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そこには俺達を含めて八人が集められていた。
俺。朝陽。名前の知らないガラの悪いおっちゃん。銀行員の大槻さん。永野とかいう若い女。昨日演説の時に怒っていた木下とかいうおじいさん。その木下さんを落ち着かせようとしていた町長の秘書。
あとなぜかビーフジャーキーを買わされたおばあさんまでいた。
集められた俺達の前で三井は爽やかに笑った。
「まず始めに断っておきますが、これから行われるのは形式的な質問です。ですからあまり緊張せず、事実だけを述べてください」
そうは言っても人選に偏りがありすぎる。そのことに不満を思ったのは俺だけではなかったらしく、ガラの悪いおっちゃんが三井を睨んだ。
「なんでオレらなんだ? この町にはいくらでも人がいるだろう」
「尤もな質問です。ええと」
「島内だ」
「島内さん。仰るとおり小さな町とはいえ、それなりに人は住んでます。約百五十世帯、三百人強。これら全員が容疑者と言っても過言じゃありません。この中から犯人を見つけるとすればかなり骨が折れる作業です」
俺は聞いてみた。
「なんでこの町の人だけなんですか? 外から来て戻った人って可能性もあるんじゃ?」
「いえ。それはまずありません。トンネルには防犯カメラが設置されてますから。調べた結果、昨晩は一台も車が通ってません。まあ歩いて山を越えた可能性もなくはないですが、ここらの山は険しくて複雑だと聞いています。地元の人間以外はまず越えられないでしょう」
また島内が尋ねる。
「じゃあなんでオレらなんだよ」
「犯行時刻です。詳しい結果はまだですが、岩間さんが殺されたのは夜の十一時以降。これはまず間違いないそうです」
それを聞いて朝陽が「そうか……」と呟いた。三井は笑って頷く。
「ええ。この町には奇妙なルールがありますよね。ねこの会議があるので夜十時から朝四時までは出歩いてはいけない。私自身信じられないのですが、町民はこれをしっかりと守っているそうです。なんでも違反しているところを見つけられたら通報されるとか。場合によっては罰金などを科される。なので地元の人はまず十時以降外に出ません。出るとすればあまり猫神伝説を信じていない者。あるいは条例に詳しくない外部の者というのが私の考えです」
三井の意見に町長の秘書が反論した。
「確かに私はこの町の出身じゃありませんが、猫神伝説も信じてますし、条例を破ったこともありませんよ」
「佐竹さん。あなたは少し特殊です。町長のスケジュールを管理する立場ですから色々とお話を聞かせてほしくて呼びました。町長を恨む人物がいたら詳しいでしょうし」
「……ならいいですが」
佐竹と呼ばれた秘書は少し安堵していた。そのあと木下さんをチラリと見る。
三井はニコリと笑って俺の方を向いた。
「では順番に話を聞いていきましょう。まず有馬さん。あなたはどうしてこの町に?」
「取材です。小説家なので」
周囲が少しざわついた。
「なるほど。昨日の夜はどこに?」
「レストランで夕食を取ってから部屋にいました。それから朝まで出ていません」
「それを証明できますか?」
「いや、一人で泊まっていたので」
「夜、なにか異変を感じませんでした?」
「特には。あ。ただパパが起きて外を見てました」
「パパ? お父さんですか?」
「いえ。ねこです。本名はヘミングウェイ。ヘミングウェイの愛称がパパなのでみんなそう呼んでます。知り合いから預かってるねこなんです」
「変わった名前ですね。なるほど。パパは夜に起きたわけですね。理由は分かりますか?」
「さあ。多分ねこの会議でもあったんじゃないかと思ってましたけど。でもねこは夜行性ですし、べつに珍しいことでもないかなと」
「分かりました。ありがとうございます。次は朝陽さん」
朝陽は少し緊張しながら返事をした。
「はい」
「この町に来た理由は?」
「ここに来た理由は私も小説家なので取材に」
それを聞いて若い女の永野が笑った。
「小説家多すぎ。どこにでもいるじゃん」
朝陽は苦笑するが、たしかに二人もいればそう思うのも無理はない。三井は続けた。
「昨日の夜の行動を教えてくれますか?」
「昨日の夜はずっと部屋にいました。証明はできないですけど……。夜は深夜まで原稿を書いてから寝てました。そこにいる小説家Bの言っている異変には気付きませんでした」
誰がBだ。最初に言ったんだから俺がAだろ。
三井は「なるほど」と頷く。「失礼ですが何階の部屋に?」
「四階です」
「有馬さんは?」
俺は「二階です」と答えた。
三井は手帳を取りだして書き込んだ。
「二階と四階ですね。ふむ。お二人ともアリバイはないと判断してよさそですね」
「ちょっと待ってください」と朝陽が言った。「こいつはともかく私は一歩もホテルを出ていません。カメラで確認してもらったら分かるはずです」
「残念ですがそうもいかないんです」
「え?」
「ないんですよ。この町には防犯カメラが一台も。そうですよね?佐竹さん」
町長の秘書は頷いた。
「はい。猫神様が写ってはいけないからと町長が廃止を決定しました」
朝陽は驚き、俺は呆れた。三井はやれやれと肩をすくめた。
「こういうことなんです。なので私達は古き良き手法に頼らざる得ません。つまり地道に聞き込みをし、目撃者を探すということです。ご理解頂けましたか?」
朝陽は「はい……」と納得した。三井は続ける。
「では次に島内さん。あなたはなんのご予定で?」
柄の悪い島内は椅子に座り、背もたれに深くもたれて面倒そうにしている。
「ちょっと野暮用でな」
「その内容を聞きたいのですが」
「……ここじゃ話せない。少し複雑な事情でな」
「では別室ならいいと?」
「まあ、仕方ないわな」
「分かりました。ではそこはあとで聞きましょう。昨晩は?」
「雀荘にいたよ。ここで唯一深夜営業してる店だ。そこで朝まで若い三人組と打ってた。店主のじいさんは寝ちまってたけど、そいつらに確認してもらえれば分かるよ」
「そうですか」
三井は近くにいた別の刑事に目配せした。刑事は頷いてレストランから出て行く。
三井は次に銀行員の大槻さんに尋ねた。
「大槻さん。こちらには仕事で?」
「そうです。審査で色々と回ってます。顧客のリストがあるので必要ならあとで渡しますよ」
「ありがとうございます。昨夜はなにを?」
「二階の部屋で寝てました。朝になってお湯を沸かそうとしたらケトルが壊れてて、それを換えてもらったくらいですね」
三井はホテルのスタッフを見た。スタッフは頷く。
「間違いありません」
「そうですか。なにか変わったことはありませんでしたか?」
大槻さんは俺をチラリと見て、否定した。
「いえ。なにもなかったと思います」
「分かりました。ありがとうございます」
三井は次に若い女の永野に尋ねた。
「では永野さん。あなたがこの町に来た理由は?」
永野はばつが悪そうにつけ爪を弄くっていた。
「……べつに」
「べつにとは?」
「言いたくない」
口を尖らす永野に三井は苦笑する。
「プライベートなことならあとでお聞きしますが、それもイヤですか?」
永野はなぜか秘書の佐竹をチラリと見て、こくんと頷いた。
三井は困った笑みを浮かべる。
「そうですか。では昨日の夜はなにを? ホテルにはいなかったと聞いているんですが、どこに行ってました?」
「それも言いたくない」
「どうしても?」
永野は黙り込んだ。三井は肩をすくめた。
「そうですか。もちろん今は任意なので話さなくても問題はありません。ただ、今後不利になる可能性はあるとだけ言っておきます」
永野の表情が曇る。
「不利って?」
「不利は不利です。有利の逆ですね」
「逮捕されるってこと?」
「そうは言ってません。ただ後日お話を聞かせてもらうことになるでしょう。下手をするとあまりいたくない場所で」
永野は口をぎゅっとつぐんで目線を下げ、なにか考えていた。だがなにも言うことはなかった。三井は呆れて笑った。
「分かりました。また言いたくなったら教えてください。では次にいきますか。木下さん。あなたはこの町の住民ですから昨日なにをしていたかだけ教えてください」
木下さんは鋭い目つきで答えた。
「家で寝てたよ。だけど気に入らんな。なんでわしまで疑われないといけない。大方そこにいる町長の腰巾着に言われたんだろうが、正直言って迷惑だよ」
図星だったのか佐竹は視線を逸らした。三井は優しく答える。
「すいません。ですがあなたは猫神伝説を信じていない。それどころか伝説に伴うルールを廃止せよと主張しているそうですね」
「そうだよ。それのなにが悪い。あんなのを馬鹿真面目に守ってる方がどうかしてるんだ。おかげでうちの倅は町から出て行った。倅だけじゃない。大勢が出て行って帰ってこない。今この町にいるのは律儀に守ってる奴らだけだ。こんなの異常だよ」
佐竹はムッとしていたが、俺としては正論に聞こえた。三井も納得している。
「かもしれませんね。ですがこの町ではあなたの方が異端であることは変わりません。残念ですが」
木下さんはハッと笑って「なにが残念なもんかい」と吐き捨てた。
「あまり参考にはできませんがご家族か誰か夜に外出していないことを証明できる人はいませんか?」
「いないねえ。おっかあは五年前に死んじゃったよ。今は一人暮らしだ」
「そうですか。ありがとうございます」
三井は佐竹の方を向いた。
「では最後に佐竹さん。あなたについて教えてください。お仕事は亡くなった町長の秘書ということですが、具体的にはどんなことを?」
「色々です。忙しい人なのでスケジュールを管理したり、視察について行ったり、あとは支持者との橋渡し役になることもあります。ですが基本は雑務です」
「殺された日、つまり昨日の深夜ですね。町長になにか予定は入ってましたか?」
「夜ですか? ありえません。深夜は外出禁止ですから。もちろん多少の例外はあります。深夜の仕事から帰ってくる人なんかです。そういう事情がある人は直帰することを約束してもらって許可しています。ですが基本的に外へ出るなんてことはないはずです」
「では被害者が殺されたのは自宅だと?」
「だと思います。昨日はスーパーの前で演説して、それから支持者との集会に顔を出したあとはすぐ家に戻っているはずですから」
「はずというのは?」
「町長は自分で運転して自宅まで帰っているので」
「なるほど。集会から去った時刻は?」
「八時頃だと思います」
「では八時から死亡推定時刻の十一時の間に自宅、または車内で殺されたということになりますね。町長にご家族は?」
「奥さんがいます。ですが今、旅行中でして……」
「いらっしゃらないと。ふむ。なら場所の特定は難しそうですね」
三井は顎に手を当ててなにやら考えていた。だが特に良い案は浮かばなかったみたいだ。
「ええと、昨日の夜あなたは何を?」
「家に仕事を持ち帰って選挙の準備に色々と。外へは一歩も出ていません。独身なので証明はできませんが」
「そうですか。ありがとうございます」
三井は全員から事情を聞き終わると「さて」と呟き、困った笑みを浮かべていた。
仕方がない。ほとんど全員のアリバイがないのだから。これが普通の町ならありとあらゆる場所に取り付けられた防犯カメラが多くの情報を与えてくれたことだろう。
しかし一台もカメラがないなんて言われてみないと気付かなかった。それだけ猫神を恐れているんだろうか?
「祟りじゃよ」
静けさの中にポトリとそんな言葉が落とされた。周囲の目は俺にビーフジャーキーを売りつけた老婆へと向かう。
三井は苦笑した。
「ええと大沢さんでしたか? 祟りとは?」
「無論、猫神様の祟りじゃ」
大沢と呼ばれた老婆はしわだらけの顔を更にしわくちゃにして、厳しい表情で続けた。
「岩間の小僧はなにかやらかしたんじゃ。だから猫神様がきゃつを成敗した。その尻尾で絞め殺したんじゃ」
「尻尾? あの、なんの話ですか?」
三井は困惑していた。すると木下さんが説明する。
「サトさんは猫神伝説のことを言ってるんだ。だろ?」
大沢さんはこくんと頷いた。
「猫神様は三人の頭領と村長を成敗しておる。一人は焼き殺し、一人は絞め殺し、もう一人は噛み殺した。きゃつは二人目じゃよ」
「二人目? なら焼き殺された人がいるんですか?」
大沢さんはまた頷いた。
「そうじゃ。きゃつの父親じゃよ。あやつは十年前、焼かれて死んでおる。今考えればあれも祟りだったんじゃろうて」
すると佐竹さんが反論した。
「待ってください。あれは自殺ですよ。自分で車に火を放ったって警察も言ってたじゃないですか」
「なあにが自殺じゃ。あやつとは子供の頃からの仲じゃが、自殺するようなタマじゃないよ。祟りに決まっておる」
「勘弁してくださいって」
困っている佐竹に三井は尋ねた。
「本当に自殺だったんですか?」
「ええ。遺書が見つかったんです。筆跡鑑定してもらったら本物でした。警察も事件性はないって」
「なるほど。あとで医師に確認しましょう。ですが焼かれて死んだことには間違いないんですね?」
「それは……まあ…………」
佐竹は歯切れ悪く肯定した。
三井は混沌を楽しむしかないみたいな笑みを浮かべる。
「ならこれは見立て殺人の可能性もあるわけだ。えらくローカルな土地神伝説のものですが。でも十年も前か。ここにいる人で十年前から住んでいるというのは? また来たことがある人でもいいです」
俺と朝陽はすぐに「初めて来た」と否定した。他にもホテルに泊まっている人達は全員がそうだ。
残るは木下さんと大沢サトさん。そして秘書の佐竹だけとなった。
「なるほど」と三井は言った。「お話を聞かせていただきありがとうございました。どうやら中々厄介な事件だということだけは分かりました。おっと。最後にこれを聞いときたかったんです。この町に住んでいる人に伺います。町に怪しいと思える人物は他にいるでしょうか?」
木下さんと佐竹は顔を見合わせた。どうやら心当たりがあるらしい。それを大沢さんが告げる。
「まあ、やんちゃな奴らなら三人おる。町田さんとこの孫とかのう。だけどあいつらは違うと思うぞ」
「と言いますと?」
「殺しなんてする度胸はありゃしませんよ。あいつらは精々チンピラじゃ。最近は大人しいしのう。なあ、秘書さん」
佐竹は少し悩んでから答えた。
「まあ、そうですね。町長が説得してからは真面目に働いています。私もあいつらがやったとは思えません」
「そうですか」三井は言った。「ですが参考人にはなりそうだ。この際話を聞けるならねこでもいいくらいです。通訳が必要になりますが。おっと。どうだった?」
先ほど三井に言われて外に出ていた刑事が帰ってきた。若い男の刑事は報告した。
「名前は分かりました。安藤、町田、陣内という三人組みたいです」
「ああよかった。ちょうど今その三人組のことを話していたところだよ。島内さんについてなにか言ってたか?」
「いえ。それどころかどこにもいません」
「どこにも?」
三井は眉をひそめた。
「はい」刑事は頷いた。「目撃者の話では今日の昼頃に慌てて町を出て行ったみたいです。それも町長が死んだと聞いてすぐに」
俺。朝陽。名前の知らないガラの悪いおっちゃん。銀行員の大槻さん。永野とかいう若い女。昨日演説の時に怒っていた木下とかいうおじいさん。その木下さんを落ち着かせようとしていた町長の秘書。
あとなぜかビーフジャーキーを買わされたおばあさんまでいた。
集められた俺達の前で三井は爽やかに笑った。
「まず始めに断っておきますが、これから行われるのは形式的な質問です。ですからあまり緊張せず、事実だけを述べてください」
そうは言っても人選に偏りがありすぎる。そのことに不満を思ったのは俺だけではなかったらしく、ガラの悪いおっちゃんが三井を睨んだ。
「なんでオレらなんだ? この町にはいくらでも人がいるだろう」
「尤もな質問です。ええと」
「島内だ」
「島内さん。仰るとおり小さな町とはいえ、それなりに人は住んでます。約百五十世帯、三百人強。これら全員が容疑者と言っても過言じゃありません。この中から犯人を見つけるとすればかなり骨が折れる作業です」
俺は聞いてみた。
「なんでこの町の人だけなんですか? 外から来て戻った人って可能性もあるんじゃ?」
「いえ。それはまずありません。トンネルには防犯カメラが設置されてますから。調べた結果、昨晩は一台も車が通ってません。まあ歩いて山を越えた可能性もなくはないですが、ここらの山は険しくて複雑だと聞いています。地元の人間以外はまず越えられないでしょう」
また島内が尋ねる。
「じゃあなんでオレらなんだよ」
「犯行時刻です。詳しい結果はまだですが、岩間さんが殺されたのは夜の十一時以降。これはまず間違いないそうです」
それを聞いて朝陽が「そうか……」と呟いた。三井は笑って頷く。
「ええ。この町には奇妙なルールがありますよね。ねこの会議があるので夜十時から朝四時までは出歩いてはいけない。私自身信じられないのですが、町民はこれをしっかりと守っているそうです。なんでも違反しているところを見つけられたら通報されるとか。場合によっては罰金などを科される。なので地元の人はまず十時以降外に出ません。出るとすればあまり猫神伝説を信じていない者。あるいは条例に詳しくない外部の者というのが私の考えです」
三井の意見に町長の秘書が反論した。
「確かに私はこの町の出身じゃありませんが、猫神伝説も信じてますし、条例を破ったこともありませんよ」
「佐竹さん。あなたは少し特殊です。町長のスケジュールを管理する立場ですから色々とお話を聞かせてほしくて呼びました。町長を恨む人物がいたら詳しいでしょうし」
「……ならいいですが」
佐竹と呼ばれた秘書は少し安堵していた。そのあと木下さんをチラリと見る。
三井はニコリと笑って俺の方を向いた。
「では順番に話を聞いていきましょう。まず有馬さん。あなたはどうしてこの町に?」
「取材です。小説家なので」
周囲が少しざわついた。
「なるほど。昨日の夜はどこに?」
「レストランで夕食を取ってから部屋にいました。それから朝まで出ていません」
「それを証明できますか?」
「いや、一人で泊まっていたので」
「夜、なにか異変を感じませんでした?」
「特には。あ。ただパパが起きて外を見てました」
「パパ? お父さんですか?」
「いえ。ねこです。本名はヘミングウェイ。ヘミングウェイの愛称がパパなのでみんなそう呼んでます。知り合いから預かってるねこなんです」
「変わった名前ですね。なるほど。パパは夜に起きたわけですね。理由は分かりますか?」
「さあ。多分ねこの会議でもあったんじゃないかと思ってましたけど。でもねこは夜行性ですし、べつに珍しいことでもないかなと」
「分かりました。ありがとうございます。次は朝陽さん」
朝陽は少し緊張しながら返事をした。
「はい」
「この町に来た理由は?」
「ここに来た理由は私も小説家なので取材に」
それを聞いて若い女の永野が笑った。
「小説家多すぎ。どこにでもいるじゃん」
朝陽は苦笑するが、たしかに二人もいればそう思うのも無理はない。三井は続けた。
「昨日の夜の行動を教えてくれますか?」
「昨日の夜はずっと部屋にいました。証明はできないですけど……。夜は深夜まで原稿を書いてから寝てました。そこにいる小説家Bの言っている異変には気付きませんでした」
誰がBだ。最初に言ったんだから俺がAだろ。
三井は「なるほど」と頷く。「失礼ですが何階の部屋に?」
「四階です」
「有馬さんは?」
俺は「二階です」と答えた。
三井は手帳を取りだして書き込んだ。
「二階と四階ですね。ふむ。お二人ともアリバイはないと判断してよさそですね」
「ちょっと待ってください」と朝陽が言った。「こいつはともかく私は一歩もホテルを出ていません。カメラで確認してもらったら分かるはずです」
「残念ですがそうもいかないんです」
「え?」
「ないんですよ。この町には防犯カメラが一台も。そうですよね?佐竹さん」
町長の秘書は頷いた。
「はい。猫神様が写ってはいけないからと町長が廃止を決定しました」
朝陽は驚き、俺は呆れた。三井はやれやれと肩をすくめた。
「こういうことなんです。なので私達は古き良き手法に頼らざる得ません。つまり地道に聞き込みをし、目撃者を探すということです。ご理解頂けましたか?」
朝陽は「はい……」と納得した。三井は続ける。
「では次に島内さん。あなたはなんのご予定で?」
柄の悪い島内は椅子に座り、背もたれに深くもたれて面倒そうにしている。
「ちょっと野暮用でな」
「その内容を聞きたいのですが」
「……ここじゃ話せない。少し複雑な事情でな」
「では別室ならいいと?」
「まあ、仕方ないわな」
「分かりました。ではそこはあとで聞きましょう。昨晩は?」
「雀荘にいたよ。ここで唯一深夜営業してる店だ。そこで朝まで若い三人組と打ってた。店主のじいさんは寝ちまってたけど、そいつらに確認してもらえれば分かるよ」
「そうですか」
三井は近くにいた別の刑事に目配せした。刑事は頷いてレストランから出て行く。
三井は次に銀行員の大槻さんに尋ねた。
「大槻さん。こちらには仕事で?」
「そうです。審査で色々と回ってます。顧客のリストがあるので必要ならあとで渡しますよ」
「ありがとうございます。昨夜はなにを?」
「二階の部屋で寝てました。朝になってお湯を沸かそうとしたらケトルが壊れてて、それを換えてもらったくらいですね」
三井はホテルのスタッフを見た。スタッフは頷く。
「間違いありません」
「そうですか。なにか変わったことはありませんでしたか?」
大槻さんは俺をチラリと見て、否定した。
「いえ。なにもなかったと思います」
「分かりました。ありがとうございます」
三井は次に若い女の永野に尋ねた。
「では永野さん。あなたがこの町に来た理由は?」
永野はばつが悪そうにつけ爪を弄くっていた。
「……べつに」
「べつにとは?」
「言いたくない」
口を尖らす永野に三井は苦笑する。
「プライベートなことならあとでお聞きしますが、それもイヤですか?」
永野はなぜか秘書の佐竹をチラリと見て、こくんと頷いた。
三井は困った笑みを浮かべる。
「そうですか。では昨日の夜はなにを? ホテルにはいなかったと聞いているんですが、どこに行ってました?」
「それも言いたくない」
「どうしても?」
永野は黙り込んだ。三井は肩をすくめた。
「そうですか。もちろん今は任意なので話さなくても問題はありません。ただ、今後不利になる可能性はあるとだけ言っておきます」
永野の表情が曇る。
「不利って?」
「不利は不利です。有利の逆ですね」
「逮捕されるってこと?」
「そうは言ってません。ただ後日お話を聞かせてもらうことになるでしょう。下手をするとあまりいたくない場所で」
永野は口をぎゅっとつぐんで目線を下げ、なにか考えていた。だがなにも言うことはなかった。三井は呆れて笑った。
「分かりました。また言いたくなったら教えてください。では次にいきますか。木下さん。あなたはこの町の住民ですから昨日なにをしていたかだけ教えてください」
木下さんは鋭い目つきで答えた。
「家で寝てたよ。だけど気に入らんな。なんでわしまで疑われないといけない。大方そこにいる町長の腰巾着に言われたんだろうが、正直言って迷惑だよ」
図星だったのか佐竹は視線を逸らした。三井は優しく答える。
「すいません。ですがあなたは猫神伝説を信じていない。それどころか伝説に伴うルールを廃止せよと主張しているそうですね」
「そうだよ。それのなにが悪い。あんなのを馬鹿真面目に守ってる方がどうかしてるんだ。おかげでうちの倅は町から出て行った。倅だけじゃない。大勢が出て行って帰ってこない。今この町にいるのは律儀に守ってる奴らだけだ。こんなの異常だよ」
佐竹はムッとしていたが、俺としては正論に聞こえた。三井も納得している。
「かもしれませんね。ですがこの町ではあなたの方が異端であることは変わりません。残念ですが」
木下さんはハッと笑って「なにが残念なもんかい」と吐き捨てた。
「あまり参考にはできませんがご家族か誰か夜に外出していないことを証明できる人はいませんか?」
「いないねえ。おっかあは五年前に死んじゃったよ。今は一人暮らしだ」
「そうですか。ありがとうございます」
三井は佐竹の方を向いた。
「では最後に佐竹さん。あなたについて教えてください。お仕事は亡くなった町長の秘書ということですが、具体的にはどんなことを?」
「色々です。忙しい人なのでスケジュールを管理したり、視察について行ったり、あとは支持者との橋渡し役になることもあります。ですが基本は雑務です」
「殺された日、つまり昨日の深夜ですね。町長になにか予定は入ってましたか?」
「夜ですか? ありえません。深夜は外出禁止ですから。もちろん多少の例外はあります。深夜の仕事から帰ってくる人なんかです。そういう事情がある人は直帰することを約束してもらって許可しています。ですが基本的に外へ出るなんてことはないはずです」
「では被害者が殺されたのは自宅だと?」
「だと思います。昨日はスーパーの前で演説して、それから支持者との集会に顔を出したあとはすぐ家に戻っているはずですから」
「はずというのは?」
「町長は自分で運転して自宅まで帰っているので」
「なるほど。集会から去った時刻は?」
「八時頃だと思います」
「では八時から死亡推定時刻の十一時の間に自宅、または車内で殺されたということになりますね。町長にご家族は?」
「奥さんがいます。ですが今、旅行中でして……」
「いらっしゃらないと。ふむ。なら場所の特定は難しそうですね」
三井は顎に手を当ててなにやら考えていた。だが特に良い案は浮かばなかったみたいだ。
「ええと、昨日の夜あなたは何を?」
「家に仕事を持ち帰って選挙の準備に色々と。外へは一歩も出ていません。独身なので証明はできませんが」
「そうですか。ありがとうございます」
三井は全員から事情を聞き終わると「さて」と呟き、困った笑みを浮かべていた。
仕方がない。ほとんど全員のアリバイがないのだから。これが普通の町ならありとあらゆる場所に取り付けられた防犯カメラが多くの情報を与えてくれたことだろう。
しかし一台もカメラがないなんて言われてみないと気付かなかった。それだけ猫神を恐れているんだろうか?
「祟りじゃよ」
静けさの中にポトリとそんな言葉が落とされた。周囲の目は俺にビーフジャーキーを売りつけた老婆へと向かう。
三井は苦笑した。
「ええと大沢さんでしたか? 祟りとは?」
「無論、猫神様の祟りじゃ」
大沢と呼ばれた老婆はしわだらけの顔を更にしわくちゃにして、厳しい表情で続けた。
「岩間の小僧はなにかやらかしたんじゃ。だから猫神様がきゃつを成敗した。その尻尾で絞め殺したんじゃ」
「尻尾? あの、なんの話ですか?」
三井は困惑していた。すると木下さんが説明する。
「サトさんは猫神伝説のことを言ってるんだ。だろ?」
大沢さんはこくんと頷いた。
「猫神様は三人の頭領と村長を成敗しておる。一人は焼き殺し、一人は絞め殺し、もう一人は噛み殺した。きゃつは二人目じゃよ」
「二人目? なら焼き殺された人がいるんですか?」
大沢さんはまた頷いた。
「そうじゃ。きゃつの父親じゃよ。あやつは十年前、焼かれて死んでおる。今考えればあれも祟りだったんじゃろうて」
すると佐竹さんが反論した。
「待ってください。あれは自殺ですよ。自分で車に火を放ったって警察も言ってたじゃないですか」
「なあにが自殺じゃ。あやつとは子供の頃からの仲じゃが、自殺するようなタマじゃないよ。祟りに決まっておる」
「勘弁してくださいって」
困っている佐竹に三井は尋ねた。
「本当に自殺だったんですか?」
「ええ。遺書が見つかったんです。筆跡鑑定してもらったら本物でした。警察も事件性はないって」
「なるほど。あとで医師に確認しましょう。ですが焼かれて死んだことには間違いないんですね?」
「それは……まあ…………」
佐竹は歯切れ悪く肯定した。
三井は混沌を楽しむしかないみたいな笑みを浮かべる。
「ならこれは見立て殺人の可能性もあるわけだ。えらくローカルな土地神伝説のものですが。でも十年も前か。ここにいる人で十年前から住んでいるというのは? また来たことがある人でもいいです」
俺と朝陽はすぐに「初めて来た」と否定した。他にもホテルに泊まっている人達は全員がそうだ。
残るは木下さんと大沢サトさん。そして秘書の佐竹だけとなった。
「なるほど」と三井は言った。「お話を聞かせていただきありがとうございました。どうやら中々厄介な事件だということだけは分かりました。おっと。最後にこれを聞いときたかったんです。この町に住んでいる人に伺います。町に怪しいと思える人物は他にいるでしょうか?」
木下さんと佐竹は顔を見合わせた。どうやら心当たりがあるらしい。それを大沢さんが告げる。
「まあ、やんちゃな奴らなら三人おる。町田さんとこの孫とかのう。だけどあいつらは違うと思うぞ」
「と言いますと?」
「殺しなんてする度胸はありゃしませんよ。あいつらは精々チンピラじゃ。最近は大人しいしのう。なあ、秘書さん」
佐竹は少し悩んでから答えた。
「まあ、そうですね。町長が説得してからは真面目に働いています。私もあいつらがやったとは思えません」
「そうですか」三井は言った。「ですが参考人にはなりそうだ。この際話を聞けるならねこでもいいくらいです。通訳が必要になりますが。おっと。どうだった?」
先ほど三井に言われて外に出ていた刑事が帰ってきた。若い男の刑事は報告した。
「名前は分かりました。安藤、町田、陣内という三人組みたいです」
「ああよかった。ちょうど今その三人組のことを話していたところだよ。島内さんについてなにか言ってたか?」
「いえ。それどころかどこにもいません」
「どこにも?」
三井は眉をひそめた。
「はい」刑事は頷いた。「目撃者の話では今日の昼頃に慌てて町を出て行ったみたいです。それも町長が死んだと聞いてすぐに」
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