ネコと勇者と魔物の事情~ペットはじめました by勇者~

東風 晶子

文字の大きさ
15 / 81

11-2.兄と弟

しおりを挟む
「心配はいらない。私が責任を持って訓練をさせるさ。士気が下がることが心配なら、お前の臣下たちには上手く言っておいてやろう。大丈夫だ、私にすべて任せるといい」

 エルの言葉にヴァスーラは笑う。
 エルを抜きにして行われる兵士の訓練。
 それは兵力をそのままヴァスーラに握られるということになる。
 力がすべてだという魔物にあって、それは事実上の乗っ取りにならないだろうか。
 スノウははらはらと気を揉む。
 ヴァスーラの能力が如何ほどのものかスノウには分からない。だが、彼を城の内部に関わらせたが最期、城の全権を奪われるような気がした。
 いつものエルならば少しも心配などしないのだが、今日のエルはどこか様子がおかしい。
 このままヴァスーラに丸め込まれてしまうのではないかと、気が気でない。
 大丈夫だろうかと案じて、その思考に憮然とする。
 魔物エルの心配をするなんて。
 ――否、囚われの身として「飼い主」が変わるのは困るのだ。
 比べるのもおかしいが、エルとヴァスーラで考えた時に、まだエルの方がマシに思えた。話が通じる相手という意味で。
 だから、自分は心配しているのだ。エルのためでなく自分のために。
 そう己を必死に納得させているスノウの視線の先で、息詰まるやりとりは続いていた。

「私は、戦う必要がなくなる……?」
「ああ、私が変わりに出てやろう」
「研究を、続けて良いのですか」
「好きなだけするといい。成果を楽しみにしているよ」

 二人の横で、アイシャは不機嫌な表情を隠さずにいた。
 エルの前だからこそ抑えているが、そうでなければヴァスーラに食って掛かりそうな凶暴な空気を纏っている。
 そこで、ふっとエルが笑った。

「――いいえ、お気持ちは有難いのですが、遠慮しておきましょう」

 頼りない風情はそのままに、言葉だけはすらすらとエルが言った。

「この城の主は私です。部下も兵も、誰かに任せるつもりはありません」

 はっきりと示された拒否に、アイシャが安堵の色を浮かべる。
 対し、ヴァスーラの背後で従者が目に見えて表情を変えた。思わず前に出よう、とするのをヴァスーラ自身が手で制する。

「そうか。……いつまでも子供ではないということだな」

 ヴァスーラはまるで予想していたかのように穏やかな笑みを崩さず、嬉しそうに言う。
 ふとスノウは気付く。先ほどまで同じようにヴァスーラの背後で控えていた、ヘネスの姿が見当たらない。いつの間にどこへ行ったのだろうか。妙だとスノウは首を傾げる。

「寂しいが仕方ない。お節介はやめておくとしよう」

 軽い口調で言って、ヴァスーラは肩を竦める仕草をする。
 なんだかよくわからないが「勝った」とスノウが思った矢先、
 ぐい、と体が浮いた。

「これはこれは」

 低めの声音。
 聞き覚えのないそれは、エルのものでも、アイシャたちのものでもありえない。
 見上げると硬質な表情の男と目が合う。モノトーンの衣服、栗色の髪の男――ヘネスだ。
 しまった。
 そう思ったが、時既に遅し。

「こんな所に侵入者です」

 首根っこをそのまま掴まれ、スノウは難なく紫のベールから引っ張り出された。
 はっと振り向いたエルが焦りの色を浮かべる。
 スイとアイシャも表情を強ばらせたのが視界に入る。しかも、スイに至っては射殺しそうな視線を投げてきた。色々な意味でスノウの胃がきゅう、と痛む。

「ほう、ネコか」 

 ヴァスーラが目を細めた。幾つもの視線に晒され、スノウは居心地が悪い。

「ネコではありません」

 一瞬浮かんだ焦りを綺麗に隠して、淡々とエルが言う。

「ネコではない? 嘘はもっと上手につくものだよ。どうみても綺麗な白ネコじゃないか」

 珍しい、とヴァスーラはむしろ嬉しそうである。

「見かけをネコに変えてあるだけで、元は別のものです。研究のために必要に迫られ……私がネコなど飼う筈はないでしょう」

 言葉に嫌悪を滲ませてエルが言う。
 その演技力にスノウは状況も忘れて感心する。被害を一身に受けているスノウにしてみれば、その言葉が本音だったらどんなにいいだろう、とちらりと考えてしまう。

「それもそうだな。しかし上手く魔法をかけたものだ。ネコにしか見えん。一体何にかけた?」

 問われて、エルは淀みなく答える。

「水妖の一種です」

 ヴァスーラは別段疑う様子もなく、ふむ、と頷くとぶら下げられたスノウをじろじろと眺め回した。

「随分弱い水妖を捕らえたのだな。お前の魔力しか感じないとは…魔力らしい魔力もないようではないか」

 魔力らしい魔力もない、とヴァスーラにまで言明されて、スノウは少し切なくなる。

「おそれながら、エル様の魔力が上回るのが当然かと」

 無表情のままスイが口を挟む。

「無礼な口を。身分をわきまえろ」

 ヴァスーラの背後から従者が鋭く言った。
 その言葉に反応したのは、当のスイではなく彼の隣のアイシャだった。傍目にもはっきり分かるほどの敵意でもって、相手をきつく睨む。だが、それ以上行動を起こすようなことはなかった。
 一方、言われたスイの方は相変わらずの無表情で、慌てる素振りもなく軽く頭を下げる。

「失礼致しました」

 ヴァスーラは頭を下げたスイを一瞥し、次に未だ剣呑な視線を向けているアイシャに視線を移す。

「…ふ、機嫌を損ねてしまったようだな」

 口元に笑みを履いて、言う。

「これ以上彼らの機嫌を損ねては、可愛い弟君に嫌われてしまうな。大人しく別室で待たせてもらおうか。ヘネス」
「はい」

 呼びかけに、スノウをぶら下げたままのヘネスが応じる。

「解放してやれ。ああ、折角だから水の中にでも」

 水妖ならば喜ぶだろう、と楽しげなヴァスーラの声。
 その言葉に、エルもアイシャも、スイですら固まった。

「わかりました」

 その間にヘネスは淡々と応じて、
 ぽん、とスノウを放った。
 落下先には並々と水を湛えた水盤。煌めく、水鏡。
 濡れる――。
 脳裏に閃いたのは濡れそぼった自分とそんな考えで、別段恐怖など感じなかった。
 泳いだ「記憶」はなかったが、溺れはしないという確信めいた思いがあったのだ。
 覗き見た水盤はさほど大きくも見えなかった。
 だからただ濡れるだけだと、とんでもない発言をする奴だと、むしろヴァスーラに対する苛立ちだけがあったのだが。
 一瞬後に全身を包んだ水は、思いのほか強い圧力でもってスノウを捕らえた。
 体を押す不可視の圧力。
 肺腑から空気が押し出されていく。
 思わず見開いた視界には、青い色彩。
 漏れた空気が白い泡となって上昇する。

 あれ、もしかして深い?

 混乱する頭でふと思った。
 投げ込まれた勢いのせいにするには、あまりにも体が沈んでいる。
 青い色彩が深くなって、視界の端に漆黒の――深海のような闇が垣間見えた。
 もがいても四肢はうまく動かない。
 全身を強い力で押し込まれているような、感覚。
 転移の魔法陣が敷かれているようなところだ。水盤の中がどこぞの空間に繋がっていても、不思議ではない。
 急に呼吸が苦しくなった。
 肺腑にはまだ空気がある。分かっているのに、胸が押しつぶされそうになる。
 無人の深い水底に投げ込まれたと、そう感じた瞬間に。
 苦しい。
 怖い。
 冷静になれと囁く理性が、急速に擦り切れていくのを感じる。
 怖い。
 怖い。
 死ぬのは、嫌。
 ぱちん、と弾ける音がした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

ひ弱な竜人 ~周りより弱い身体に転生して、たまに面倒くさい事にも出会うけど家族・仲間・植物に囲まれて二度目の人生を楽しんでます~

白黒 キリン
ファンタジー
前世で重度の病人だった少年が、普人と変わらないくらい貧弱な身体に生まれた竜人族の少年ヤーウェルトとして転生する。ひたすらにマイペースに前世で諦めていたささやかな幸せを噛み締め、面倒くさい奴に絡まれたら鋼の精神力と図太い神経と植物の力を借りて圧倒し、面倒事に巻き込まれたら頼れる家族や仲間と植物の力を借りて撃破して、時に周囲を振り回しながら生きていく。 タイトルロゴは美風慶伍 様作で副題無し版です。 小説家になろうでも公開しています。 https://ncode.syosetu.com/n5715cb/ カクヨムでも公開してします。 https://kakuyomu.jp/works/1177354054887026500 ●現状あれこれ ・2021/02/21 完結 ・2020/12/16 累計1000000ポイント達成 ・2020/12/15 300話達成 ・2020/10/05 お気に入り700達成 ・2020/09/02 累計ポイント900000達成 ・2020/04/26 累計ポイント800000達成 ・2019/11/16 累計ポイント700000達成 ・2019/10/12 200話達成 ・2019/08/25 お気に入り登録者数600達成 ・2019/06/08 累計ポイント600000達成 ・2019/04/20 累計ポイント550000達成 ・2019/02/14 累計ポイント500000達成 ・2019/02/04 ブックマーク500達成

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

【完結】悪役令嬢はご病弱!溺愛されても断罪後は引き篭もりますわよ?

鏑木 うりこ
恋愛
アリシアは6歳でどハマりした乙女ゲームの悪役令嬢になったことに気がついた。 楽しみながらゆるっと断罪、ゆるっと領地で引き篭もりを目標に邁進するも一家揃って病弱設定だった。  皆、寝込んでるから入学式も来れなかったんだー納得!  ゲームの裏設定に一々納得しながら進んで行くも攻略対象者が仲間になりたそうにこちらを見ている……。  聖女はあちらでしてよ!皆様!

処理中です...