それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和

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 新井に聞いた話だと怪しいのは佐竹。
 佐竹が犯人だとしたら町長の妻が共犯の可能性は高そうだな。
 あとは舟山っていう運送会社の社長か。三人組の雇い主だし、金銭トラブルで社員を使って解決させたという線もなくはない。
 木下さんの町長嫌いは有名だったみたいだけど、あの老体だ。あんな森の深くまで町長の死体を運ぶのは大変だろう。ただこの町の状況を嫌がっていたみたいだから動機はある。
 そう言えば犯人はどうやって死体をあんなところにまで運んだんだ?
 変電所は近くにあるけどそこに繋がる道路に車が入った痕跡はなかった。一昨日に雨が降ってたのか結構道がぬかるんでたんだけどな。パトカーも手前までしか来なかったみたいだ。
 車を使ってないとしたらあそこまで町長を運べる人物ってことになる。前もってロープは準備できるとしても一人じゃかなり厳しい。
 犯人は大柄な男か、複数人のグループが濃厚か。だとしたら佐竹とあの三人組はぴたりと符合する。
 怪しいな。どちらにせよ舟山の会社と町長の家には行っておいた方がよさそうだ。警察から連絡来てるだろうし、町長の妻もすぐに帰ってくるだろう。
 舟山の運送会社はここから近い。役場の向かい側だ。町長の家は知らないけど、法事に出ると言えば教えてくれるだろう。
 猫神像の近くを通るのは面倒だけどこれも小説の為だ。背に腹は代えられない。
 俺は小さく嘆息してパパと共に運送会社を目指した。
 猫神像が見えるところとまで来るとなにか変に感じた。理由はすぐに分かった。
 誰もいないからだ。
 町民の誰もここを通りたがらない。その理由を教えてくれるように近くの商店から話し声が聞こえた。
「猫神様の祟りだそうだよ」
「怖いねえ」
 なるほど。祟られるのが怖いから誰もいないのか。
 でもあの町長は猫神のことをかなり大切にしていたと思うけどな。演説でも猫神のことをこれからも大切にしていくって感じだったし。
 ああでも事業を失敗してるのか。そのせいで祟りにあった? そんな馬鹿な話があるか?
 そうは思いつつも猫神像が近づくとなにもしないのは違う気がして、俺はほんの僅かだけ頭を下げ、なるべく直視しないように歩いた。
 我ながら馬鹿馬鹿しいが、この町に適応しつつある自分に苦笑した。
 きっと最初はみんなそうだったんだろう。だが次第に慣れていった。人間は適応する。どれだけ滅茶苦茶なルールでも守らなければ損ならそうせざる得ない。
 税金と同じだ。ルールは権力者が作った瞬間、それがどれだけ不条理で納得できなくても守る必要がある。それが例え天下り先に流れるカネだとしても国民は払い続けるんだ。文句を言っても始まらないならそうするしかない。
 まあ俺は大して払ってないけどな。売れたら今までの分もまとめて多めに払ってやる。精々そのカネでいらない道路を作ってくれ。
 その為にもこのネタは絶対ものにしないと。
 とは言ったもののどういう理由で話を聞くか。いきなり話を聞かせろって言ってもな。
 まあ、なんとかするしかないか。
 運送会社まで来ると俺は横目で左手にある交番を見た。あれだけいた人だかりはもういない。
 それにしても変だ。交番のこちら側を向いている窓にカーテンが降ろされている。よく見たらこの運送会社もだ。こっちを向いている窓は全部外が見えないようになっていた。
 そう言えば役場もカーテンが閉めてあった。さっき隣を通った資料館もそうだ。
 みんなが猫神像を見ないようにしている。自分達で作ったルールのせいで使えない窓があるなんて馬鹿な話だった。
 だけど見えたら業務中もずっと頭を下げてないといけないからこうするしかないのか。
 俺は呆れながらも運送会社の敷地に入っていった。駐車場にトラックが数台と軽バンが一台駐まっていた。建物には事務所があり、横に仕分け用のスペースがあった。窓が見えないからその隣にもう一部屋ありそうだ。
 事務所のドアにある窓ガラスをノックすると中にいた作業着を着たおじさんがビクリと体を震わし、恐る恐るこちらを向いた。
 俺が会釈するとおじさんはなぜか怖がっているように見えた。
 ドアには鍵がしておらず、捻って中に入る。
「すいません。いきなり。ちょっと話を――」
「ま、まだなにか?」
「まだ?」
「え?」
 誰かと勘違いしていたのかおじさんは驚いていた。
「あ、ああ。いえ。ははは……。すいません」
「あ。警察の人が来ましたか?」
「え? はあ、まあ……。それで、どちら様ですか?」
 俺は財布に入ったままだった担当の名刺を取り出した。
「ちょっと町長のことで聞きたいことがありまして。舟山さんですよね?」
 名刺を見ておじさんは目を丸くしていた。
「はい。舟山ですけど……。出版社の方がうちになにか?」
 名刺を受け取ろうとする舟山の手は震えていた。自分の名刺じゃないので問い合わせてバレてはいけないと俺はそれをポケットに戻した。
「ちょっとした取材を。お時間いいですか?」
「え? あー……。まあ、少しくらいなら……。そちらにどうぞ」
 舟山は近くにあったソファーに手の平を向けた。どうやらここがこの会社の応接ゾーンらしい。
 それにしても相当動揺してるな。この町の人間なのにパパへの挨拶もしないなんて。
「ありがとうございます」とお礼を言って俺はソファーに座った。
パパをソファーに置いてメモ帳を取り出し、対面に座る舟山に尋ねたようとした。
 すると舟山の視線がパパに向いていた。どうやらソファーで爪を研いでいるのが気に入らないらしい。
「あ、すいません。ほら。パパ」
 俺がパパを膝の上に置くと舟山は不機嫌さを隠すように答えた。
「……いえ。お気になさらず」
 俺は気を取り直して尋ねた。
「まずですが、亡くなった町長とはどういったご関係で?」
 町長のことを聞いた途端、舟山の顔色が暗くなった。不安そうに上目で聞き返す。
「な、なにか聞いたんですか?」
「まあ、それなりに」
 ここは含みを持たせて相手に想像させよう。そうすれば勝手に話してくれる。
 舟山は気まずそうに俯いた。
「ええと、高校の後輩です。昔から色々お世話になってて……」
「そうですか。ならあんなことになってショックだったでしょうね」
「はあ、まあ……」
 俺は舟山の反応を窺った。舟山はあまり悲しんでないように見える。だが喜んでいるようにも見えない。
 トラブルがあった相手がいなくなったんだからもう少し安堵してもいいはずだが、逆に怯えているようだった。
「失礼ですが、お金を借りていると聞きました」
「だ、誰にですか?」
「それは言えません。本当ですか?」
 舟山は少し躊躇ってから「……はい」と認めた。
「どういった経緯で?」
 舟山はあまり話したくなさそうだったが、俺が知っていると思ったのか観念して話し出した。
「……その、前にやってた事業がダメになって。岩間さんにはその時に色々とお世話になったんです。それと、この会社を新しく始める時にも随分出してもらいました」
「銀行で借りることはできなかったんですか?」
「はい。まあ、一度ダメにしてるわけですし、なによりも無利子で大金を貸してくれるところなんてありませんから」
「無利子なんですか?」
 舟山はどこかしまったという顔をしたが、すぐに気を取り直して頷いた。
「ええ……、まあ……」
「そうですか。よっぽど舟山さんを信用していたんでしょうね」
 せっかく褒めてやったのに舟山は微塵も嬉しくなさそうだ。
 それにしてもこの警戒はなんだ? 岩間はもう死んだっていうのにずっとビクビクしている。なにを恐れているんだ?
 もしかして舟山も命を狙われているのか? たしかに社長だから頭領と思われてもおかしくない。
 でもだったら誰に狙われてるんだ? それだけ怯えるってことは思い当たりがあるってことか?
 よく分からないまま俺は話を続けた。
「そう言えばあの三人組、舟山さんの会社に勤めてましたね」
 三人組と聞いて舟山は明らかに動揺していた。
「そ、それって町田達のことですか? あ、あれは雇ったと言うか、半ば押しつけられた感じで……」
「町長にですか?」
「はい……」
「でも真面目に働いてたって聞いてますけど」
 舟山は視線を微かに下げた。
「まあ……。それはそうですけど……」
「けど?」
「いえ……、べつに……」
 なんだ? 三人組のことでもなにか隠してるのか?
「その三人組なんですけど、今どこにいるか知らないですか? できれば話を聞きたいんですけど」
「え? いや、こっちが知りたいくらいですよ……。あいつら寮にもいなくて……。聞いた話だと町の外に逃げたとか」
「逃げた?」
「あ、いや、出て行ったというか…………」
 舟山はまたもしまったという顔になる。今度は前よりはっきりとミスを後悔していた。
「じゃあ舟山さんはその三人組が事件に関わっていると思っているんですね。なんでですか?」
「べつにそういうわけでは…………。ですけどまあ、この町でトラブルを起こすのは大抵あいつらですし。今回もそうかもしれないと思っただけです……」
 不安になっているのかさっきからドアの方をちらちらと見ている。誰かが来ると思っているんだろうか?
「……そうですか。お話を聞かせてくれてありがとうございました。今から町長の家に行くつもりなんですが、場所を描いてもらってもいいですか?」
「地図ですか? えっと」
 舟山は面倒そうにしながらもそこらにあった紙と胸ポケットからペンを取り出した。モグラのマスコットが付いた変なペンだ。それで簡単な地図を描いてくれた。
「猫神神社は分かりますか? ここの道をまっすぐ行くと左手に神社が見えるんですが、そちらに行かないで道なりに行った右手に町長のご自宅があります。分かりますかね?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
 俺はお礼を言い、パパを抱き上げて事務所を出た。運送会社の敷地内で振り返ると舟山はなにか気になるのかドア越しに周囲を確認していた。
 誰に怯えているんだ? 警察か? 犯人か? それとも別の誰かか?
 その全ては分からないが、一つだけ分かったことがある。
 あいつは事件に関わっている。それもかなり深く。
 ああ。それともう一つ。あいつはねこがあまり好きじゃない。
 それが分かっていたのか、パパは話の間不機嫌そうだった。
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