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もふって就職!
◆もふって出発!
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前日、バージェスから任務依頼書を渡されてから、結局夜になってそわそわして寝付けなかった舞一行。何もすることがないので適度に眠気に襲われるまで今日の準備を進めた。
そんな暇つぶしのかいあってか出立の日の今日、朝も太陽が昇りはじめだというのに既に準備を終え、いつでも出発できる状態にあった。
「…やっぱ気が早すぎたんじゃないかなって思ったり思わなかったり」
「俺個人的に物凄く急いで準備し過ぎたと思うんだよね。まだ明朝だよ」
「しょうがないよ。ルイの初出撃だから」
「いつ出発するの? すごく楽しみ!」
「あー、あれっていわゆる戦闘狂ってやつ? バーサーカーなのかな?」
「かもね。バトルマニアって説も無きにしもあらずって感じじゃないかな」
いつも寝起きの悪い千明はともかく、普段はそこまででもない舞がとても眠そうにしている。やはり、昨日の夜更しが響いてしまったのか。
しかし、任務決行、もといやると決めたからにはやらなければいけないという謎の使命感に突き動かされる。
「いやー、ランクーレかぁ……話だけは聞いたことあったけど実物は見たことないしな、楽しみ!」
「え?」
「何言ってるの?」
「へ?」
涼華が初出撃と言っていたために勘違いしたのかは分からないが、今日は高原で二対二の模擬戦を行う予定だ。
「今日は演習だよ?」
「…ランクーレと戦うんじゃないの?」
「それは演習で実力と連携を見てから」
「えー……」
「そうは言っても決まってたことじゃん」
露骨に魔物と戦いたいという表情を見せて、根っからの戦闘狂であることを自ら証明していく。だが、実力を把握していないうちに魔物と戦闘を行うのは危険なので無理矢理ルイを引きずって移動を始める。
一昨日までは歩きでの移動だったが、四人は今空中を駆けている。それは文字通り地に足がついた状態ではなく、宙に浮いている。
「いやー、空を歩くだなんて。こんな体験、そうそうできるものじゃないよね」
「ちょっと練習したとはいえよくもまぁ僕もうまく制御できてるもんだ。褒めて褒めて!」
「はーいはい、よしよし。よくできまちたねー」
「演習のときに殴る。全力で」
舞を茶化す千明は楽しそうに笑っているが、一方の茶化されている舞はにこやかに笑いかけながら「潰す」と呟いている。
睡眠不足とは真に恐ろしいものである。
「え? え? なんで私空走ってるの?」
「お姉ちゃんのやることだから……」
こちらのルイはというと、自分が空を駆けていることに驚きを隠せず目を白黒させている。最初はノリで空を楽しそうに駆けていたが、高度があがると冷静になり、なんでなんでと挙動不審になっている。
涼華もはじめこそ驚いたものの、いつもの姉のやることだと諦め、状況に順応していた。
そんなこんなで全員和気藹々と、一部の視線での殺し合いを除いて、楽しく高原へと移動していった。
ーーーー
空を駆け続けること半刻程度。気がつけば眼下には見る限りの緑が広がる高原へと到着した。ところどころに岩もあるが。
高原と言うだけあって崖からみた下の光景はそれは壮観だった。だが、落ちたらひとたまりもないだろう。恐らく即死だ。常人ならば。
「さて、ついたね」
「うん、ついたね」
「だね、ついたね」
「えっ、あっ、つ、ついたね!」
流れに乗るべきだと判断したルイが三人に次いでワンテンポ遅れて言う。まだ、馴染みきってはいないようだ。
「とりあえず、まずは横になろう。休憩も大事なのだよ!」
ふはははは、と大口を開けて豪快に笑う。しかし誰もその笑いには乗らず静かに芝生の海に腰を落とした。
全身を大地に預けて、大の字に寝転がる。高地はやはり風通しが最高で、惰眠を貪るのに適している。
「あー……気持ちいー……眠くなってきた…」
「おーい、今からドンパチするんだから寝ようとするなよー」
「ドンパチってそんな…古いなぁ」
「大分みんなマイペースだね!」
「恥ずかしいのなんの。妹としてはやめて欲しいと切実に願ってるんだけどなぁ…」
「メリハリがある人って素敵だと思うな」
「そう言ってもらえると嬉しいな」と、涼華は笑って答えた。そしてすくっと立ち上がり、天を仰ぐと舞たちの方を向いて言った。
「そろそろ始めよう! 早く終わらせて家でゆっくりしたい!」
「んー、そうだね、僕も眠いし……やりますか」
「そうだね、じゃあ、さくさくっとチーム決めよう」
「じゃんけんでいいよね」
「もっち」
「うん、いいよ」
「じゃんけんって……?」
三人が最初はグーのポーズをとったが、ルイはじゃんけんを知らなかったようで、首を傾げながら真似をして握りこぶしを前に出す。
「そっか、知らないのか」
「あのね、これは、私達が地きゅ…むっ! うむぅ!」
地球、と言いかけたところで千明が慌てて涼華の口を塞ぐと、取り繕うように説明しはじめた。
「え、えっとね! これは俺達が考えた決め方でね! まず、この握り拳がグー」
「これが、グー…」
「そっ、そうそう! それで、この指を二本だけ広げたのがチョキで、指を開ききったこれがパー」
「チョキと、パー」
「覚えた?」
「…うん。多分!」
「じゃあ、ルールなんだけど、じゃんけんぽんのぽんってところでグーかチョキかパーを出すんだけどね、グーはチョキに強くて、チョキはパーに強い、そしてパーはグーに強いっていう三すくみなの」
軽くルールを説明する。いつの時代もじゃんけんとは簡単なルールで沢山の用途があるのだから、素晴らしい。と、千明は心の中で思っていた。
少しの間腕を組んでぶつぶつ喋っていたルイは、顔を勢い良く上げると「覚えた!」と満面の笑みで腕を上下に激しく振って、こちらにアピールをしてきた。
「じゃあ、いいね。もう一回やろっか」
「うん!」
『じゃーんけん、ぽん!』
チョキ、チョキ、パー、グー。左から舞、涼華、ルイ、千明で、あいこの盤面になったのだが、アイコの説明をされていなかったルイは「パーはグーに勝ってチョキに負ける……私の2敗? ん??」と頭上にクエスチョンマークを数個浮かべて頭をぐるぐると回している。
「ご、ごめんねルイ。一つ、説明するの忘れてた!」
「へ? え?」
「今、チョキとパーとグーが出揃ったでしょ?」
ルイは無言で首を縦に振って頷く。
「こういうときはあいこになるんだ。お互い勝てるし、お互い負けるからね」
「なるほど……」
「で、あいこのときにはあいこでしょって言ってもう一回さっき教えた三つの中から出すの」
「分かったよ! これで今度こそチーム決めができるね!」
「うん! じゃあ、気を取り直して」
『さーいしょーっはグーっ! じゃーんけーん、ぽんっ!』
今度はグー、チョキ、グー、チョキ。順番は先程と同じで、今度こそチームを決めることができた。
さっそく決まった相手と一緒に作戦を立て始める。
■
「………そう、涼華は……」
「じゃあ俺は……」
■
「…お姉ちゃんは、それが弱点だから……」
「私が引き付けるから……」
ーーーー
数分後、作戦をお互いに立て終えて、高原の真ん中に向かい合って立つ。舞と千明は腕を組んで大胆不敵に涼華たちを見下ろし、涼華とルイはその二人に噛みつくような視線を送る。
まるで火花が散るような視線での攻撃も途中でやめて定位置に付く。開戦の合図は無い。ただ、先程まで吹いていた風が今止んでいる。動くとしたら、次に風が吹くときだ。
───サァァァァァァァ……
と、高原に風が吹いた、その瞬間、目の前にいた千明が地面を蹴った。舞は腕を組んで笑っている。
どちらのチームも近接戦闘と遠距離戦闘を一人ずつ味方に入れたバランスの取れたチームで、そのバランスだけで言えばどちらも引けを取らない。
だが、だからこそ、連携が一番の問題になってくる。今現在舞は千明だけでも行けると慢心している状態なのだろう。単独出撃させてきた千明は、ルイに身体強化の魔法をかけることで対応しようとする。
「涼華!」
「大丈夫!? とりあえず身体強化の魔法はかけてあるよ!」
「ダメ、チアキ、攻撃が………重…い…!」
いつの間にか千明には身体強化の魔法がかけられていて、膂力は完全に互角の様子。いや、体が小さい分ルイのほうが若干不利ではあった。
だが、舞よりも千明よりも先に魔法に適性があると分かった自分が、魔法で負けるわけにも行かない。くだらないかもしれないが、涼華にはそんなプライドがあった。
「……なら! 追加で身体強化、行くよ!」
「早……く…ッ!」
苦しそうに耐えるルイの方を向いて、小さく詠唱すると、目の前に淡く光を放つ魔法陣が浮き上がり、ルイの体に溶けていった。
「……!」
それを見ていた舞は少し眉を上げ、依然笑っている。
「どう?」
「……いい、かん、じっ!」
追加でかけた身体強化の魔法が効いたのか今度は少し力を込めただけで千明の体を押し返した。
押し返された千明は空中で回転しながら着地を決める。再び距離を取って目と目で牽制しあう。
「……やるね、年下とは思えないや。僕は攻撃魔法っていう攻撃魔法をもってないから支援もできないし…これは、手加減抜きでやっていいのかな」
そう言われた時、内心この嘘つきめ、と千秋は思った。対アリル戦ではアイシクルとフレアを使っていた癖に、と。さらに言えば魔法壁もある。だが、それを口には出さない。
「何言ってるの? 演習っていうのは死なないような戦い方を覚えるものなんだから本気で来ないとね?」
「じゃあ遠慮無く。千明、よろしくね!」
「はいはい…あんまり痛いの好きじゃないんだけどなぁ……」
そう言って千明が膝に力を入れる。地面を強く踏み込んだ、次の瞬間、千明は涼華たちの数十メートル後ろにその姿を現した。
「っととー! まだ体が慣れてないよ! っていうか、さっき一発であんな動きできたの凄くない!?」
「ダメそう? もしそうならちょっと弱くするんだけど」
「んー、多分慣れた」
「そ。じゃあ、よっろしくぅ!」
「あいわかった!」
会話が終わると同時に涼華の体が真横に吹っ飛ぶ……ことはなかった。いつの間にかに展開された魔法壁によって涼華が密かに練り混んだ魔力は相殺され、空中に霧散する。
あまりに速い対応速度に、涼華は声が出なかった。舞はあまりにつまらないといった様子でため息をつき、その場に座りこんだ。
これを好機と捉えたのか、ルイは一直線に敵陣に突っ込んで行った。
「どぅおおおおおおりゃぁぁああああ!!」
全力で空に吠えて地面を蹴りだす。その圧力で地面は抉られたかのように穴が空き、土煙が周囲に漂い続けている。
目にも止まらぬスピード。それは涼華の身体強化によるものだが、それを抜きにしても恐ろしい戦闘センスだった。
蹴り出しまでのフォーム、先程の反射的な防御、あんなこと、熟達したものぐらいにしか出来ない。ましてや、初めて身体強化の魔法をかけられていたのだ。
だが、条件で言えば千明も同じく初めてで身体強化された体を使いこなした。それはつまり、この動きも見切られているということ。
ーーーガッ!
腕と腕がぶつかりあう音がする。見れば、舞と涼華の丁度中間部分では近距離特化の二人が腕を交わしていた。
「…………っ!」
先程よりも数段力が強い千明に徐々に押されていく。形勢は圧倒的にルイが不利。やはり、体の大きさがない分、ルイには辛い戦いだ。
「どうしたのかな? この程度なのかな?」
「…うるっ……さ…いっ!!」
千明による挑発で、余計に力が篭もる。しかし、力んでしまえば、素早い攻撃に対応できなくなる。それを予知した涼華が大声を上げる。
「ルイ! 挑発に乗らないで! 力んだらやられる!」
はっとしたルイは押し切られない程度に力を緩めて、千明の次の行動を警戒する。
「…」
一向に動こうとしない試合展開が続く。魔法を舞に打っても相殺される。かと言って今この位置からでは誤射してしまう可能性もある。なにせ相手は千明だ。あの力があれば腕を掴んで弾除けにすることなんて容易いだろう。
ピリピリと空気が張り詰める。膠着状態が続く。二人の額に、汗が滲み始める。
「……そろそろ、諦めたら?」
「…そっちこそ、決着着けられないから仕掛けてこないんでしょ?」
お互いに右手で打ち合って、左手はフリーだ。だが、ここで先手を仕掛けると、悪手になりかねない。故にどちらも左手での攻撃を行うことができない。
「ほら、左手、空いてるよ。攻撃してきたらどうなの?」
「そんなことしたら、チアキは私の左手を掴んで組み伏せようとするでしょ?」
「じゃあ俺から行くよ?」
そう言って、左手に思いっきり力を込める。どんどん手にエネルギーが集まっているのが分かる。もちろん、そんなオーラみたいな物は存在しないが、感覚的にわかる。
ーーー喰らったら危ない。
そのパンチの威力を悟ったルイは、すぐに移動をしようとする。だが、千明の左手はルイが逃げ出す前に手首を掴み、離さない。
「………………ふッ!」
渾身の一撃が放たれる。それはまるで地を駆ける槍のような、必殺の威力が込められたものだった。
恐怖に目を閉じる涼華。先程本気で来いと言った以上恐らく手は抜いていない。正真正銘本気の一撃。しかし、衝撃音は何時までたっても涼華の耳に届くことはなく、だが、目を開けることもできない。
風を切る音が聞こえたと思えば、自分の体は空中を横っ飛びに飛んでいた。
「あっぶねぇよ!」
その声に驚き、目を開く。そこには、一切傷を負っていない、無傷のルイが立っていた。
「リョウカ! 目をつぶって棒立ちしてたらいい的だぞ! しっかりしろ!」
「ご、ごめん……」
あまりの剣幕におずおずと謝る。すると、小さく息を吐き、手を差し伸べてきた。
「よし、勝つぞ!」
「…うん!」
舞を見ると、いつの間にか傍らに千明が立っていて、攻撃を仕掛けたあとすぐにリターンして行ったようだった。
この隙にと、身体強化をさらに重ねがけしてルイの能力アップを計る。計四回重ねがけして、その力は通常時の約十六倍。今のルイに怖いものなどなかった。
「…今度は魔法で支援するね! 私が指示したら、その通りに動いてね!」
「おう! わかった! 頼んだぞ!」
「うん!」
涼華が返事を返すと、今度は地面にクレーターを作って舞たちの方へと跳躍していった。無論、千明が見過ごすわけもないので、舞の目の前で攻撃の手を止められる。
あと一歩のところで舞に手が届かない。だが、先程よりも数倍強くなったルイはまるで蝶のように舞いながら攻撃を繰り返す。
見れば、先程苦戦していた千明が嘘のように防戦一方になっている。大きな進歩を得たルイはその後も猛攻を留めること無く繰り返す。
「……っ! っ! …………ぅ…!」
段々と千明の口からうめき声が漏れてきた。自分の連撃が効いている証拠だと、更に更に攻撃のスピードを上げる。
そして、遂にはガードを打ち破って千明を後方へ吹き飛ばすことに成功した。そのまま舞に直進して攻撃を仕掛ける。が、攻撃は舞に通らない。
何度殴っても、舞の目の前で鉄を叩いた様な音と共に威力が相殺される。不思議と拳に痛みはないのだが、攻撃が通らなければそのうち千明がこちらへ戻ってくる。
「かっ……たいっ……なぁ…っ………もう……ッ!」
音は変わることなく鉄を叩いたような音が響く。涼華は、先日の対アリル戦の話の中ではこんな防御魔法の話は聞いていなかった、そう思っていたのだが、よくよく思い出してみれば、
『だから、出たら僥倖って感じでカウンターの魔法を咄嗟に叫んだの。それでうまく行くはずがなかったんだけどね。その時は確かに、攻撃は防げたんだけどなにせアリルだから拳圧が凄くて。衝撃波とかはそのまま貫通してきやがってくれたんだ』
「……! カウンターの失敗作か…!」
いち早く気がついた涼華が、あの魔法は物理攻撃のみを防ぐという仮説を立てて、一か八かの賭けを仕掛ける。
バレないようにルイの背後にフレアの玉を作って、魔力を練り込む。この一発でも、涼華の魔力量なら半径二メートルくらいなら焼け野原だ。
練り込みが終わり、タイミングを見計らう。ルイは今舞への攻撃に夢中になっている。それを防ぐのに舞もそこへ魔力を注ぎ込んでいる。
ふと、舞が視線を逸らした。その瞬間を見逃さずすかさず大声で叫ぶ。
「ルイ! 右に飛んで!」
それと同時に涼華は高練度のフレアを放つ。そして起こる爆発。土煙が舞い上がりあたりで視界は使いものにならなくなっていた。
土煙が晴れる頃、舞がいた場所を改めて見る。そこには、ボロボロのルイを担ぐ舞がいた。
「いやー、いい攻撃。正直当たってたら危なかったね」
「……え?」
当たったと思った攻撃は、舞には当たっておらず、恐らくルイに直撃した。
「まさか同士討ちとは。仲間割れでもしたのかな? それとも作戦?」
舞への返答はない。涼華はフレンドリーファイヤを起こしてしまった自分が信じられなかった。ルイの事を信頼して、あの肯定があったから、叫んだあとフレアをぶつけた。
なのに、何故。
「ルイ、なんで涼華が叫んだのに動かなかったんだろうね。反抗期だったのかなぁ~?」
舞が肩を竦めて笑う。宛ら悪役のようだ。思わず怒りが溢れてくる。それは、仲間を撃った自分への自責の念でもあるし、笑っている舞へのものでもあった。確かに、舞にとっては嬉しいことだろうが、些かおふざけが過ぎる。
「………」
涼華は無言で、一瞬で高練度のフレアを展開すると、次々と舞に放つ。
舞に向けて放たれたフレアは次々と舞の魔法壁に吸収されていく。が、最後のひとつになったとき、舞の体は突然にフレアの方向へと飛んでいった。
「が……っ…!?」
肩からルイが落ちる。そして、そのまま着地をして、涼華の元へと駆け寄る。
「ごめんごめん、演技してたんだ」
「……ぶつかるところから?」
「んや、そこは素で。聞こえなかった」
「…私もごめん。当てちゃって」
「私が避けなかったからだよ、そんな気にしないで………ッ!?」
背後から気配なく寄ってきた手を素早く回避する。慌てて後ろを振り向けば、舞を抱えた千明が立っていた。フレアのある方向へと吹き飛ばした舞は無傷だった。
「ちぇ。捕まえられなかった」
「いいのいいの。助けてくれてありがとね」
「仲間でしょ。あたりまえだよ?」
平然と会話をする二人を目にして、大きく開いた口が塞がらない様子の涼華。
「…まさか、一瞬で……?」
「うん。大分遠くに飛ばされたからすごく焦ったけど。とりあえず間に合ってよかった」
千明は、姿を視認できない距離から一瞬で舞を助け出した。それも、気配を消して。加えて補足するならば、舞はそこそこのスピードでフレアへ向かっていた。フレアも舞に向かって飛んでいるのだから、尚更速い。
「嘘…速すぎない!?」
「身体強化のお陰だね!」
親指を立てて笑う。涼華たちにとっては笑いごとではないのだが。
「で、まだ終わってないんだけどなぁ……?」
抱えられたまま舞がフレアを放つ。一瞬で放ったにしては魔力がよく練りこまれている。練りこまれすぎている。
「ルイ!」
「はいよっと!」
これを防御する術は無いと悟った涼華は咄嗟に叫びを上げ、ルイに捕まり避けてもらう。後ろに飛び退いたことで直撃は免れたが、その威力は練度に比例せず規格外で大きなクレーターを作った。
「威力高すぎない?」
「うん……もし当たったらって考えると………うーん、死ぬまで想像できた」
「右に同じ」
苦笑いしながら土煙が晴れるのを待つ。少し晴れてきたとき、土煙を突き破り、大穴を開けて涼華たち目掛けてアイシクルが飛んできた。
あまりに突然過ぎて避けることを忘れてしまうルイ。体が動かない事に気が付いた涼華が一瞬のうちにフレイムを精製して打ち出す。
大量の水蒸気が上空に打ち上げられて、ほんの少量の雨が降る。それは、冷たいが、温かい。
「…だいぶ、容赦なくなったね」
「本気って言ったのはそっちだしね。………でも、ちょっと相手にならないかもだから一つ、教えてあげるよ」
「まさに敵に塩を送るってね」
「魔法は、想像力。これ常識」
たった一言。それに全てが詰まっていた。魔法を使うには、具体的なイメージ、フレアで言えば火。アイシクルで言えば氷。そのイメージが鮮明であればある程威力が高くなる。
「…なるほどね。そんなこと頭に無かったよ」
「これで少しは戦力差が埋まるかな?」
「嫌なこと言うなぁ…お姉ちゃん、手加減してよ」
「断る! 妹は姉の胸を借りるべきなんだよ! ほら、当たって砕けろ、だよ!」
と、舞は胸を張りながらも攻撃が飛んでこないか警戒を続ける。目は瞑っているが、いま攻撃してもすぐに打ち消され意味をなさない。
先程から睨み合いだけが続き、お互いの精神をじりじりと少しずつ削っていく。先に攻撃を仕掛けてようが、仕掛けられようが、どっちにしろルイと千明、どちらかが倒れるまでこの戦いの決着が付くことはない。
「……ふぅ、かかってきなよ。終わらないよ?」
「迂闊に近付いたら食べられちゃうって」
手で招き入れる仕草をして、攻撃を誘うがルイもそう簡単に突っ込むほど馬鹿ではない。今の千明は攻撃範囲内にルイが入った瞬間攻撃を仕掛ける算段を立てている。
だが、あまりにそれを狙いすぎて熱気が漏れているため、近接戦闘で感覚を鍛えたルイには分かりやす過ぎて何があっても突っ込むことは無かった。
未だ動かない二人。その内、ルイの背後から小さな火の玉が千明に向かって飛んでいく。涼華が放ったフレアだ。
「千明っ! 危ないっ!」
「…何かと思えば、一瞬の隙を作ろうってか? 無理無理。諦めておくんなま……ッ!?」
舞の忠告を無視して火の玉を腕で払おうとした千明は、それに触れた途端爆発に巻き込まれて吹き飛んでいった。
流石にあたり一面が焦土と化す訳ではなかったが、幾重もの身体強化で超強化された千明を吹き飛ばしたと言うことは、それなりに威力があったということだ。
今度こそ油断すまいとルイが直接舞の首をとりにかかる。だが、その足は地面から浮き上がることはなく、ずっとその場にとどまり続けていた。
「……ルイ?」
「ごめん。あれは流石に捕まえに行けない……」
顔を上げてよく見てみると、舞の周りには沢山の魔法壁が展開されていて、腕一本でさえ突っ込むスペースがない。
魔力の消費は底しれない。だが、その分、攻撃にも防御にもなる。いわば、籠城だ。
「……実戦演習だから卑怯とも言えないね…」
「……私が魔法ぶつけて隙を作ってみる。そこを狙って思いっきり捕まえに行って?」
「わかった」
お互いに耳元で会話を交わし、舞を倒すための作戦を打ち立てた。それは急造の突貫工事で、お世辞にも作戦と呼べたものではないが、今、舞を倒すにはそれしかない。
涼華は、千明に放ったものと同じぐらいの練度のフレアを精製し始めた。これを喰らえば、あの魔法癖にも穴ができるはず。そう信じて。
そんな暇つぶしのかいあってか出立の日の今日、朝も太陽が昇りはじめだというのに既に準備を終え、いつでも出発できる状態にあった。
「…やっぱ気が早すぎたんじゃないかなって思ったり思わなかったり」
「俺個人的に物凄く急いで準備し過ぎたと思うんだよね。まだ明朝だよ」
「しょうがないよ。ルイの初出撃だから」
「いつ出発するの? すごく楽しみ!」
「あー、あれっていわゆる戦闘狂ってやつ? バーサーカーなのかな?」
「かもね。バトルマニアって説も無きにしもあらずって感じじゃないかな」
いつも寝起きの悪い千明はともかく、普段はそこまででもない舞がとても眠そうにしている。やはり、昨日の夜更しが響いてしまったのか。
しかし、任務決行、もといやると決めたからにはやらなければいけないという謎の使命感に突き動かされる。
「いやー、ランクーレかぁ……話だけは聞いたことあったけど実物は見たことないしな、楽しみ!」
「え?」
「何言ってるの?」
「へ?」
涼華が初出撃と言っていたために勘違いしたのかは分からないが、今日は高原で二対二の模擬戦を行う予定だ。
「今日は演習だよ?」
「…ランクーレと戦うんじゃないの?」
「それは演習で実力と連携を見てから」
「えー……」
「そうは言っても決まってたことじゃん」
露骨に魔物と戦いたいという表情を見せて、根っからの戦闘狂であることを自ら証明していく。だが、実力を把握していないうちに魔物と戦闘を行うのは危険なので無理矢理ルイを引きずって移動を始める。
一昨日までは歩きでの移動だったが、四人は今空中を駆けている。それは文字通り地に足がついた状態ではなく、宙に浮いている。
「いやー、空を歩くだなんて。こんな体験、そうそうできるものじゃないよね」
「ちょっと練習したとはいえよくもまぁ僕もうまく制御できてるもんだ。褒めて褒めて!」
「はーいはい、よしよし。よくできまちたねー」
「演習のときに殴る。全力で」
舞を茶化す千明は楽しそうに笑っているが、一方の茶化されている舞はにこやかに笑いかけながら「潰す」と呟いている。
睡眠不足とは真に恐ろしいものである。
「え? え? なんで私空走ってるの?」
「お姉ちゃんのやることだから……」
こちらのルイはというと、自分が空を駆けていることに驚きを隠せず目を白黒させている。最初はノリで空を楽しそうに駆けていたが、高度があがると冷静になり、なんでなんでと挙動不審になっている。
涼華もはじめこそ驚いたものの、いつもの姉のやることだと諦め、状況に順応していた。
そんなこんなで全員和気藹々と、一部の視線での殺し合いを除いて、楽しく高原へと移動していった。
ーーーー
空を駆け続けること半刻程度。気がつけば眼下には見る限りの緑が広がる高原へと到着した。ところどころに岩もあるが。
高原と言うだけあって崖からみた下の光景はそれは壮観だった。だが、落ちたらひとたまりもないだろう。恐らく即死だ。常人ならば。
「さて、ついたね」
「うん、ついたね」
「だね、ついたね」
「えっ、あっ、つ、ついたね!」
流れに乗るべきだと判断したルイが三人に次いでワンテンポ遅れて言う。まだ、馴染みきってはいないようだ。
「とりあえず、まずは横になろう。休憩も大事なのだよ!」
ふはははは、と大口を開けて豪快に笑う。しかし誰もその笑いには乗らず静かに芝生の海に腰を落とした。
全身を大地に預けて、大の字に寝転がる。高地はやはり風通しが最高で、惰眠を貪るのに適している。
「あー……気持ちいー……眠くなってきた…」
「おーい、今からドンパチするんだから寝ようとするなよー」
「ドンパチってそんな…古いなぁ」
「大分みんなマイペースだね!」
「恥ずかしいのなんの。妹としてはやめて欲しいと切実に願ってるんだけどなぁ…」
「メリハリがある人って素敵だと思うな」
「そう言ってもらえると嬉しいな」と、涼華は笑って答えた。そしてすくっと立ち上がり、天を仰ぐと舞たちの方を向いて言った。
「そろそろ始めよう! 早く終わらせて家でゆっくりしたい!」
「んー、そうだね、僕も眠いし……やりますか」
「そうだね、じゃあ、さくさくっとチーム決めよう」
「じゃんけんでいいよね」
「もっち」
「うん、いいよ」
「じゃんけんって……?」
三人が最初はグーのポーズをとったが、ルイはじゃんけんを知らなかったようで、首を傾げながら真似をして握りこぶしを前に出す。
「そっか、知らないのか」
「あのね、これは、私達が地きゅ…むっ! うむぅ!」
地球、と言いかけたところで千明が慌てて涼華の口を塞ぐと、取り繕うように説明しはじめた。
「え、えっとね! これは俺達が考えた決め方でね! まず、この握り拳がグー」
「これが、グー…」
「そっ、そうそう! それで、この指を二本だけ広げたのがチョキで、指を開ききったこれがパー」
「チョキと、パー」
「覚えた?」
「…うん。多分!」
「じゃあ、ルールなんだけど、じゃんけんぽんのぽんってところでグーかチョキかパーを出すんだけどね、グーはチョキに強くて、チョキはパーに強い、そしてパーはグーに強いっていう三すくみなの」
軽くルールを説明する。いつの時代もじゃんけんとは簡単なルールで沢山の用途があるのだから、素晴らしい。と、千明は心の中で思っていた。
少しの間腕を組んでぶつぶつ喋っていたルイは、顔を勢い良く上げると「覚えた!」と満面の笑みで腕を上下に激しく振って、こちらにアピールをしてきた。
「じゃあ、いいね。もう一回やろっか」
「うん!」
『じゃーんけん、ぽん!』
チョキ、チョキ、パー、グー。左から舞、涼華、ルイ、千明で、あいこの盤面になったのだが、アイコの説明をされていなかったルイは「パーはグーに勝ってチョキに負ける……私の2敗? ん??」と頭上にクエスチョンマークを数個浮かべて頭をぐるぐると回している。
「ご、ごめんねルイ。一つ、説明するの忘れてた!」
「へ? え?」
「今、チョキとパーとグーが出揃ったでしょ?」
ルイは無言で首を縦に振って頷く。
「こういうときはあいこになるんだ。お互い勝てるし、お互い負けるからね」
「なるほど……」
「で、あいこのときにはあいこでしょって言ってもう一回さっき教えた三つの中から出すの」
「分かったよ! これで今度こそチーム決めができるね!」
「うん! じゃあ、気を取り直して」
『さーいしょーっはグーっ! じゃーんけーん、ぽんっ!』
今度はグー、チョキ、グー、チョキ。順番は先程と同じで、今度こそチームを決めることができた。
さっそく決まった相手と一緒に作戦を立て始める。
■
「………そう、涼華は……」
「じゃあ俺は……」
■
「…お姉ちゃんは、それが弱点だから……」
「私が引き付けるから……」
ーーーー
数分後、作戦をお互いに立て終えて、高原の真ん中に向かい合って立つ。舞と千明は腕を組んで大胆不敵に涼華たちを見下ろし、涼華とルイはその二人に噛みつくような視線を送る。
まるで火花が散るような視線での攻撃も途中でやめて定位置に付く。開戦の合図は無い。ただ、先程まで吹いていた風が今止んでいる。動くとしたら、次に風が吹くときだ。
───サァァァァァァァ……
と、高原に風が吹いた、その瞬間、目の前にいた千明が地面を蹴った。舞は腕を組んで笑っている。
どちらのチームも近接戦闘と遠距離戦闘を一人ずつ味方に入れたバランスの取れたチームで、そのバランスだけで言えばどちらも引けを取らない。
だが、だからこそ、連携が一番の問題になってくる。今現在舞は千明だけでも行けると慢心している状態なのだろう。単独出撃させてきた千明は、ルイに身体強化の魔法をかけることで対応しようとする。
「涼華!」
「大丈夫!? とりあえず身体強化の魔法はかけてあるよ!」
「ダメ、チアキ、攻撃が………重…い…!」
いつの間にか千明には身体強化の魔法がかけられていて、膂力は完全に互角の様子。いや、体が小さい分ルイのほうが若干不利ではあった。
だが、舞よりも千明よりも先に魔法に適性があると分かった自分が、魔法で負けるわけにも行かない。くだらないかもしれないが、涼華にはそんなプライドがあった。
「……なら! 追加で身体強化、行くよ!」
「早……く…ッ!」
苦しそうに耐えるルイの方を向いて、小さく詠唱すると、目の前に淡く光を放つ魔法陣が浮き上がり、ルイの体に溶けていった。
「……!」
それを見ていた舞は少し眉を上げ、依然笑っている。
「どう?」
「……いい、かん、じっ!」
追加でかけた身体強化の魔法が効いたのか今度は少し力を込めただけで千明の体を押し返した。
押し返された千明は空中で回転しながら着地を決める。再び距離を取って目と目で牽制しあう。
「……やるね、年下とは思えないや。僕は攻撃魔法っていう攻撃魔法をもってないから支援もできないし…これは、手加減抜きでやっていいのかな」
そう言われた時、内心この嘘つきめ、と千秋は思った。対アリル戦ではアイシクルとフレアを使っていた癖に、と。さらに言えば魔法壁もある。だが、それを口には出さない。
「何言ってるの? 演習っていうのは死なないような戦い方を覚えるものなんだから本気で来ないとね?」
「じゃあ遠慮無く。千明、よろしくね!」
「はいはい…あんまり痛いの好きじゃないんだけどなぁ……」
そう言って千明が膝に力を入れる。地面を強く踏み込んだ、次の瞬間、千明は涼華たちの数十メートル後ろにその姿を現した。
「っととー! まだ体が慣れてないよ! っていうか、さっき一発であんな動きできたの凄くない!?」
「ダメそう? もしそうならちょっと弱くするんだけど」
「んー、多分慣れた」
「そ。じゃあ、よっろしくぅ!」
「あいわかった!」
会話が終わると同時に涼華の体が真横に吹っ飛ぶ……ことはなかった。いつの間にかに展開された魔法壁によって涼華が密かに練り混んだ魔力は相殺され、空中に霧散する。
あまりに速い対応速度に、涼華は声が出なかった。舞はあまりにつまらないといった様子でため息をつき、その場に座りこんだ。
これを好機と捉えたのか、ルイは一直線に敵陣に突っ込んで行った。
「どぅおおおおおおりゃぁぁああああ!!」
全力で空に吠えて地面を蹴りだす。その圧力で地面は抉られたかのように穴が空き、土煙が周囲に漂い続けている。
目にも止まらぬスピード。それは涼華の身体強化によるものだが、それを抜きにしても恐ろしい戦闘センスだった。
蹴り出しまでのフォーム、先程の反射的な防御、あんなこと、熟達したものぐらいにしか出来ない。ましてや、初めて身体強化の魔法をかけられていたのだ。
だが、条件で言えば千明も同じく初めてで身体強化された体を使いこなした。それはつまり、この動きも見切られているということ。
ーーーガッ!
腕と腕がぶつかりあう音がする。見れば、舞と涼華の丁度中間部分では近距離特化の二人が腕を交わしていた。
「…………っ!」
先程よりも数段力が強い千明に徐々に押されていく。形勢は圧倒的にルイが不利。やはり、体の大きさがない分、ルイには辛い戦いだ。
「どうしたのかな? この程度なのかな?」
「…うるっ……さ…いっ!!」
千明による挑発で、余計に力が篭もる。しかし、力んでしまえば、素早い攻撃に対応できなくなる。それを予知した涼華が大声を上げる。
「ルイ! 挑発に乗らないで! 力んだらやられる!」
はっとしたルイは押し切られない程度に力を緩めて、千明の次の行動を警戒する。
「…」
一向に動こうとしない試合展開が続く。魔法を舞に打っても相殺される。かと言って今この位置からでは誤射してしまう可能性もある。なにせ相手は千明だ。あの力があれば腕を掴んで弾除けにすることなんて容易いだろう。
ピリピリと空気が張り詰める。膠着状態が続く。二人の額に、汗が滲み始める。
「……そろそろ、諦めたら?」
「…そっちこそ、決着着けられないから仕掛けてこないんでしょ?」
お互いに右手で打ち合って、左手はフリーだ。だが、ここで先手を仕掛けると、悪手になりかねない。故にどちらも左手での攻撃を行うことができない。
「ほら、左手、空いてるよ。攻撃してきたらどうなの?」
「そんなことしたら、チアキは私の左手を掴んで組み伏せようとするでしょ?」
「じゃあ俺から行くよ?」
そう言って、左手に思いっきり力を込める。どんどん手にエネルギーが集まっているのが分かる。もちろん、そんなオーラみたいな物は存在しないが、感覚的にわかる。
ーーー喰らったら危ない。
そのパンチの威力を悟ったルイは、すぐに移動をしようとする。だが、千明の左手はルイが逃げ出す前に手首を掴み、離さない。
「………………ふッ!」
渾身の一撃が放たれる。それはまるで地を駆ける槍のような、必殺の威力が込められたものだった。
恐怖に目を閉じる涼華。先程本気で来いと言った以上恐らく手は抜いていない。正真正銘本気の一撃。しかし、衝撃音は何時までたっても涼華の耳に届くことはなく、だが、目を開けることもできない。
風を切る音が聞こえたと思えば、自分の体は空中を横っ飛びに飛んでいた。
「あっぶねぇよ!」
その声に驚き、目を開く。そこには、一切傷を負っていない、無傷のルイが立っていた。
「リョウカ! 目をつぶって棒立ちしてたらいい的だぞ! しっかりしろ!」
「ご、ごめん……」
あまりの剣幕におずおずと謝る。すると、小さく息を吐き、手を差し伸べてきた。
「よし、勝つぞ!」
「…うん!」
舞を見ると、いつの間にか傍らに千明が立っていて、攻撃を仕掛けたあとすぐにリターンして行ったようだった。
この隙にと、身体強化をさらに重ねがけしてルイの能力アップを計る。計四回重ねがけして、その力は通常時の約十六倍。今のルイに怖いものなどなかった。
「…今度は魔法で支援するね! 私が指示したら、その通りに動いてね!」
「おう! わかった! 頼んだぞ!」
「うん!」
涼華が返事を返すと、今度は地面にクレーターを作って舞たちの方へと跳躍していった。無論、千明が見過ごすわけもないので、舞の目の前で攻撃の手を止められる。
あと一歩のところで舞に手が届かない。だが、先程よりも数倍強くなったルイはまるで蝶のように舞いながら攻撃を繰り返す。
見れば、先程苦戦していた千明が嘘のように防戦一方になっている。大きな進歩を得たルイはその後も猛攻を留めること無く繰り返す。
「……っ! っ! …………ぅ…!」
段々と千明の口からうめき声が漏れてきた。自分の連撃が効いている証拠だと、更に更に攻撃のスピードを上げる。
そして、遂にはガードを打ち破って千明を後方へ吹き飛ばすことに成功した。そのまま舞に直進して攻撃を仕掛ける。が、攻撃は舞に通らない。
何度殴っても、舞の目の前で鉄を叩いた様な音と共に威力が相殺される。不思議と拳に痛みはないのだが、攻撃が通らなければそのうち千明がこちらへ戻ってくる。
「かっ……たいっ……なぁ…っ………もう……ッ!」
音は変わることなく鉄を叩いたような音が響く。涼華は、先日の対アリル戦の話の中ではこんな防御魔法の話は聞いていなかった、そう思っていたのだが、よくよく思い出してみれば、
『だから、出たら僥倖って感じでカウンターの魔法を咄嗟に叫んだの。それでうまく行くはずがなかったんだけどね。その時は確かに、攻撃は防げたんだけどなにせアリルだから拳圧が凄くて。衝撃波とかはそのまま貫通してきやがってくれたんだ』
「……! カウンターの失敗作か…!」
いち早く気がついた涼華が、あの魔法は物理攻撃のみを防ぐという仮説を立てて、一か八かの賭けを仕掛ける。
バレないようにルイの背後にフレアの玉を作って、魔力を練り込む。この一発でも、涼華の魔力量なら半径二メートルくらいなら焼け野原だ。
練り込みが終わり、タイミングを見計らう。ルイは今舞への攻撃に夢中になっている。それを防ぐのに舞もそこへ魔力を注ぎ込んでいる。
ふと、舞が視線を逸らした。その瞬間を見逃さずすかさず大声で叫ぶ。
「ルイ! 右に飛んで!」
それと同時に涼華は高練度のフレアを放つ。そして起こる爆発。土煙が舞い上がりあたりで視界は使いものにならなくなっていた。
土煙が晴れる頃、舞がいた場所を改めて見る。そこには、ボロボロのルイを担ぐ舞がいた。
「いやー、いい攻撃。正直当たってたら危なかったね」
「……え?」
当たったと思った攻撃は、舞には当たっておらず、恐らくルイに直撃した。
「まさか同士討ちとは。仲間割れでもしたのかな? それとも作戦?」
舞への返答はない。涼華はフレンドリーファイヤを起こしてしまった自分が信じられなかった。ルイの事を信頼して、あの肯定があったから、叫んだあとフレアをぶつけた。
なのに、何故。
「ルイ、なんで涼華が叫んだのに動かなかったんだろうね。反抗期だったのかなぁ~?」
舞が肩を竦めて笑う。宛ら悪役のようだ。思わず怒りが溢れてくる。それは、仲間を撃った自分への自責の念でもあるし、笑っている舞へのものでもあった。確かに、舞にとっては嬉しいことだろうが、些かおふざけが過ぎる。
「………」
涼華は無言で、一瞬で高練度のフレアを展開すると、次々と舞に放つ。
舞に向けて放たれたフレアは次々と舞の魔法壁に吸収されていく。が、最後のひとつになったとき、舞の体は突然にフレアの方向へと飛んでいった。
「が……っ…!?」
肩からルイが落ちる。そして、そのまま着地をして、涼華の元へと駆け寄る。
「ごめんごめん、演技してたんだ」
「……ぶつかるところから?」
「んや、そこは素で。聞こえなかった」
「…私もごめん。当てちゃって」
「私が避けなかったからだよ、そんな気にしないで………ッ!?」
背後から気配なく寄ってきた手を素早く回避する。慌てて後ろを振り向けば、舞を抱えた千明が立っていた。フレアのある方向へと吹き飛ばした舞は無傷だった。
「ちぇ。捕まえられなかった」
「いいのいいの。助けてくれてありがとね」
「仲間でしょ。あたりまえだよ?」
平然と会話をする二人を目にして、大きく開いた口が塞がらない様子の涼華。
「…まさか、一瞬で……?」
「うん。大分遠くに飛ばされたからすごく焦ったけど。とりあえず間に合ってよかった」
千明は、姿を視認できない距離から一瞬で舞を助け出した。それも、気配を消して。加えて補足するならば、舞はそこそこのスピードでフレアへ向かっていた。フレアも舞に向かって飛んでいるのだから、尚更速い。
「嘘…速すぎない!?」
「身体強化のお陰だね!」
親指を立てて笑う。涼華たちにとっては笑いごとではないのだが。
「で、まだ終わってないんだけどなぁ……?」
抱えられたまま舞がフレアを放つ。一瞬で放ったにしては魔力がよく練りこまれている。練りこまれすぎている。
「ルイ!」
「はいよっと!」
これを防御する術は無いと悟った涼華は咄嗟に叫びを上げ、ルイに捕まり避けてもらう。後ろに飛び退いたことで直撃は免れたが、その威力は練度に比例せず規格外で大きなクレーターを作った。
「威力高すぎない?」
「うん……もし当たったらって考えると………うーん、死ぬまで想像できた」
「右に同じ」
苦笑いしながら土煙が晴れるのを待つ。少し晴れてきたとき、土煙を突き破り、大穴を開けて涼華たち目掛けてアイシクルが飛んできた。
あまりに突然過ぎて避けることを忘れてしまうルイ。体が動かない事に気が付いた涼華が一瞬のうちにフレイムを精製して打ち出す。
大量の水蒸気が上空に打ち上げられて、ほんの少量の雨が降る。それは、冷たいが、温かい。
「…だいぶ、容赦なくなったね」
「本気って言ったのはそっちだしね。………でも、ちょっと相手にならないかもだから一つ、教えてあげるよ」
「まさに敵に塩を送るってね」
「魔法は、想像力。これ常識」
たった一言。それに全てが詰まっていた。魔法を使うには、具体的なイメージ、フレアで言えば火。アイシクルで言えば氷。そのイメージが鮮明であればある程威力が高くなる。
「…なるほどね。そんなこと頭に無かったよ」
「これで少しは戦力差が埋まるかな?」
「嫌なこと言うなぁ…お姉ちゃん、手加減してよ」
「断る! 妹は姉の胸を借りるべきなんだよ! ほら、当たって砕けろ、だよ!」
と、舞は胸を張りながらも攻撃が飛んでこないか警戒を続ける。目は瞑っているが、いま攻撃してもすぐに打ち消され意味をなさない。
先程から睨み合いだけが続き、お互いの精神をじりじりと少しずつ削っていく。先に攻撃を仕掛けてようが、仕掛けられようが、どっちにしろルイと千明、どちらかが倒れるまでこの戦いの決着が付くことはない。
「……ふぅ、かかってきなよ。終わらないよ?」
「迂闊に近付いたら食べられちゃうって」
手で招き入れる仕草をして、攻撃を誘うがルイもそう簡単に突っ込むほど馬鹿ではない。今の千明は攻撃範囲内にルイが入った瞬間攻撃を仕掛ける算段を立てている。
だが、あまりにそれを狙いすぎて熱気が漏れているため、近接戦闘で感覚を鍛えたルイには分かりやす過ぎて何があっても突っ込むことは無かった。
未だ動かない二人。その内、ルイの背後から小さな火の玉が千明に向かって飛んでいく。涼華が放ったフレアだ。
「千明っ! 危ないっ!」
「…何かと思えば、一瞬の隙を作ろうってか? 無理無理。諦めておくんなま……ッ!?」
舞の忠告を無視して火の玉を腕で払おうとした千明は、それに触れた途端爆発に巻き込まれて吹き飛んでいった。
流石にあたり一面が焦土と化す訳ではなかったが、幾重もの身体強化で超強化された千明を吹き飛ばしたと言うことは、それなりに威力があったということだ。
今度こそ油断すまいとルイが直接舞の首をとりにかかる。だが、その足は地面から浮き上がることはなく、ずっとその場にとどまり続けていた。
「……ルイ?」
「ごめん。あれは流石に捕まえに行けない……」
顔を上げてよく見てみると、舞の周りには沢山の魔法壁が展開されていて、腕一本でさえ突っ込むスペースがない。
魔力の消費は底しれない。だが、その分、攻撃にも防御にもなる。いわば、籠城だ。
「……実戦演習だから卑怯とも言えないね…」
「……私が魔法ぶつけて隙を作ってみる。そこを狙って思いっきり捕まえに行って?」
「わかった」
お互いに耳元で会話を交わし、舞を倒すための作戦を打ち立てた。それは急造の突貫工事で、お世辞にも作戦と呼べたものではないが、今、舞を倒すにはそれしかない。
涼華は、千明に放ったものと同じぐらいの練度のフレアを精製し始めた。これを喰らえば、あの魔法癖にも穴ができるはず。そう信じて。
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