ネコと勇者と魔物の事情~ペットはじめました by勇者~

東風 晶子

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47-2.エピローグ②【最終話】

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 握手を交わし、別れの挨拶をしているらしいその様子を、離れた位置からクロスとレリックは見守っていた。
 スノウより一足先にこちらへと歩いてきたメリルは、二人がそれぞれに手にしていた籠を見つめ首を傾げている。

「どちらがいいのかしら」
「二匹とも連れていけばいいのでは?」
「一匹でいいと言われて……どちらでも大差ないから好きなほうで構わないって」
「そうですか……なら、あちらの子でしょうかね?」

 レリックが示したのはクロスが下げている籠のほうだ。中には、灰褐色の子猫がいる。

「ほんの僅かですが、あちらの子猫のほうが体が大きいので。体力はあるに越したことはないでしょうし」
「そうね。じゃあその子にするわ」

 伸ばされたメリルの手に、クロスが籠を渡す。
 それを胸に抱えるようにして持ち上げ、メリルは籠の中を覗いた。中では、子猫が丸くなって眠っている。恐らく怯えて暴れないよう、そういった魔法をかけられているのだろう。

「あちらに渡してくるわね」

 ネコを確認して、メリルはくるりと踵を返す。
 その先では、スノウが魔物たちに背を向けて、こちらへと歩き出したところだった。
 それに気付いて、メリルとフレイが微笑む。クロスは表情の選択に迷って、レリックは条件反射で人好きのする笑みを浮かべた。
 彼らの視線の先で、スノウは一瞬躊躇うそぶりをみせたが、結局、どこか困ったような笑みを返してきた。
 それだけで、互いの考えていることがうっすらと理解できて、緩い空気が流れた。
 ふと、こちらへと向かっていたスノウが足を止めた。
 怪訝な表情になったスノウが、背後を振り返り、そしてそのまま来た道を戻り始めた。

「あれ? どうしたんだろう」

 どこか慌てた様子で魔物たちの元へと返すスノウに、レリックは怪訝な表情を浮かべる。

「何かあったのか? 引き返したぞ」
「ここからだとよく見えないわね。フレイ、見える?」

 木立の間から様子を伺うメリルが、振り向いてフレイに尋ねた。身長でいえば間違いなくメリルのほうが見える位置なのだが、残念ながら弓の名手であるフレイのほうが視力自体は格段に良い。

「ううん。よくわからないや。木が邪魔」

 首を振るフレイに、仲間たちは顔を見合わせる。口火を切ったのはクロスだ。

「どうする? 多分なんか問題があったんだとおれは思う」

 こちらから見えるスノウの後姿は、微動だにしていない。その彼の姿に隠れるように魔物二人の影が見え隠れするが、こちらもめぼしい動きは見られなかった。つい今しがたまで、このまま別れる様相を見せていたのが、まさかの膠着である。

「スノウは先にここで待っててって……」

 フレイが躊躇いがちに呟く。

「私が確認してきても良いのだけど」

 ネコを渡す必要があるし、とメリルが首を傾げる。視線の先では、相変わらず事態に変化は見られない。何事か話している様子は伝わるが、当然ながら内容までは掴めなかった。

「皆で行った方が早いわね」

 あっさりと、メリルが言った。
 そのことに全員が目を剥く。年長者であり、慎重派という印象が強かっただけに、その彼女が下した決断に呆気に取られる。
 ここはまだ魔物の領地なのだ。加えて向かう先には、幹部クラスの魔物がいる。たとえ、数日共に過ごし危害を加えないという誓約があるとはいえ、全面的に信頼のおける相手ではない。スノウの命の危機だというならまだしも、状況を見る限りそこまでの事態ではないようにも見えた。
 メリルを見れば、別段冷静さを失っているわけでも、状況が見えなくなっているわけでもないようだ。翡翠の双眸は素早く周囲に配られ、彼女が警戒を緩めているわけではないことを窺わせた。

「全員で、か?……あちらに警戒されるんじゃないか?」

 クロスの戸惑った問いかけに、メリルはふと笑みを浮かべる。

「警戒なら最初からされてるわ。なら固まっていた方がいいかしらと思ったのだけど……それに、彼がいるなら大丈夫だって思って」

 その言葉に、クロスは視線の先に思い至る。
 なにやら問題が起きたらしい場所に、佇む白い姿。クロスにとっては散々振り回されイライラさせられた印象しか残っていないが、それは本来の『彼』ではない。今あの場に佇む姿こそが、本来のスノウであり、稀代の勇者といわれた彼だ。
 その他者を圧倒する輝きを誇る『勇者』がいるのなら。
 メリルが『大丈夫』だと言う言葉の意味が、少しわかった気がした。

「……ああ、なるほど。じゃあ、ちょっと行ってみるか」

 うん、と頷いて、クロスは足を踏み出した。
 レリックとフレイもまた、彼に倣う。
 そうして勇者一行は、再び城門へと歩き出した。
 そこで待ち受けていた出来事に、スノウ同様固まることになるとは、このときの彼らは露とも思っていなかった。








「元気でね」

 言葉と共に差し出された手を握った瞬間、電流が走った気がした。
 それは思わず手を引っ込めてしまうようなものではなく、微弱な、軽い痺れのようなもので。
 スノウは内心首を傾げる。
 まるで手のひらの小さな傷をうっかり触ってしまったかのような、小さな衝撃だった。痛みとして認識するのもばかばかしいほどの、それ。
 咄嗟に目を上げると、不思議そうな真紅の瞳とぶつかった。どうやら相手も同じことを感じたらしい。

「――じゃあ、さよなら」

 エルの形良い唇が動いて、そっけなく別れの言葉を紡いだ。
 瞬きひとつの間に、おかしいなといいたげな気配は消える。わざわざ言うことでもない、そう思ったのだろう。
 それはスノウも同感だった。瑣末なこと。そう思ったから、すぐに意識の外に追い出して、同じように笑みを拵えた。

「さよなら」

 指を離して、目を伏せて。ゆっくりと後方を振り返った。
 そこには見慣れた仲間の姿がある。
 記憶の中と寸分の違いもない、メリルとフレイ。
 様々な苦難に見舞われながらも、『スノウ』の傍にいてくれた大切な仲間だ。ほんの少し離れていただけなのに、懐かしくてたまらない。
 そしてその傍らには、新たに得た仲間が二人。
 胸に広がるのは微妙な気まずさだ。何せこれまでは『エル』の姿でしか顔を合わせていないのだ。不可抗力とはいえ敵として相対していた相手である。
 湧き上がる感情を抑えて、スノウは笑みを浮かべる。彼らとの関係は追々構築していけばいい、と開き直って。
 これからのことをスノウはつらつらと考える。
 王国への事情説明。ヴァスーラの企み。魔物についての見解。
 きっと想像以上に色々なことが待ち構えている。スノウが帰る世界はそんな場所だ。
 スノウは一歩踏み出す。
 人間の世界、スノウ・シュネーの世界に戻るために。
 魔物と人が憎みあい殺しあう世界の、中心へと。
 それでも、記憶の淵から蘇るのはこの城で過ごした決して長くはない時間だった。勇者として在った時間よりも鮮やかに色づく世界に、心が揺れた。
 握手をした手のひらが熱い。
 エルの体温がその手指に染み付いて、胸が苦しかった。同じ体温を持つ相手を切り捨てなければいけない。それが、スノウが生きている世界だ。いつか再び剣を向ける日が来ることが、酷く苦しい。
 矛盾する自分の感情を自覚しながら、スノウは望んだ。それは憧れにも似た、羨望。
 だがそれは、スノウには手に入らないものだ。手に入れてはいけないものだ。
 未だ熱を持ち何かを訴えるかのような右手を、スノウはきつく握り締めた。
 その途端、

「にゃあっ」
「エル様っ!?」

 甲高い動物の鳴き声と、叫ぶようなアイシャの声が響く。
 切迫したその響きに、スノウは反射的に振り返った。
 視界に飛び込んできたのは狼狽したアイシャの姿と、呆然としているようなスイの姿。そこに確かに先ほどまであったはずの、エルの姿がない。

「どうし……」

 どうしたのかと問いかけようとして、彼らの視線が足元に集中していることに気付く。
 丈長い草が生い茂るそこが、先ほどから騒々しく揺れている。
 そうしてそこから、赤茶けた塊がころりと転がり出た。

「……?」

 何がなんだかわからないスノウは、首を傾げながら踵を返した。
 そうして、振り切るように進んだ歩数を再び戻る。

「そんな……」

 掠れた声は、一体誰のものだったのか。
 二人の魔物と勇者の足元で、赤茶けた塊が大きな目を瞬かせていた。その色は、紅玉よりも深い真紅。
 ざあ、と血の気が引くのを感じる。脳裏に閃いた思考をすぐさまねじ伏せて、スノウは早鐘を打つ頭で考える。すべて「元」に戻ったはずだ。こんなこと、有り得ない。

「何これ」

 頼りない呟きは、スノウのすぐ傍から聞こえた。視線をやると、真紅の一対と目が合う。
 赤錆色の毛並みに、紅玉の目。ぴんと尖った耳は一般的なそれよりも長めだろうか。
 転がった為か長い毛足は随分乱れて絡まっていたが、そこにいたのは珍しい色合いの綺麗な――ネコだった。

「なんで……ちゃんと解いたはずなのに!」

 だが、悲痛な声で絶叫したのは、紛れもないエルその人である。
 誰ひとりとして、言葉がでなかった。

「なのになんでまたネコ!? しかも前と違う種類――じゃなくて、そもそも掛けられた体はそっちなのに!?」

 どうして、と文字通り血を吐く勢いのエルに、スノウは何と言っていいかわからない。
 魔法が不得手であるスノウにはわからない事柄であったし、また、不得手ながらも魔法を揮ってネコにしたのは紛れもない自分だったので、何と言い様もなかった。

「…ど、うしてだろうな…?」

 重苦しい沈黙の後、辛うじて搾り出した相槌が、スノウの精一杯であった。








 その日、パールディア王国は喜びに沸いた。
 かつてないほど強大な魔物討伐を果たし、王国軍を率いた勇者が凱旋したのだ。
 相応の犠牲は払ったものの、多くの兵士が戻り、魔物の長を討ち取った。戦利品として献上された竜のものと思われる角や鱗は人々の度肝を抜き、改めて勇者「たち」の功績とその戦いの過酷さを知らしめた。
 帰還した勇者は二人だった。
 王国軍を率いて進軍した6代目勇者クロス・エセルと、殉死したとされていた5代目勇者スノウ・シュネー。
 魔物の城において6代目勇者と共闘し、知略によって迎撃、魔物の軍勢を退け首魁を討ち取ったと報じられた。
 その報せは、瞬く間に国内を駆け巡り、王国軍を率いた勇者たち一行が王都に到着する頃には、国を挙げての祝祭となっていた。
 祝祭は一月のあいだ続けられ、スノウ・シュネーの名は深い崇敬と憧憬を以て囁かれることとなった。
 一方、スノウ・シュネーの不在時に任命された6代目勇者クロス・エセルは、5代目勇者の帰還により勇者の地位を返還したものの、その実力と功績を惜しまれ、次期候補として改めて任命されることとなった。


 稀代の勇者と謳われたスノウ・シュネー。
 彼は魔王討伐の切り札として、人々の希望として、着実に道を進んでいた。
 その傍らには彼と共に戦ってきた仲間たちと、後に6代目勇者として再度立つことになるクロス・エセル。
 そして、

 赤い猫が一匹。




   END……?
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