それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和

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 俺もこの業界に入ってから知ったのだが、ほとんどの作家が別の仕事を持っている。
 つまりは兼業だ。作家だけで食べていけるのは一握りだった。
 菅原さんと初めて会った時も「お仕事は辞めないでくださいね」と釘を刺されたくらいだ。
 あの時俺は「はい」と答えたが、実はもう既にバイト先の本屋には辞めると言っていた。
 周りにも賞を取ったらバイトは辞めて作家一本でいくと豪語していた俺は今更取り消せず、結局そのまま辞めることとなった。
 だが本が出ても入ってくる印税は精々サラリーマン給料二ヶ月分。これじゃあ生活していけないと古本屋でバイトを始め、それは今も続いている。印税収入がない中、ここでの稼ぎが俺の全収入だ。
 古い木造建築なので歩くたびに床は軋み、柱は傷だらけだった。本棚も古く、本が朽ちるのが先か本棚が朽ちるか先かを争ってる状況だ。それらを天井からぶら下がった裸電球達が照らしていた。
 古本屋と言ったが、置いている商品は骨董品屋に近い。掛け軸や壺なんかが本棚の周辺に配置されており、一種のテーマパークみたいになっている。
 統一感がないのは店主がアメリカ人だからだろう。
 今年で五十歳になるルドリックさん曰く、これこそがジャパニーズハーモニーらしい。
 スキンヘッドに青い目でいつもニコニコ笑っているこのアメリカ人は日本マニアが高じてここ鎌倉に移住。今は大学の特任教授をしながらいくつかの物件を所有している。
 この古本屋もその一つだ。本人は学術的に貴重だと言っているが、俺には穴の開いた襖にどんな価値があるのか分からない。
「シメーさん。今日はなにか売れましたか?」
 夕方過ぎ、浴衣姿のルドリックさんはいつも通りの笑顔で店にやって来た。
「いえ」俺はかぶりを振る。「いつも通りなにも売れてません」
「アッハッハッハ!」
 なにが面白いのか知らないが、ルドリックさんは大笑いしていた。
 ちなみにシメーさんというのは俺のことだ。正確には四迷と書いてしめいと読む。この名前が読めるかどうかで文学マニアかどうか分かる便利な名前だった。
 たしか父親が付けたのだが、名前に迷うなんて字を入れるからこの歳になっても未だにフリーターだ。
 最低時給とはいえ、ずっと座っているだけでカネを貰うのは幾分気が引けた。
「……あの、いいんですか? 売れなくても」
「いいんです。ここは倉庫みたいなものですから。メインは資料としての貸し出しです。それに今の時代、本は売れませんしね」
 それは身をもって痛感していた。売れていた時代の作家が羨ましい。なんでも初版に何万部も刷ってもらっていたそうだ。今じゃ数千部程しか刷られないし、当然その分印税も少ない。
「江戸はどうでしたか?」
 ルドリックさんは東京のことをそう呼ぶ。
「……正直、あまりよくはありませんでした。ただ、希望がないわけでもないみたいです」
 俺は打ち合わせでダメだしされたことを説明した。
 ルドリックさんは考え込む。
「ふうむ。なるほど。おかしさが足りないと」
「まあ、一言で言えば」
 再びプライドが傷つけられて苦笑していると入り口から黒ねこが入ってきた。
 看板ねこのヘミングウェイだ。愛称はパパ。俺もルドリックさんもそう呼んでいる。
「やあパパ。君もおかえりかい?」
 ルドリックさんは優しくパパを抱き上げた。
「ああそうだ。シメーさん。あなたに頼みたいことがあるんです。夜の予定は?」
「特には」
「では私の部屋に招待しましょう。ちょうど知り合いから鮭とばをもらったところです。それと灘の酒も。お腹も空いているでしょうからハコ屋でお総菜も買ってきますよ」
 ハコ屋は近所の総菜屋だ。カネがないので夕飯をご馳走してもらえるのは大助かりだった。
「ありがとうございます。店を閉めたら寄らせてもらいます」
「ええ。待ってます。ほらパパも」
 シメーさんはパパの右前足を動かして手を振った。
「ではのちほど」
 シメーさんが去った後、誰も来ない古本屋は静まりかえった。
 思わず小さく嘆息する。菅原さんに言われた課題を解決したいが、良い案は浮かばないままだった。
 このままじゃダメだ。なにか変化が必要だった。そんな気がした。
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