それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和

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 食事が終わると炙った鮭とばで一杯やる。
 酒なんて久しぶりだ。最近は節約のために買ってないから随分上手く感じた。
 あぐらをかいているとパパが足の間に入ってきて丸くなった。俺が撫でてやるとぐるぐると喉を鳴らしている。
 それを見てルドリックさんは笑った。
「それだけ懐いていれば問題ありませんね。私が銃乱射事件に巻き込まれても大丈夫そうだ」
「まあ、長いですからね。よく店にも来るし、冬は湯たんぽ代わりになります」
「招き猫としてはあまり効果がないようですけどね」
 ルドリックさんは面白がり、酔いが回ってきた俺も笑った。
「それにしても日本人はねこが好きですね。一説によると弥生時代からねこはいたみたいです」
「へえ。そんなに昔から」
「ええ。ねこはねずみから穀物を守ってくれますからね。ねずみは怖い病気も持ってますから狩ってくれれば衛生的にもいい。穀物や蚕を守ってくれるので当然利益も増えます。なので招き猫は商売繁盛のシンボルなのです」
「なるほど。結構合理的なんですね」
「ええ。ちなみに黒ねこは商売繁盛より魔除けの意味があるそうです」
「お。じゃあお前はあの店を守ってくれてるのか」
 パパを撫でてやると目を瞑ったまま体をくねらせた。
「そうそう」ルドリックさんはなにかを思い出した。「ねこと言えばとても興味深い町があることを最近知ったんです。シメーさんは生類憐れみの令をご存じですか?」
「あー。あのお犬様の。たしか五代将軍でしたっけ?」
「ええ。徳川綱吉です。彼は幼い子供をなくしており、そこから命を大事にするようになったと言われています。ですから動物愛護の法だと思われがちですが、捨て子を養子にしろと命じたり、病人や老人を大事にしたりと実は命全般を保護するものなのです」
「そうなんですね。ただの犬好きの将軍が命じたものだと思ってました。でもそれがなにかと関係あるんですか?」
「ええ。生類憐れみの令は天下の悪法として廃止されましたが、それによく似た条例がある町を知り合いの教授から教えてもらったんです」
「似た条例? というと?」
「お犬様ならぬ、お猫様です」
「ねこ?」
「ええ。ねこを敬う町がこの日本にあるそうです。元は土地神信奉らしいんですが」
「じゃあその神様がねこだったんですか?」
「そうです。猫神を祀る猫神神社もあります。その名も猫神町」
「まんまだ」
「まんまです。ねこだけに」
 ねこまんま……。
「ダジャレだ」
「ダジャレです」
 俺とルドリックさんはフッと笑って日本酒をくいっとやった。
 ルドリックさんは空になったお猪口にとっくりから酒を注ぎながら続けた。
「なんでも町長がねこ好きらしく、ねこの為の条例まで作ったそうです。それがまるで生類憐れみの令みたいだと知り合いの教授は言っていました。今ちょうど選挙の時期らしく、今の町長が続投するかどうか分からないみたいですが」
「へえ。面白いですね」
「ええ。とても奇妙な町です。私も取材してみたいのですが、娘の結婚式に出なければいけません。ずっと仕事ばかりでほったらかしにしていたせいもあって、今回ばかりは出席しないと孫の顔は見せないと脅されています。それはどうしても避けたい」
「それは行った方がいいと思います」
「ええ。シメーさんも気を付けてください。子供というのはとても昔のことまで覚えています。あの時約束をすっぽかしたとかね。そのことによって二十年後も責められるのです」
 彼女もいないのに子供の心配かと俺は苦笑した。
「まだ俺には縁遠い話ですけど、頭には入れておきます」
「そうしてください。そういうこともあって代わりに取材へ行ってくれる人を探しているんです」
 ルドリックさんはチラリとこちらを見た。
 まさか俺に行けってことか?
「え? でも店がありますし、パパの世話もしないと」
「あんな店開いていても閉まっていても一緒です」
 そんなはっきり言わなくても……。なら毎日店番してる俺はなんなんだ?
「それにパパはとても利口なねこです。連れていっても問題ないでしょう。むしろ役に立つかもしれません。なにせねこが神様の町なのですから」
「そうかもしれませんけど……」
 問題はそれだけじゃない。
「お金の心配ですか?」
「ええ。まあ」
「パパのお世話をしてくれるなら預かってくれている間はバイト代と同じ額を出しましょう」
 それだけあれば一週間は滞在できそうだ。
 パパも大人しいし、たまに紐みたいなやつでねこを繋いで散歩させてる人を見る。あれを付ければ逃げる心配も少ないだろう。
 なによりその町は面白そうだった。
 担当さんに言われた改善点に打って付けだ。
「シメーさんにとっても悪い話ではないと思います。どうでしょう?行ってくれますか?」
 食事をご馳走してくれた上に小遣いまでくれるんだ。それにこのアパートは相場より安く住まわせてもらっている。
 ルドリックさんは恩人と言っても差し支えない。
 なにより今の俺には変化が必要な気がした。
 この現状を打破する為の変化が。
 そう考えたら自然と口が動いた。
「分かりました」
 俺が承諾するとルドリックさんは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。きっとステキな旅になるでしょう。さあ。鮭とばができました。食べましょうか」
 ルドリックさんがお皿に炙った鮭とばを取ってくれた。
 その匂いが気になったのか、パパは寝ながら鼻をすんすんと動かしていた。
 なにか変わるかもしれない。
 そんな祈りにも似た予感があった。
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