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もふって就職!
◆もふって再見!
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「お姉さんたち! 聞いて! 村のみんなが帰ってきたんだ!」
「うん。おめでとう」
舞が返事をする。すると、女の子は満面の笑みで「お姉さんたちのおかげ!」と言って笑った。
「…ううん、ごめんね。助けたのは私たちじゃないんだ」
「? そうなの? でも、助けようとしてくれたんだよね?」
「うん、当然。助けない手はないよ」
「じゃあ、お姉さんたちのおかげって言ってもいいと思うの! それに、みんなが帰ってきたんだから、それでいいの!」
「…そっか。うん、ならよかった。改めておめでとう」
「うん!」
馬車の中で話していた通り声をよく聞いてみれば、目の前の女の子はボーイッシュだが、声は男の子の声とは似ても似つかない女の子の声だった。
「…なんで気づかなかったんだろ」
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ!」
「そっか、よかった! じゃあさ、折角来てくれたんだから村に寄っていってよ! お礼、したいんだ!」
「うん、ここまで来たんだから寄っていこうよ」
「そうだね、お言葉に甘えさせてもらおうよ。ね? 千明お姉ちゃん? ………………あれ?」
「あぁー!! 涼華! ほら、あそこ!!」
『おーい! はやくいこーよー! お腹すいたー!』
どうやら千明は寄っていくという話が出た瞬間に村の方へ向かって歩いていたようだ。そのまま進んでいってまた門番に止められている。
「はぁ……ばっかじゃないの…?」
「ははっ! 面白い人だね!」
「そう言ってもらえると助かるかな」
手を後ろにまわして頭を掻く。すると、突然女の子が「あっ」と声を上げ何だろうとマジマジと見つめる。
「そういえば、名前って? あ、私はルイって言うんだ、遅くなったけどよろしくね」
「名前ずっと聞いてなかったね、僕は舞、そんであっちで負いかけっこしてる小さい方が僕の妹の涼華、大きい方が千明。よろしくね」
「……? …マイにリョウカにチアキね! 覚えたよ!」
ルイは舞の名前の発音に違和感を覚えた。その違和感は発音の違いからきていた。
日本の発音では舞、涼華、千明なのだが、こちらの世界ではマイ、リョウカ、チアキと片言で発音するようだ。
だが、今はそんなことは気にする必要もなく、ましてや恩人にお礼をしなければいけないと思い、ルイが深く追求することはなかった。
「じゃあ、早速行こう!」
「うん、お邪魔するね………こらー! 千明、こっち戻ってこーい! 涼華ももういいよー!」
ルイの後ろをついて歩くついでに千明と涼華を回収して、村に向かう。先ほど村に入るのを止めてきた番人がこちらを見るやいなや槍を構えてきた。
「おい! 貴様! その方から離れろ! 今度は許されんぞ!」
「へ?」
まったく意味の分からないことを言われて困惑する舞。槍を向けられ、後ろから千明と涼華の二人が臨戦態勢をとったが、それをルイの手が阻害した。
「トーア、デレット、いいんだ。この人たちは…」
「いえ! そうはいきません! 先ほどもこ奴らは侵入を試みました、大変危険です! 身なりは十分整っていますが、盗賊の可能性もあります!」
「話を聞けッ!」
ルイの喝に門番の二人が硬直する。
「…はぁ、この人たちは私の友人だから、安心して」
「しっ、しかし…!」
「これ以上友人を馬鹿にするのは私が許さないよ?」
「っ……! 了解いたしました…。ですが、実際に招き入れるのは村長様の許可をいただいてからにしてください」
「うん。わかった……舞、ごめんね。ちょっとだけ待ってて?」
「あ、うん…わかった」
舞たちはルイの一喝で黙った門番たちを見ながらしばし唖然としていた。いかにも強そうな、とても屈強な肉体をしている門番をただの一言で黙らせてしまったのだ。
「あ、あの…」
「……なんだ」
「ルイって何者なんです…?」
当然の疑問だが、人が変われば常識も変わる。そんなことも知らんのかといった表情でこちらを睨んでくる。が、ばかばかしいとまでに首を振り、答えが返ってくる。
「あの方はこの村の長、イグナ様の娘様だ。あの若さでこの村のほぼ頂点に立っておられる。だが…」
「…?」
「お前は、この村が襲撃されたという事件を知っているか?」
「えぇ、はい」
「そうか、なら話は早いな。主犯がどのような人物かは知っているだろう?」
ソンブルは見た目からもわかる通り魔術師だ。肉弾戦に参加しようものなら吹き飛ばされて一瞬のうちに跡形もなく消し炭になってしまうだろう。だが、それ故に魔法特化なのだ。
「魔法、近接戦にとってこれほど厄介なものはない。遠くにいて牽制していれば、遠距離攻撃。近寄れば全体魔法のオンパレード。あいつは使えなかったみたいだが、中には他人に魔法効果を付与することができるやつもいる。まぁそんな奴はほんの一握りだがな」
他人に魔法を付与、聞いたことをそのままとれば仲間に身体強化の魔法を付与するだけで、近接特化なヴィリーノの村民には特に害はないと思えるが、逆に考えてみれば確かに危険な代物になる。
そう、洗脳術式の付与や、身体能力低下術式の付与。それらが決まってしまえば、相手がどんな大人数だろうが、どんな屈強な戦士だろうが完封できてしまう。
「…まだ、運がよかったというべきか…うーん、ご愁傷様です」
「まぁ、貴様から気の利いたことばがでるとは期待もしてなかったさ。おっと、ルイ様が戻ってきたぞ。村にはいれるといいなぁ?」
「そうだねぇ、ま、大丈夫でしょ」
こちらに向かって走ってくるルイを見るとその表情は笑顔一色で「あぁ、これは許可とれたんだろうなぁ…」と瞬間的に思ってしまうほどにわかりやすかった。
そしてその手には一枚の紙切れが握られており、近くまで走ってきたと思えばすぐにその紙切れを番人に見せつけた。
「トーア? これでいいんでしょ?」
「えぇ、確かに受け取りました。お客人、先ほどのご無礼、お許しください」
礼状を受け取った途端に対応が様変わりし、頭を下げ始める。もちろん舞はそんなことをされたところで戸惑うのみで、すぐに頭を上げさせた。
「さて、これで心置きなく村の観光ができるね!」
「楽しみー!」
千明と涼華が二人で仲良く話しているのを見て舞はため息を吐く。先ほどまで注意をしていた涼華がいつの間にか千明と同じようになってしまっている。まさに、ミイラ取りがミイラになるとはこのことだ。
「ほら、二人とも、そんなはしゃがないでって。迷子になっても知らないよ?」
「だって! 他の村とかに来るの! はじめてじゃんかー!」
「じゃんかー!」
「はぁ……」
「やっぱりマイたちは面白いね。見てて飽きないよ」
にこやかに白い歯を見せて笑う。その笑顔は爽快感に溢れるものだが、以前ギルド前で会った時とは全く違っていた。
やはり、家族や村の人々を拉致監禁された挙句洗脳までされてしまえば、自虐的で乾いた笑いしか出てこないのだろう。
しかし、それも今では昔の話となっていて、今後この笑顔が失われないことを舞は切に願っていた。
「もう…?僕にとっては迷惑なだけだよ…」
「ははは、そんなこと言ってー、本当は凄く大好きなんでしょ?」
「……家族だしね」
「素直なのは感心だね! あ、ここ曲がるよ」
「わかった……って、あぁ! もう! また寄り道してる! まってて、ちょっと行ってくるね」
「私も行くよ」
ルイの家に行くために道を曲がろうとした矢先に千明と涼華は別方向の八百屋に向かって歩いていた。叱るべくそれを止めに行く舞にルイがついていく。
八百屋につく前に目の前の二人の首根っこを掴んで引っ張る。首がしまってしまったのか必死に顎の下に手を入れて気道を確保している。
「千明…? 涼華……? なぁにしてるのかなぁ…?」
額に浮かんだ青筋と、覗き込むようにして立っているために顔に影ができ、それらが合わさって物凄い迫力と威圧を感じる。
捕まえられた二人は舞を見た途端冷や汗をかきはじめ、口を歪に歪ませながら地面に正座する。
それを見てもなおにこにこと微笑む舞はさながら菩薩のようだったが、次の瞬間には阿修羅さえも恐怖させるほどの怒りの表情を見せた。
「……はしゃぐなよ?」
「ひっ…」
「あぅ…っ!」
短く言葉を切って二人に一発ずつ怒りの鉄槌を下す。じんじんと腫れ上がり赤くなった頬を擦りながら返事をする。
「……ひゃい」
「……ふぁい」
二人とも涙目でルイがそのお仕置きは可哀想過ぎないかと聞いたところ舞は菩薩のような笑みを浮かべながら自業自得と言った。
その顔を見たルイは後にこう語った。
「あれは人殺してますよ。絶対。こわかった」
閑話休題。そのまま、ずるずると引きずってルイの案内を受ける。舞が考えていたよりもこの村は道が入り組んでいたようで、どうにも記憶し辛い。
「結構道がくねくねしてるんだね」
「そうだね、覚えちゃえば迷うことはないけど、初めて来た人は大抵どこになにがあるのかわからなくなっちゃうかな」
だろうな、と舞は一人で頷き、納得した表情を見せた。途中途中に沢山の出店があり、案の定二人が騒ぎ出したためよることになってしまった。
「やったー! ありがとう、舞!」
「甘味処…! お姉ちゃん大好き!」
「はぁ…まったく」
「いいじゃないですか、折角の祝賀会なんですから」
ルイにそう言われてしまうと舞も断わり切れなくなってしまい、仕方なく押されて甘味処に入ることになった。
店内の雰囲気は割と落ち着いていて日本的な表現で言えば茅葺屋根の和式の家、だろうか。見るからに洋風ではない。
イースガルズ都市部ではレンガ造りやコンクリートの様な石材でできたものが殆どだったが、この村では木造建築が主なものとなっているようだ。
「うわー、なんか木造建築って久し振りに見た気がする! すっごく和風だね!」
「確かに……落ち着いた雰囲気で僕は好きだな」
「私こういうところで甘い物食べるの初めてかも…」
「お気に召してくれたかな? このお店はうちの村でも中々人気のあるお店なんだ」
そう言われて周りを見渡してみるとほとんどの席が埋まっていて如何にここが人気であるかを見て取れた。気が付けば外に人が並んでいる。
「あぁ、今回は優待って言うことですぐに入れたけど、普通だったら二時間くらいは並ばないと入れないんだ」
「へぇー……なんか悪いね…」
「いいんだよ! 祝賀会なんだから! いっぱい食べてってよ」
「…だってさ、千明、涼華、好きなもの頼んでいいよ」
「本当!? やったー!」
「お姉ちゃんこそが天使だったか……」
「なんか涼華が最近おかしいよ…」
そして、全員が注文を終え運ばれてくるまでの間に三人とルイは劇的に距離を縮めた。
注文したものが各々の目の前の運びだされ、千明と涼華はまるで玩具を貰った子供のようにそれに釘付けになっている。
「ん、リョウカのデザートに乗ってるあれってなに?」
「あぁ、あれはねこの村で開発されたサナカって言うんだ。さくさくしてて美味しいんだ」
「…モナカ……なるほど」
「ちなみに、チアキのデザートは一定温度下になると凍って美味しくなるリョートっていうものなんだ」
リョートの見た目は白く、アイスと完全に一致していた。しかも千明の頼んだそれはいわゆるパフェと言われるものに酷似していた。
この異世界に来てからというもの、日本との相似点がいくつかある。何か、繋がりがあるのだろうか。そんな
考えを張り巡らせてすぐ、その考えを頭の隅に追いやる。
とりあえず楽しむときは楽しまねば、もう徹底的に遊んでやる、と最初の真面目思考はどこへやら。舞も最終的には千明と涼華の輪に加わってしまった。
その後デザートを食べ終え会計の時、舞がお金を払おうとすると店員に財布をしまうように言われ、困惑気味になっていところ、ルイがやってきて
「…? なんでお金を? ……あぁ、言ってなかったね、今日は祝賀会だから一切料金は発生しないんだ。気兼ねなく遊んで欲しいからね」
「…そうなんだ。なら、折角だし全力で……っと、その前に村長さんに会わないと!」
「あぁ、そうだったね、私も忘れてたよ。とりあえず家に行こう」
「うん。じゃあ、引き続き案内お願いね」
「もっちろん! 任せてよ!」
腹ごなしついでにゆっくり遠回りに歩いて村長の家に向かう。村を歩いているとふと舞があることに気がついた。
「この村の皆さんさ、結構筋肉もりもりだよね」
「あぁ、そりゃそうだよ。だってうちの村では何に対しても強さが基準だから」
「腕っ節?」
「うん。魔法も使っていいんだけど、うちの村の人たちはみんな魔法を使いたがらないんだ。なんか、実力ってのはぶつからなけりゃぁわかんねぇ! だって言ってた」
「まるで戦闘民族だ」
「昔はそう揶揄されてたらしいよ? なんでも武神とかいう称号を貰った人もこの村の出らしいし」
ソンブルも宮廷魔導師の称号を持っていたし、今聞いた通り、この村の出の人も称号を持っている。しかし、称号とは一般的に武勲を立てたり、なにかに突出した技能が無い限りは受け取ることのできないものだ。
あまりに近くに沢山居すぎてそのあたりの感覚が麻痺してしまいそうになるが、これは一般的なことではなくとても素晴らしく凄いことなのだ。
「ひゃー、だめだ、頭が麻痺しそう」
「あはは、でもうちの村からは結構称号貰ってる人いるみたいだよ?」
「えぇ? そんなにぽんぽんあげちゃっていいのかな、称号」
「さぁ? でも、それを受け取ると国の書庫に個人情報が全部載るんだよね……それこそ、生まれた日から見た目、体重とか本名と使った偽名まで全部」
「なにそれ怖い」
「なになにー? 何の話してるのー?」
「もしかして私達の事話してた!? 呼ばれた気がしたんだけど!」
「してません」
後ろを歩いていた二人が突然舞の顔の横から首をのばす。当然驚いた舞は二人に拳骨を喰らわせる。
「痛いっ!」
「たっ!」
ゴスゴスっと鈍い音が二回連続で響く。二人は拳骨された頭頂部を涙目で押さえながら口を尖らせて、
「うー、叩かなくたっていいじゃん…」
「痛いよぉ……」
「じゃあいきなり僕の横から出てこないで貰えるかなぁ……」
顔を手のひらで覆って大きめにため息を吐く。それを見ていたルイはというと、余程やり取りが面白かったのか腹を抱えて笑っている。
「そんな面白いものじゃないよ、ルイ。なにが貴方をそんなにさせるんだい」
「だ、だって……普通そんなやり取り、しなっ……ふふっ、しないもっ……ん…ははは…あははは!」
ひーひー息を吐き、とても苦しそうにしている。これが自分たちのやり取りを見て笑っていなければすぐにでも駆け寄って助けたのだが、原因が分かっていても自分たちが笑われていたら助けない。とは行かず、舞は背中を擦ってあげる。
「ほら、そんな笑わなくたっていいでしょ。大丈夫?」
「うん……だいじょっ……ふふふっ……大丈夫…」
堪えきれない笑いを言葉の節々に散りばめて、まだその肩は笑いに震えている。ルイの肩をがっしりと掴んで前後に揺すり、案内を促す。
「もう、案内してくれるって言ったでしょ! ほら、早く案内してって!」
「あー、うん……わかった、わかったから揺らさないでぇー!」
ルイの笑いがようやく治まったところで、やっと案内が再開される。
それから再びツボにはまるような事はなく無事、村長の家にたどり着くことができた。
目の前の家は村長のものというのに相応しいほど大きく、そして威厳の溢れる家だった。なんとも厳かで、何より家の外まで漏れ出ている威圧感が三人を緊張させる。
緊張で強張って思うように体が動かず、千明は家の前の階段を踏み外して転ぶ。瞬間的にその場に笑いが起こり、結果みんなの緊張をほぐすことが出来た。
「じゃあ、入るよ?」
ひと声かけてからルイが村長の家の扉をノックする。
「村長、私だよ。さっき言ってた恩人……もとい友達を連れてきたよ」
『………いいよ、入っておいで』
女性の声にしては珍しい重い声で、まるで人を包むかのような安心感を孕んでいた。そして、それに見合う優しい口調で喋っていた。
扉を引き、開ける。すると扉の向こうからは先程よりも鋭い威圧感が三人を襲った。
「うっ……」
思わずうめき声が漏れる。だが、ここは飽くまで他人の、それも村長の家だ。無礼は許されないと思い、無理矢理体を前に進める。
「おじゃまします…」
と、声をかけて家の敷居を跨ぐ。中に入ると、割と明るめで、部屋はカジュアルシックにモノクロに整えられていて、几帳面さが全面に出た部屋だった。
「よく来たね」
家の奥の方から声が聞こえてきてぱっと声のした方を見る。そこには、膝を立てて座る一人の女性がいた。風貌的には非の打ち所のない、美しい人物だった。
その女性はこちらをみてにこりと微笑んだ後立ち上がりこちらに歩いてきた。
「私はイグナ。この村の村長を務めている者だ。よろしくね。あぁ、それとその子、ルイは私の娘さ。仲良く頼むよ」
イグナと名乗った女性はこちらに手を差し伸べる。緊張で硬直してしまっていた舞は、これは流石に返さなければ、と手を伸ばす。
「僕はマイです。そして、こっちが妹のリョウカ」
「わっ、私はチアキっていいますっ!」
握手を交わす。舞が握った手は女性の柔らかい手ではなく、皮膚が硬くなりゴツゴツとした岩肌のような手だった。
それに驚きを隠せずに思わず手に力が入ってしまう。が、それを気にも止めず手を離し、こちらをまじまじと見つめてくる。
「……この度は、我々を救出してくださり、本当にありがとうございました。なんとお礼を言ったらよいのか……」
すると、突然頭を深々と下げ舞たちに礼を告げた。しかし舞はこれを止め、先に言うべきことを言ってしまうことにした。
「今回の事件、犯人を討ったのは僕達じゃありません」
「…えぇ、知っていますよ。人伝ですが聞きましたから」
イグナはアリルがソンブルを討ったこと知ったうえで舞たちに礼を告げた。状況から見るに、舞たちに礼を言う必要はないはずだが、それでも深々と頭を下げる。
それに加えて敬語も消えず、違和感しかない。これを止めるには黙って礼を受け取らなくてはいけないとすぐに察した。
「…それでも、お礼だけはしておかなくてはいけないんです」
「……わかりました。素直にそのお礼受け取っておきます。ですが、僕達は直接討った訳ではない。なので、ここは短期滞在で手を打ってくれませんか?」
「…これは一本取られたかねぇ……」
そう言ってイグナは肩をすぼめる。
この村の住人は腕っ節が肝心。それ故に豪胆で淡白で義理と人情に溢れた性格をしているのだ。だからこそ、直接助けられた訳でもないのにお礼をしたがる。それをしないと、村全体の士気に関わってくるからだ。
ただ、その分駆け引きや、相手の心情を察するのも上手い。今回は、お礼は受け取るが、自分たちはあまり何もできていないから気不味い。だから早めに帰らせてくれ。そういった取引だった。
それを見事に察知し、無理矢理引き止めるでもなく「一本取られた」と言ったのだ。
「中々やるね、あんた。そういった返しに私は弱いんだけどねぇ」
「そう言ってもらえて何よりですよ」
「さて、腹の探り合いもしたんだしさ、ここからはいっちょ友人協定、いや、友誼を深めようじゃないか」
「…じゃあ、僕も自然体でいかせてもらおうかな」
「それがいい。あんたらも変な気は遣わなくていいんだよ。自然体でありのままで私と話そうじゃないか」
「さて、立ち話で終わっちまったけど、外、もっと見て回りたいだろ? 行こうか」
あぁ、この家族は、いや、この村の人々はお祭り事が好きなんだな、と舞は思った。でも、たまにはそんなノリも必要だとイグナに付いて行く事にした。
家からでてまた繁華街の方向へと来た道を戻る。そこに近づくにつれて店が多くなっていく、別段イグナの家の周りに店がないという訳ではないが、やはり比べてみると繁華街のほうが目に見えて多い。
最初村に来た時には三人だったのに気が付けば五人。それに加えて村長とその娘とくれば、目立つのは必至。周囲からは祭りの喧騒の他に、ヒソヒソと羨望のような声が聞こえた。いや、正しくは驚愕、か。
『……ねぇ、やっぱり村長様と娘様と歩いてるのって……』
『うん、門番の人たちに止められて暴れてたっていう…』
『でもなんで村長様と一緒に……? まさか、また洗脳!?』
『いや、そんなわけないでしょ。あの村長様よ? あんな如何にも弱そうな奴に負けるわけがないわ』
『あの人…うん…』
『こら! あんまり近寄っちゃダメよ?』
そんな小さな囁きも数が増えれば大団円となって枚たちの耳を襲う。そんな事が心地いい訳もなく、でも、自分たちが門番のところで騒いでいたのは確かなので何も言えない。
しかし、イグナは違った。隣でプルプルと震え、いきなり顔を上げたと思えば囁いていた人たちの方を向いて一喝。
「うるさいっ! 何か用があるなら直接言え! そんな度胸も無くなったのか、この恥晒し共め! この方々は我々を救出してくださったんだぞ!」
反対側の隣にいたルイもイグナの錨の咆哮に同調して叫ぶ。「そんなこと言う暇があったら私達の相手が務まるようになるまで鍛錬をつめ」と。
流石に村長とその娘が怒ればまわりの住民たちは大人しくなりあたりはシーンと静かになる。それを見てイグナは、
「みなの衆、すまない。一部のふざけた輩がなにかをほざいていたからつい大声を出してしまった。それ以外の皆には精一杯この祭りを楽しんでいただきたい。騒ぎまくれ!」
『おおおおおぉぉぉおおお!!!」』
流石は村長、盛り上げるのが上手い、とついつい感心してしまう。先ほどまで静まり返っていたこの場を一瞬にして盛り上げてしまったのだ。これは賞賛の言葉を送る他ない。
「流石、村長は貫禄から違ったね」
「ふぅ、こんなのでも一応この村では最強の名前を貰っているからな」
「こんなのなんて言わないでよ。凄く強いんだからさ」
「いつの間にうちの娘はこんなにいい子に育っていたのかしら……およよよ」
「泣き方古いなぁ……」
二人の仲良さ気な関係に思わず笑みが溢れる。このお祭りの雰囲気が二人の気分を高揚させているのが見て取れる。
そのやり取りを続けながら、五人は出店で食べ物を買ったり、遊んだりを繰り返した。楽しい時間ほど早くすぎるとはよく言ったもので、まさか気がついたら夜になっているとは思わなかった。
村の活気、それと明るさがいつまでもこの村が昼であるかのように錯覚させていたのだ。流石にこの時間に森に出るのは好ましくないので今日だけは泊まっていくという話にまとまった。
その話が出た時にルイはとても喜び、それに共鳴するかの如く千明と涼華が喜びだした。かく言う舞も、決して表には出さないだけで実はとても喜んでいた。
この楽しい時間がずっと続けばいい、このまま平和に時間が過ぎていけばいいなと、浮かぶ星に願いを告げた。
「うん。おめでとう」
舞が返事をする。すると、女の子は満面の笑みで「お姉さんたちのおかげ!」と言って笑った。
「…ううん、ごめんね。助けたのは私たちじゃないんだ」
「? そうなの? でも、助けようとしてくれたんだよね?」
「うん、当然。助けない手はないよ」
「じゃあ、お姉さんたちのおかげって言ってもいいと思うの! それに、みんなが帰ってきたんだから、それでいいの!」
「…そっか。うん、ならよかった。改めておめでとう」
「うん!」
馬車の中で話していた通り声をよく聞いてみれば、目の前の女の子はボーイッシュだが、声は男の子の声とは似ても似つかない女の子の声だった。
「…なんで気づかなかったんだろ」
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ!」
「そっか、よかった! じゃあさ、折角来てくれたんだから村に寄っていってよ! お礼、したいんだ!」
「うん、ここまで来たんだから寄っていこうよ」
「そうだね、お言葉に甘えさせてもらおうよ。ね? 千明お姉ちゃん? ………………あれ?」
「あぁー!! 涼華! ほら、あそこ!!」
『おーい! はやくいこーよー! お腹すいたー!』
どうやら千明は寄っていくという話が出た瞬間に村の方へ向かって歩いていたようだ。そのまま進んでいってまた門番に止められている。
「はぁ……ばっかじゃないの…?」
「ははっ! 面白い人だね!」
「そう言ってもらえると助かるかな」
手を後ろにまわして頭を掻く。すると、突然女の子が「あっ」と声を上げ何だろうとマジマジと見つめる。
「そういえば、名前って? あ、私はルイって言うんだ、遅くなったけどよろしくね」
「名前ずっと聞いてなかったね、僕は舞、そんであっちで負いかけっこしてる小さい方が僕の妹の涼華、大きい方が千明。よろしくね」
「……? …マイにリョウカにチアキね! 覚えたよ!」
ルイは舞の名前の発音に違和感を覚えた。その違和感は発音の違いからきていた。
日本の発音では舞、涼華、千明なのだが、こちらの世界ではマイ、リョウカ、チアキと片言で発音するようだ。
だが、今はそんなことは気にする必要もなく、ましてや恩人にお礼をしなければいけないと思い、ルイが深く追求することはなかった。
「じゃあ、早速行こう!」
「うん、お邪魔するね………こらー! 千明、こっち戻ってこーい! 涼華ももういいよー!」
ルイの後ろをついて歩くついでに千明と涼華を回収して、村に向かう。先ほど村に入るのを止めてきた番人がこちらを見るやいなや槍を構えてきた。
「おい! 貴様! その方から離れろ! 今度は許されんぞ!」
「へ?」
まったく意味の分からないことを言われて困惑する舞。槍を向けられ、後ろから千明と涼華の二人が臨戦態勢をとったが、それをルイの手が阻害した。
「トーア、デレット、いいんだ。この人たちは…」
「いえ! そうはいきません! 先ほどもこ奴らは侵入を試みました、大変危険です! 身なりは十分整っていますが、盗賊の可能性もあります!」
「話を聞けッ!」
ルイの喝に門番の二人が硬直する。
「…はぁ、この人たちは私の友人だから、安心して」
「しっ、しかし…!」
「これ以上友人を馬鹿にするのは私が許さないよ?」
「っ……! 了解いたしました…。ですが、実際に招き入れるのは村長様の許可をいただいてからにしてください」
「うん。わかった……舞、ごめんね。ちょっとだけ待ってて?」
「あ、うん…わかった」
舞たちはルイの一喝で黙った門番たちを見ながらしばし唖然としていた。いかにも強そうな、とても屈強な肉体をしている門番をただの一言で黙らせてしまったのだ。
「あ、あの…」
「……なんだ」
「ルイって何者なんです…?」
当然の疑問だが、人が変われば常識も変わる。そんなことも知らんのかといった表情でこちらを睨んでくる。が、ばかばかしいとまでに首を振り、答えが返ってくる。
「あの方はこの村の長、イグナ様の娘様だ。あの若さでこの村のほぼ頂点に立っておられる。だが…」
「…?」
「お前は、この村が襲撃されたという事件を知っているか?」
「えぇ、はい」
「そうか、なら話は早いな。主犯がどのような人物かは知っているだろう?」
ソンブルは見た目からもわかる通り魔術師だ。肉弾戦に参加しようものなら吹き飛ばされて一瞬のうちに跡形もなく消し炭になってしまうだろう。だが、それ故に魔法特化なのだ。
「魔法、近接戦にとってこれほど厄介なものはない。遠くにいて牽制していれば、遠距離攻撃。近寄れば全体魔法のオンパレード。あいつは使えなかったみたいだが、中には他人に魔法効果を付与することができるやつもいる。まぁそんな奴はほんの一握りだがな」
他人に魔法を付与、聞いたことをそのままとれば仲間に身体強化の魔法を付与するだけで、近接特化なヴィリーノの村民には特に害はないと思えるが、逆に考えてみれば確かに危険な代物になる。
そう、洗脳術式の付与や、身体能力低下術式の付与。それらが決まってしまえば、相手がどんな大人数だろうが、どんな屈強な戦士だろうが完封できてしまう。
「…まだ、運がよかったというべきか…うーん、ご愁傷様です」
「まぁ、貴様から気の利いたことばがでるとは期待もしてなかったさ。おっと、ルイ様が戻ってきたぞ。村にはいれるといいなぁ?」
「そうだねぇ、ま、大丈夫でしょ」
こちらに向かって走ってくるルイを見るとその表情は笑顔一色で「あぁ、これは許可とれたんだろうなぁ…」と瞬間的に思ってしまうほどにわかりやすかった。
そしてその手には一枚の紙切れが握られており、近くまで走ってきたと思えばすぐにその紙切れを番人に見せつけた。
「トーア? これでいいんでしょ?」
「えぇ、確かに受け取りました。お客人、先ほどのご無礼、お許しください」
礼状を受け取った途端に対応が様変わりし、頭を下げ始める。もちろん舞はそんなことをされたところで戸惑うのみで、すぐに頭を上げさせた。
「さて、これで心置きなく村の観光ができるね!」
「楽しみー!」
千明と涼華が二人で仲良く話しているのを見て舞はため息を吐く。先ほどまで注意をしていた涼華がいつの間にか千明と同じようになってしまっている。まさに、ミイラ取りがミイラになるとはこのことだ。
「ほら、二人とも、そんなはしゃがないでって。迷子になっても知らないよ?」
「だって! 他の村とかに来るの! はじめてじゃんかー!」
「じゃんかー!」
「はぁ……」
「やっぱりマイたちは面白いね。見てて飽きないよ」
にこやかに白い歯を見せて笑う。その笑顔は爽快感に溢れるものだが、以前ギルド前で会った時とは全く違っていた。
やはり、家族や村の人々を拉致監禁された挙句洗脳までされてしまえば、自虐的で乾いた笑いしか出てこないのだろう。
しかし、それも今では昔の話となっていて、今後この笑顔が失われないことを舞は切に願っていた。
「もう…?僕にとっては迷惑なだけだよ…」
「ははは、そんなこと言ってー、本当は凄く大好きなんでしょ?」
「……家族だしね」
「素直なのは感心だね! あ、ここ曲がるよ」
「わかった……って、あぁ! もう! また寄り道してる! まってて、ちょっと行ってくるね」
「私も行くよ」
ルイの家に行くために道を曲がろうとした矢先に千明と涼華は別方向の八百屋に向かって歩いていた。叱るべくそれを止めに行く舞にルイがついていく。
八百屋につく前に目の前の二人の首根っこを掴んで引っ張る。首がしまってしまったのか必死に顎の下に手を入れて気道を確保している。
「千明…? 涼華……? なぁにしてるのかなぁ…?」
額に浮かんだ青筋と、覗き込むようにして立っているために顔に影ができ、それらが合わさって物凄い迫力と威圧を感じる。
捕まえられた二人は舞を見た途端冷や汗をかきはじめ、口を歪に歪ませながら地面に正座する。
それを見てもなおにこにこと微笑む舞はさながら菩薩のようだったが、次の瞬間には阿修羅さえも恐怖させるほどの怒りの表情を見せた。
「……はしゃぐなよ?」
「ひっ…」
「あぅ…っ!」
短く言葉を切って二人に一発ずつ怒りの鉄槌を下す。じんじんと腫れ上がり赤くなった頬を擦りながら返事をする。
「……ひゃい」
「……ふぁい」
二人とも涙目でルイがそのお仕置きは可哀想過ぎないかと聞いたところ舞は菩薩のような笑みを浮かべながら自業自得と言った。
その顔を見たルイは後にこう語った。
「あれは人殺してますよ。絶対。こわかった」
閑話休題。そのまま、ずるずると引きずってルイの案内を受ける。舞が考えていたよりもこの村は道が入り組んでいたようで、どうにも記憶し辛い。
「結構道がくねくねしてるんだね」
「そうだね、覚えちゃえば迷うことはないけど、初めて来た人は大抵どこになにがあるのかわからなくなっちゃうかな」
だろうな、と舞は一人で頷き、納得した表情を見せた。途中途中に沢山の出店があり、案の定二人が騒ぎ出したためよることになってしまった。
「やったー! ありがとう、舞!」
「甘味処…! お姉ちゃん大好き!」
「はぁ…まったく」
「いいじゃないですか、折角の祝賀会なんですから」
ルイにそう言われてしまうと舞も断わり切れなくなってしまい、仕方なく押されて甘味処に入ることになった。
店内の雰囲気は割と落ち着いていて日本的な表現で言えば茅葺屋根の和式の家、だろうか。見るからに洋風ではない。
イースガルズ都市部ではレンガ造りやコンクリートの様な石材でできたものが殆どだったが、この村では木造建築が主なものとなっているようだ。
「うわー、なんか木造建築って久し振りに見た気がする! すっごく和風だね!」
「確かに……落ち着いた雰囲気で僕は好きだな」
「私こういうところで甘い物食べるの初めてかも…」
「お気に召してくれたかな? このお店はうちの村でも中々人気のあるお店なんだ」
そう言われて周りを見渡してみるとほとんどの席が埋まっていて如何にここが人気であるかを見て取れた。気が付けば外に人が並んでいる。
「あぁ、今回は優待って言うことですぐに入れたけど、普通だったら二時間くらいは並ばないと入れないんだ」
「へぇー……なんか悪いね…」
「いいんだよ! 祝賀会なんだから! いっぱい食べてってよ」
「…だってさ、千明、涼華、好きなもの頼んでいいよ」
「本当!? やったー!」
「お姉ちゃんこそが天使だったか……」
「なんか涼華が最近おかしいよ…」
そして、全員が注文を終え運ばれてくるまでの間に三人とルイは劇的に距離を縮めた。
注文したものが各々の目の前の運びだされ、千明と涼華はまるで玩具を貰った子供のようにそれに釘付けになっている。
「ん、リョウカのデザートに乗ってるあれってなに?」
「あぁ、あれはねこの村で開発されたサナカって言うんだ。さくさくしてて美味しいんだ」
「…モナカ……なるほど」
「ちなみに、チアキのデザートは一定温度下になると凍って美味しくなるリョートっていうものなんだ」
リョートの見た目は白く、アイスと完全に一致していた。しかも千明の頼んだそれはいわゆるパフェと言われるものに酷似していた。
この異世界に来てからというもの、日本との相似点がいくつかある。何か、繋がりがあるのだろうか。そんな
考えを張り巡らせてすぐ、その考えを頭の隅に追いやる。
とりあえず楽しむときは楽しまねば、もう徹底的に遊んでやる、と最初の真面目思考はどこへやら。舞も最終的には千明と涼華の輪に加わってしまった。
その後デザートを食べ終え会計の時、舞がお金を払おうとすると店員に財布をしまうように言われ、困惑気味になっていところ、ルイがやってきて
「…? なんでお金を? ……あぁ、言ってなかったね、今日は祝賀会だから一切料金は発生しないんだ。気兼ねなく遊んで欲しいからね」
「…そうなんだ。なら、折角だし全力で……っと、その前に村長さんに会わないと!」
「あぁ、そうだったね、私も忘れてたよ。とりあえず家に行こう」
「うん。じゃあ、引き続き案内お願いね」
「もっちろん! 任せてよ!」
腹ごなしついでにゆっくり遠回りに歩いて村長の家に向かう。村を歩いているとふと舞があることに気がついた。
「この村の皆さんさ、結構筋肉もりもりだよね」
「あぁ、そりゃそうだよ。だってうちの村では何に対しても強さが基準だから」
「腕っ節?」
「うん。魔法も使っていいんだけど、うちの村の人たちはみんな魔法を使いたがらないんだ。なんか、実力ってのはぶつからなけりゃぁわかんねぇ! だって言ってた」
「まるで戦闘民族だ」
「昔はそう揶揄されてたらしいよ? なんでも武神とかいう称号を貰った人もこの村の出らしいし」
ソンブルも宮廷魔導師の称号を持っていたし、今聞いた通り、この村の出の人も称号を持っている。しかし、称号とは一般的に武勲を立てたり、なにかに突出した技能が無い限りは受け取ることのできないものだ。
あまりに近くに沢山居すぎてそのあたりの感覚が麻痺してしまいそうになるが、これは一般的なことではなくとても素晴らしく凄いことなのだ。
「ひゃー、だめだ、頭が麻痺しそう」
「あはは、でもうちの村からは結構称号貰ってる人いるみたいだよ?」
「えぇ? そんなにぽんぽんあげちゃっていいのかな、称号」
「さぁ? でも、それを受け取ると国の書庫に個人情報が全部載るんだよね……それこそ、生まれた日から見た目、体重とか本名と使った偽名まで全部」
「なにそれ怖い」
「なになにー? 何の話してるのー?」
「もしかして私達の事話してた!? 呼ばれた気がしたんだけど!」
「してません」
後ろを歩いていた二人が突然舞の顔の横から首をのばす。当然驚いた舞は二人に拳骨を喰らわせる。
「痛いっ!」
「たっ!」
ゴスゴスっと鈍い音が二回連続で響く。二人は拳骨された頭頂部を涙目で押さえながら口を尖らせて、
「うー、叩かなくたっていいじゃん…」
「痛いよぉ……」
「じゃあいきなり僕の横から出てこないで貰えるかなぁ……」
顔を手のひらで覆って大きめにため息を吐く。それを見ていたルイはというと、余程やり取りが面白かったのか腹を抱えて笑っている。
「そんな面白いものじゃないよ、ルイ。なにが貴方をそんなにさせるんだい」
「だ、だって……普通そんなやり取り、しなっ……ふふっ、しないもっ……ん…ははは…あははは!」
ひーひー息を吐き、とても苦しそうにしている。これが自分たちのやり取りを見て笑っていなければすぐにでも駆け寄って助けたのだが、原因が分かっていても自分たちが笑われていたら助けない。とは行かず、舞は背中を擦ってあげる。
「ほら、そんな笑わなくたっていいでしょ。大丈夫?」
「うん……だいじょっ……ふふふっ……大丈夫…」
堪えきれない笑いを言葉の節々に散りばめて、まだその肩は笑いに震えている。ルイの肩をがっしりと掴んで前後に揺すり、案内を促す。
「もう、案内してくれるって言ったでしょ! ほら、早く案内してって!」
「あー、うん……わかった、わかったから揺らさないでぇー!」
ルイの笑いがようやく治まったところで、やっと案内が再開される。
それから再びツボにはまるような事はなく無事、村長の家にたどり着くことができた。
目の前の家は村長のものというのに相応しいほど大きく、そして威厳の溢れる家だった。なんとも厳かで、何より家の外まで漏れ出ている威圧感が三人を緊張させる。
緊張で強張って思うように体が動かず、千明は家の前の階段を踏み外して転ぶ。瞬間的にその場に笑いが起こり、結果みんなの緊張をほぐすことが出来た。
「じゃあ、入るよ?」
ひと声かけてからルイが村長の家の扉をノックする。
「村長、私だよ。さっき言ってた恩人……もとい友達を連れてきたよ」
『………いいよ、入っておいで』
女性の声にしては珍しい重い声で、まるで人を包むかのような安心感を孕んでいた。そして、それに見合う優しい口調で喋っていた。
扉を引き、開ける。すると扉の向こうからは先程よりも鋭い威圧感が三人を襲った。
「うっ……」
思わずうめき声が漏れる。だが、ここは飽くまで他人の、それも村長の家だ。無礼は許されないと思い、無理矢理体を前に進める。
「おじゃまします…」
と、声をかけて家の敷居を跨ぐ。中に入ると、割と明るめで、部屋はカジュアルシックにモノクロに整えられていて、几帳面さが全面に出た部屋だった。
「よく来たね」
家の奥の方から声が聞こえてきてぱっと声のした方を見る。そこには、膝を立てて座る一人の女性がいた。風貌的には非の打ち所のない、美しい人物だった。
その女性はこちらをみてにこりと微笑んだ後立ち上がりこちらに歩いてきた。
「私はイグナ。この村の村長を務めている者だ。よろしくね。あぁ、それとその子、ルイは私の娘さ。仲良く頼むよ」
イグナと名乗った女性はこちらに手を差し伸べる。緊張で硬直してしまっていた舞は、これは流石に返さなければ、と手を伸ばす。
「僕はマイです。そして、こっちが妹のリョウカ」
「わっ、私はチアキっていいますっ!」
握手を交わす。舞が握った手は女性の柔らかい手ではなく、皮膚が硬くなりゴツゴツとした岩肌のような手だった。
それに驚きを隠せずに思わず手に力が入ってしまう。が、それを気にも止めず手を離し、こちらをまじまじと見つめてくる。
「……この度は、我々を救出してくださり、本当にありがとうございました。なんとお礼を言ったらよいのか……」
すると、突然頭を深々と下げ舞たちに礼を告げた。しかし舞はこれを止め、先に言うべきことを言ってしまうことにした。
「今回の事件、犯人を討ったのは僕達じゃありません」
「…えぇ、知っていますよ。人伝ですが聞きましたから」
イグナはアリルがソンブルを討ったこと知ったうえで舞たちに礼を告げた。状況から見るに、舞たちに礼を言う必要はないはずだが、それでも深々と頭を下げる。
それに加えて敬語も消えず、違和感しかない。これを止めるには黙って礼を受け取らなくてはいけないとすぐに察した。
「…それでも、お礼だけはしておかなくてはいけないんです」
「……わかりました。素直にそのお礼受け取っておきます。ですが、僕達は直接討った訳ではない。なので、ここは短期滞在で手を打ってくれませんか?」
「…これは一本取られたかねぇ……」
そう言ってイグナは肩をすぼめる。
この村の住人は腕っ節が肝心。それ故に豪胆で淡白で義理と人情に溢れた性格をしているのだ。だからこそ、直接助けられた訳でもないのにお礼をしたがる。それをしないと、村全体の士気に関わってくるからだ。
ただ、その分駆け引きや、相手の心情を察するのも上手い。今回は、お礼は受け取るが、自分たちはあまり何もできていないから気不味い。だから早めに帰らせてくれ。そういった取引だった。
それを見事に察知し、無理矢理引き止めるでもなく「一本取られた」と言ったのだ。
「中々やるね、あんた。そういった返しに私は弱いんだけどねぇ」
「そう言ってもらえて何よりですよ」
「さて、腹の探り合いもしたんだしさ、ここからはいっちょ友人協定、いや、友誼を深めようじゃないか」
「…じゃあ、僕も自然体でいかせてもらおうかな」
「それがいい。あんたらも変な気は遣わなくていいんだよ。自然体でありのままで私と話そうじゃないか」
「さて、立ち話で終わっちまったけど、外、もっと見て回りたいだろ? 行こうか」
あぁ、この家族は、いや、この村の人々はお祭り事が好きなんだな、と舞は思った。でも、たまにはそんなノリも必要だとイグナに付いて行く事にした。
家からでてまた繁華街の方向へと来た道を戻る。そこに近づくにつれて店が多くなっていく、別段イグナの家の周りに店がないという訳ではないが、やはり比べてみると繁華街のほうが目に見えて多い。
最初村に来た時には三人だったのに気が付けば五人。それに加えて村長とその娘とくれば、目立つのは必至。周囲からは祭りの喧騒の他に、ヒソヒソと羨望のような声が聞こえた。いや、正しくは驚愕、か。
『……ねぇ、やっぱり村長様と娘様と歩いてるのって……』
『うん、門番の人たちに止められて暴れてたっていう…』
『でもなんで村長様と一緒に……? まさか、また洗脳!?』
『いや、そんなわけないでしょ。あの村長様よ? あんな如何にも弱そうな奴に負けるわけがないわ』
『あの人…うん…』
『こら! あんまり近寄っちゃダメよ?』
そんな小さな囁きも数が増えれば大団円となって枚たちの耳を襲う。そんな事が心地いい訳もなく、でも、自分たちが門番のところで騒いでいたのは確かなので何も言えない。
しかし、イグナは違った。隣でプルプルと震え、いきなり顔を上げたと思えば囁いていた人たちの方を向いて一喝。
「うるさいっ! 何か用があるなら直接言え! そんな度胸も無くなったのか、この恥晒し共め! この方々は我々を救出してくださったんだぞ!」
反対側の隣にいたルイもイグナの錨の咆哮に同調して叫ぶ。「そんなこと言う暇があったら私達の相手が務まるようになるまで鍛錬をつめ」と。
流石に村長とその娘が怒ればまわりの住民たちは大人しくなりあたりはシーンと静かになる。それを見てイグナは、
「みなの衆、すまない。一部のふざけた輩がなにかをほざいていたからつい大声を出してしまった。それ以外の皆には精一杯この祭りを楽しんでいただきたい。騒ぎまくれ!」
『おおおおおぉぉぉおおお!!!」』
流石は村長、盛り上げるのが上手い、とついつい感心してしまう。先ほどまで静まり返っていたこの場を一瞬にして盛り上げてしまったのだ。これは賞賛の言葉を送る他ない。
「流石、村長は貫禄から違ったね」
「ふぅ、こんなのでも一応この村では最強の名前を貰っているからな」
「こんなのなんて言わないでよ。凄く強いんだからさ」
「いつの間にうちの娘はこんなにいい子に育っていたのかしら……およよよ」
「泣き方古いなぁ……」
二人の仲良さ気な関係に思わず笑みが溢れる。このお祭りの雰囲気が二人の気分を高揚させているのが見て取れる。
そのやり取りを続けながら、五人は出店で食べ物を買ったり、遊んだりを繰り返した。楽しい時間ほど早くすぎるとはよく言ったもので、まさか気がついたら夜になっているとは思わなかった。
村の活気、それと明るさがいつまでもこの村が昼であるかのように錯覚させていたのだ。流石にこの時間に森に出るのは好ましくないので今日だけは泊まっていくという話にまとまった。
その話が出た時にルイはとても喜び、それに共鳴するかの如く千明と涼華が喜びだした。かく言う舞も、決して表には出さないだけで実はとても喜んでいた。
この楽しい時間がずっと続けばいい、このまま平和に時間が過ぎていけばいいなと、浮かぶ星に願いを告げた。
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