それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和

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「ボツ……ですか……」
 自信作を預けていた編集者からの返事があまりに遅いのでたまたま近くに寄ったと嘘をつき、編集部に挨拶へ来た俺に担当の菅原さんは笑顔で言った。
「すいませんね。有馬さん。せっかく来てくれたのに」
「あ、いや、たまたま神保町に用があっただけなんで……」
「そうですか。なにか、打ち合わせとか?」
「まあ、そんな感じです……」
 こういうところで見栄を張ってしまうのは悪い癖かもしれない。仕事がないなら素直に言った方がもらえる可能性は高まるものだ。
 だが俺にだってプライドはある。いや、作家なんてプライドの塊だろう。だから半年費やした力作を一蹴されたら腹が立った。
「具体的にどういうところが?」
 メガネをかけた中年男性の菅原さんは俺が送った原稿のデータを印刷しており、それをぺらぺらとめくった。
「まあ、簡単に言うと普通すぎるってところかなあ」
 こいつ。作家が一番言われてムカツクことを平然と言いやがって。
「普通……ですか……。いや、でも事件も起きてますし」
「ああいや、そういうことじゃないんです。そこはよくできてました。ただ舞台が普通の町じゃないですか。それがなんかねえ」
「……悪かったと?」
「いえいえ。そうじゃないです。あえて言うならよくなかった。って感じですね」
 本当にこいつは作家を苛立たせる天才だな。
 だけど俺はこの人に拾ってもらったんだ。八年も投稿生活を続けていてようやく賞に引っかかった。本当は落ちるはずだったが菅原さんが推してくれたおかげで奨励賞を取り、デビューできた。その恩を殴って返したくはない。
「……じゃあそこを直せば」
「そうですねえ。まあ、いけるかもしれませんね」
 かなり怪しい返事だ。大方どうよくなるか想像できていないんだろう。編集のアドバイスなんて割とテキトーだからな。
 だがまだチャンスは残っているらしい。それならしがみつきたい。でないと今年も本が出せないままだ。
 俺はこの出版社で三冊出してから四冊目が出せていない。もう崖っぷちだ。今回のは起死回生の一作だった。 
 それもあってどうしても諦めたくなかった。
「分かりました……。じゃあ直したらまた見てくれますか?」
「ええ。もちろんです。あ。ちょっと失礼しますね」
 着信があり、菅原さんは席を外した。そのまま編集部に併設してあるブースから外に出て行く。だが距離があまり離れていなく、しかもドアも開けっ放しなのでなにを話しているか丸聞こえだった。
 菅原さんの声は俺と話している時とあまりにも違い、気を遣っていた。
「あー。朝陽先生。いつもお世話になってます。あ。今ですか? いえいえ大丈夫です。ちょうど手が空いたところなんですよ」
 まだ俺の話は終わってなかったぞ。
 だけど相手があの朝陽春子なら仕方ないとも言える。五年前にデビューした同期の中ではダントツで売れたからな。
 デビュー作は七万部のヒット。たしかもう十作くらい刊行している。しかもあっちは大賞で俺は奨励賞。スタートの時点から差はあったが、それは広がる一方だ。
 ただやっぱり同期に負けるのは腹立たしい。
 特に朝陽とはパーティーでも何度か話したが会うたびに話が合わず苛立っていた。
 打ち合わせの電話なら長くなりそうだと思い、俺はひっそりと編集部を後にした。
 エレベーターを降り、ガードマンに挨拶されると会釈して返す。
 外に出て振り返ると大手出版社の大きなビルが聳えていた。
 またここに来られるかどうかも分からない。
 それでもこのままでは終われなかった。かと言ってなにか良い案があるわけでもないけど。
 俺は嘆息するとせっかく電車賃を払ってこんなところまで来たのだからとカレーと古本の匂いがする街へと繰り出した。
 次来た時はなんとしてでも先生と呼ばせたいものだと思いながら。
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