちは並んで歩いた。
送ってもらう道すがら、私たちの言葉は電車に乗る前と比べるとめっきり減ってしまって、「楽しかったね」などをぽつぽつといい合うだけで、この時間が終わってしまうことを惜しんでいるようだった。
いつもの公園を過ぎ、マンションの前に着く。
本当にデートらしいデートだった。私が憧れて、ずっとしたかったデートだった。
広海くんからしたら、デートと分類されるのは嫌なのかもしれない。私だってデートと思わないようにしてきた。でも、私が想像してた、大石さんとしてみたかったデートそのもので、デートに対する素敵な思い出を一つくらい増やしてもいいじゃんと思ってしまった。
だってこの素敵な思い出だけで、大石さんとの過去が浄化される気がする。
「上がってく?」
もう少しだけ広海くんといたくて、初めて経験する楽しいデートを終わらせたくなくてそういったが、今私は男を女の一人暮らしの家に誘ったのかと思い返し、彼の顔色をうかがった。
「ぜひ!」
邪気のない声に、尻尾を振っているのが見えるんじゃないかってくらいの満面の笑み。
大丈夫、私たちの間には何も起こらないと単純に思い、マンション二階の角部屋まで彼を案内した。
リビングのローソファーにちんまりと座る広海くん。その前のローテーブルにコーヒーが入ったカップを置く。
「この香りってなんですか?」
私は部屋に満ちるコーヒーの香りに鼻をすんすんさせながら彼の隣に座る。
「うーん、インスタントコーヒー?」
眠気覚ましや手軽に飲みたい時に飲む、インスタントコーヒーにしてしまったのはまずかっただろうか。それなら時間がかかっても、豆をごりごりするか、いい粉を使うべきだったと後悔が頭をかすめていく。
「いえ、部屋の中も甘くていい香りがするなって。華帆さん、いつも何かつけてますよね?」
思わぬ返しに処理が追っつかず、少しぽかんとしてしまった。そして、あぁ、私の鎧のことかと納得する。
「金木犀の香水をいつもつけてるの。喫茶店で話した人が嫌いだった香り。この一瓶がなくなる頃になったら立ち直っている。そう願掛けしてるんだ。最初は、なくなるまではこの香りに守ってもらおうってつけだしたのだけどね」
大石さんから寄ってこないのは百も承知で、それでも私は何かを恐れるように、身を守ってくれと祈るように香水をつけた。
一人で悶々としてた頃はどうにも薄まることのなかったどろどろした感情が、広海くんと話すようになって、気分がまぎれて大分薄くなった気がする。
今だから思うけれど、私はあの人の嫌いな香りをまとうことで、まだ何かが繋がっていると思い、過去を忘れようと思いながらもすがっていたのかもしれない。
「僕は好きですよ。華帆さんによく似合ってる」
そんな風に香りを褒められたらきゅんってしてしまうじゃないか。
「ありがと」
思っていたよりも小さくて情けない声だったけれど、胸の中はぽかぽかしていた。
「今日楽しかったね。広海くんが歌ってた曲って今流行ってるの?」
そんなことをぽつぽつと話題として振るのだが、まだ緊張している部分もあるのか、なかなか話しが続かない。似合ってるとかはすっといえたくせにと少し面白かった。
「すみません、なんか緊張して。女性の部屋初めてで」
頭をぽりぽりかきながらいった広海くん。
「夢を壊してないといいけど。そんな女らしい部屋じゃないでしょ?」
リビングにあるのは、テレビとテーブルとソファー。そして本棚。部屋の隅に小さなワークゾーン。茶色ばかりの家具にかわいい小物もなく、華やかさはない。
「華帆さんらしい、いい部屋だと思います。ごちゃごちゃしてなくて、大人っぽくて、どこか落ち着く」
私らしいって何だろう。そんなことを思いながらも褒められたことに悪い気はしない。もっとも、大人っぽいは否定させて欲しいけど。
「元カノの部屋とか行ったことないの?」
「ないんですよ。理由つけて家は無理だっていわれて。俺も兄弟多くてプライベートのない家だから呼べないし。思い返せば二人っきりが嫌だったのかも。カラオケも大人数がいいって二人で行ったことないし。そんなだから、キスもせずに終わって……」
男子高校生は八割がたエロいことを考えているなんて聞いたことあるけど、前にも経験済みかどうかの話しをしているといってたし、案外広海くんにもそういう欲があるんだと少し以外に思う。
「キスしたかったの?」
興味本位で聞いてみた。
「好きだったし、できれば。結局叶わず、初めてを大事に守ってますけど」
冗談めかして答える彼。
「私なら、広海くんのファーストキス喜んでもらうのに」
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