それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和

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 舟山の地図は不安になるほど簡素だったが、それでも問題なかった。
 しばらく歩くとどこに誰が住んでいるかが示されている案内板があったからだ。
 これがあると田舎という感じがする。プライバシーなんてあったもんじゃない。そして大抵同じ苗字が並んでいて意味を成さなかった。ここも例に漏れないが、ほとんどの家が引っ越していたせいで幾分役に立った。
 岩間の家は集落の端にあった。そこに向かう途中、家が空き家だらけなことに気付く。不思議に思って近くを散歩していたおじいさんに尋ねてみた。
「ああ。ここの連中はみんなあっちの新しい町に引っ越したよ。こっちに住んでるのは半分もいないんじゃないかい」
「そうなんですか」
「前の町長の時にあっちを開発したからね」
「前って言うと今の町長の父親ですか?」
「そうそう。豪快な人だったね。こんな町だけど市とか県から助成金引っ張ってきて再開発したんだよ」
「たしか自殺したんですよね?」
 そう尋ねるとおじいさんは眉をひそめ、周囲をチラリと確認した。
「誰から聞いたの?」
「え? いや、誰っていうか、警察はそう判断したって」
「あれねえ。正直かなり怪しいよ」
「怪しい?」
「俺はずっと知ってるけど、岩間のオヤジは自殺なんてするタマじゃない。結構豪快な人だったし、他人の目なんて気にしない奴だったよ。自殺だって聞いた時に信じた奴なんていないんじゃないかな」
「じゃあもしかして……殺されたとか?」
「可能性は高いね。ただ死ぬ前の何年かは病気してたのか結構体調がころころ変わってね。どうやら薬の副作用らしいけど、滅茶苦茶なこと言い出すからボケたのかと思ったよ。それでも元気だったけどね。でもそこからだよ。息子が表に出てきたのは。それまでどっかで商売してたそうだけど、父親が心配になったんだろうね。それもあんなことになっちゃったけど」
「父親の方は誰かに恨まれていたとかあるんですか?」
「どうだろうねえ。あるのはあるんじゃない。かなり強引な人だったから。でもそれ以上に町へ貢献してくれたから。だから息子も選挙に勝てたんだよ。あいつの息子ならって」
「なるほど……」
 岩間の父親が殺人かそうでないでは今回の事件に関連してくる。
 もし関連があるなら犯人はこの町に住み、よっぽど岩間親子を恨んでいる人物だろう。伝説に見立てた殺人もここの町民なら納得できる。
 大方自分を猫神の代理とでも思い込んでいるんだろう。だがそんな奴がいたらまず真っ先に警察がマークするはずだ。なにより町の人が知っているだろう。
 木下さんは当てはまるが、どちらかと言えば恨んでいるというよりは怒っているようだった。
 他にいるとして、だとしたらそいつは誰にも悟られずに岩間親子を憎み、十数年を挟んで両方を殺した奴ということになる。
 そんな狂人がこの町にいるのか?
 俺が言い表せない気味悪さを感じているとおじいさんは呟いた。
「やっぱり先々代が一番だったよ。あの人は優しい人だった」
「そう言えば岩間の祖父も町長でしたね」
「そうだよ。奥さんを大事にするいい人だった。みんなの話も聞いてくれるし。まあ、町は貧しかったけどね。それも猫神信仰を大切にしてから上向いてきたんだ」
 三代も町長を続けて来れば気にくわない人もいるだろう。いくら先々代がいい人でも恨みを買ってないとは限らない。ここは高齢者ばかりだし、一族に対する恨みが事件の原因かもしれない。
 なにかは分からないが想像もできない背景がこの事件にはありそうだ。
 俺は名前も知らないおじいさんにお礼を言った。
 すると高級車が横を通り抜けていった。それを見ておじいさんは呆れていた。
「ようやく帰ってきたか」
「え? じゃあ」
「町長夫人だよ。まったくあの人は……」
 辟易とするおじいさんと同じ方向を向くと、ベンツの上位グレードと思わしき車はカーブの先へと消えていった。
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