ネコと勇者と魔物の事情~ペットはじめました by勇者~

東風 晶子

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41.昨日の敵は

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 凄まじい咆哮が空間を揺るがした。
 同時に、燃え盛る火炎が空間を走っていく。真紅の口腔から吐き出された炎は轟風に巻き込まれ、渦巻く砲火となって大理石の床を舐める。
 突然の火炎の攻撃に、魔物の多くが火達磨になって床を転げまわる。幹部を含めた数名は防壁でやり過ごしたものの、熱風までは防ぎきれない。防壁によって弾かれた炎や風が室内に吹き荒れ、走った炎の一端がカーテンへと燃え移る。するするとカーテンを舐めるように、赤い炎が天井へと伸びていく。
 弾けてあちこちに散った炎の塊が、室内を一層明るく浮かび上がらせ、その場を睥睨する竜の姿を克明に映し出していた。
 巨大なその体躯は「竜」の呼び名に相応しい圧倒的な力に溢れている。
 巨躯の背には、一対の翼が窮屈そうに折りたたまれていた。天を突き破るほどに高く飛翔するといわれる、破天竜の最大の強みである強靭な翼だ。
 飛翔する生物であるが故か、巨体と岩石のような鱗を持ちながらも、その肢体はどこかすらりと「長い」印象を与える。固い鱗に覆われた手足は長く、やや湾曲した爪が大理石の床を深く抉る。その首もまた体の割りに長めで、今は低く垂れている頭を起こせば天井を破壊しかねないほどである。
 鋭い牙が並ぶ口元からは絶え間なく荒い息が漏れていた。どうやらひどい興奮状態にあるらしいことは、落ち着きなく揺らされる長い尾からも見て取れる。尾の先端に備わっている三叉の突起が床を擦り、耳障りな音が響いている。
 突然の竜の出現に、魔物たちは浮き足立っていた。
 竜自体は珍しくはないが、魔王の領土ならともかく、人間の生活圏で目にする機会は皆無なのだ。まして、ヘネスは人型を取ることができる比較的上位の魔物だ。その相手が本性を現すことなど滅多にない事態である。
 さすがに幹部ともなれば露骨にうろたえてはいないものの、呆然としているようだった。右往左往する部下の姿すら視界に入らないかのように竜を仰いでいる。
 そんな中にあって、いち早く立ち直ったのは城主のエルだった。

「スイ!」

 そう大きくはない声は、鞭のように空間を打ち付けた。
 エルの意図を察したスイが、掲げた手のひらに光球を生み出す。急激に収束された風の渦が、一直線に破天竜へと向かう。
 渦を巻いて唸る風が、蛇のように破天竜の体に巻きついた。しかし破天竜がその巨体を揺らがせると、あっけなくほどけてしまう。魔法の制御を失った風が室内に吹き荒れる。
 スイが再度の攻撃を試みる。その周囲では、他の幹部たちが彼に倣えとばかりに次々と魔法を行使し始めた。
 攻撃といっても、倒すためではなく捕獲が優先である。相手が相手なだけに手加減は必要ないだろうが、それでも急所は避けている。スイの放った魔法は、先ほどの竜巻めいた魔法の威力をあげた程度のものだ。今度は僅かに長く破天竜の体を縛り付けていたが、やはり振り解かれる。他の幹部たちが放った魔法もまた、そう間をおかずに振り解かれている。
 幹部たちが次々と攻撃を繰り出し、指示を飛ばすにあたり、浮き足立っていた魔物たちも次第に落ち着き始めた。破天竜の周囲に防壁を張り巡らし、それを囲むようにして魔物たちが攻撃の態勢に入る。開け放たれた広間の扉からは、続々と増援が到着しつつあった。
 己を取り囲む魔物たちとその周囲にめぐらされた防壁に、破天竜は不満めいた唸り声をあげる。
 長い首を巡らせ、魔物たちと天井、そして壁を順繰りに眺める。最後にその漆黒の双眸が捉えたのは、燃えるカーテンとその奥に嵌る窓だった。
 破天竜がおもむろに長い首を縮めた。
 鋭い牙の並ぶ口を大きく開き向けたのは窓の方向。轟、と口から吐き出された炎が窓と城壁を舐め、硝子がびりびりと震えた。

「あいつ、このまま出る気ですね」

 とうとう力技に出たか、とアイシャは舌打ちをする。
 基本的に、魔物の多くは本来の姿の方が何かと力を揮いやすい。人型はそれなりの利点があるものの何かと制約が多く、こと身体能力に関しては本来の半分も発揮できない者が殆どだ。それでも滅多なことがない限り本性は晒すべきではない、というのが魔物の社会での暗黙のルールである。
 そのため、自尊心の高いヘネスが自ら人型を捨てたということ自体が、彼の現在の心理状態を如実に表していた。
 ――つまり相当に追い詰められている。
 これまでの行動は、ヘネス自身も死を覚悟した上だったようだ。実際、死を目前にしてもヘネスは人型を捨てはしなかった。高い矜持ゆえか、多くの魔物が最後の切り札として使うそれをへネスは使う素振りすらみせていない。しかし生存本能が最後の切り札を使用させた。何らかのきっかけで一時的に理性の箍が外れたに違いない。
 壁を攻撃し脱出を図ろうとする様子を見るに、理性は戻ってきているようである。とはいえそれによって事態が好転するとは思えなかった。

「だろうな。結界に入られたら厄介だ。今のうちに動きを封じるしかない」

 アイシャに応じたエルは、乱れた髪を苛立たしげに掻きやる。さすがにエルの表情にも焦りの色が伺えた。
 防壁が破られるのは構わないとしても、その外に張られている結界には魔法を無効化する作用がある。結界に飛び込めば、破天竜であっても魔法を操ることはできない。その代わり、それを追うこちら側も魔法で補足することができなくなってしまう。
 飛行能力を持つ破天竜ならば、魔法の補助がなくともその翼の力で逃げ切れてしまうだろうことは想像に難くない。
 結界に飛び込まれると、こちらには破天竜を留める術はなくなってしまうのだ。
 それこそ、破天竜を上回る竜の力を持ってでもしない限り。

「そうは仰いますけど……」

 苦い表情のアイシャの視線の先では、次々と魔法の枷をかけられる竜の姿がある。しかし一時的に動きを制限されるものの、すぐに振りほどいてしまっていた。
 それでも何とか足止めをしようと、幹部の魔物たちがひっきりなしに魔法を揮っている。 その様相は次第に捕獲から攻撃へと転化しつつあるが、それも無理はなかった。
 脱出を試みるヘネスは、己に振り下ろされる攻撃など歯牙にもかけず、ひたすらに城壁を攻撃し続けている。幾ら魔法で補強された城壁とはいえ、元はただの岩壁だ。このままの状態が続けば、壁が崩れるのは時間の問題だろう。

「魔法じゃ無理か……?」

 腐っても竜だな、と隣にエルがいることもお構いなしにアイシャが言う。
 しかし当のエルはといえば、特にその発言を気にする様子はない。否、気にする余裕がないといったほうが正しいだろう。エルの双眸は思案に揺れている。

「魔法で効果がないとなると、物理的に動けなくするしかないか……」

 独り言めいて呟いたエルの目が、ふと隅のほうで傍観しているクロスを捉える。
 破天竜の攻撃の余波を逃れるためか、先ほど対峙していた時より随分と部屋の端に寄っていた。

「竜に使えるような鎖ありましたっけ。緑姫を喚んでもあっさり切られちまいそうだしなあ……って、エル様?」

 己が召喚できる範囲の植物を思い浮かべ、アイシャが腕を組む。踵を返したエルに、アイシャが当惑した声を投げた。
 それには何の反応も返さず、エルは黒衣の裾を捌いてクロスへと歩み寄った。

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