それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和

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 岩間の妻はこの事件で一番得をする人物だ。
 旦那とは上手くいっておらず、夫が死ねば遺産は自分の物になり、その上秘書の佐竹と不倫疑惑まである。
 情報だけ見れば完全にリーチがかかった状況だ。だけど犯行当時、岩間の妻はこの町にいない。
 なら実行犯はあり得ない。あり得るとしたら共犯者がいる。その場合はおそらく佐竹だろう。
 二人には動機がある。でも方法はまだ分からない。
 いくら佐竹のガタイが良いからってあんな森の奥まで大柄な岩間を運べるか?
 見た感じ百キロ近かった。それを一人で担いで行くとなればかなり大変なはずだ。おまけにあそこへ行くまでは上り坂になっていた。
 車を使えば簡単だろうけど、近くの道に最近車が通った形跡はなかった。
 それにもし岩間の妻と佐竹が共犯ならどうして見立て殺人なんてする必要がある? それにあの星形に張られたロープはなんだ?
 それに舟山はなにを隠している? あいつも二人の共犯者なのか? だとしたら見返りは借金をなかったことにするとかか?
 佐竹だけなら死体を運ぶのは難しくても舟山が手伝えば解決できる。もしそうだった場合舟山が怯えていたのは佐竹か。
 でもなんで怯える必要がある? 共犯者なんだ。脅されているならバラすと言い返してやればいい。犯罪に協力した時点で問題は去ったはず。
 なのに舟山は怯えていた。なんでだ?
「………………さっぱり分からない」
 情報が増えても分からないことも増えるから余計に霧が深くなる。
 だけどなんとか解決しないと。このネタを失うのは痛すぎる。
 思ったより複雑で難解そうな謎に俺は慌てだしていた。このままではしばらく印税はもらえそうにない。
 少し歩くと町長の家が見えてきた。まだ表札は見てないがまず間違いなくあれだろう。
 集落から細い道路を挟んで向かい側にあるそこには四軒分の敷地に三軒分の大きさはある屋敷が鎮座していた。
 駐車場にはさっき見たベンツが駐まっているからあそこが岩間の家だろう。
「ん?」
 駐車場に誰かいる。朝陽だ。なら話している相手は岩間の妻だろう。しまった。先を越された。あいつも町長夫人を怪しんでたのか。
 あ。こっちに気付いた。
 朝陽は俺を見つけると微笑して夫人と屋敷へ入っていった。
 やられた。舟山の会社より先にこっちへ来るべきだったんだ。この事件で一番怪しいのはどう考えても夫人と佐竹だったのに。
 そうだ佐竹だ。なら俺はそっちをあたろう。
 あの二人が犯人だとすればどう考えても実行犯は佐竹だ。ならなにか犯罪の手がかりとなることを聞き出せるかもしれない。
 踵を返した俺だが、腕に違和感を覚えた。パパがもぞもぞと動き出したのだ。ずっと抱っこしていたからイヤになったんだろう。
「はいはい」
 こんな時にと思いつつ、朝陽があの屋敷にいる限りは佐竹の元へ行けないので俺はパパを地面に降ろしてやった。
 するとパパは周囲の匂いを嗅いで屋敷の方に歩き出した。
「え? そっち?」
 ハーネスを付けていてもねこの歩く速度は速く、俺は小走りしてパパについて行く。新しい方の町に戻りたいがいくら大人しいとは言え、ずっと抱っこされてはパパもストレスだろう。
 パパは町長の屋敷に興味があるようだった。周囲に生えている草花をくんくんと嗅いで、かと思えばてくてくと歩き出す。規則性があるようでないのでついて行くのは大変だ。
 まあじきに疲れてゴロゴロし出すだろう。そしたらまた抱っこして連れて行こう。
 それにしても広い屋敷だ。よく見ると裏に雑木林が広がっている。きっとあれも岩間の土地なんだろう。元は農家だったのか周囲にある畑は随分広かった。だがもうやってないみたいで、朽ち果てたビニールハウスがそれを物語っていた。
 パパは町長の屋敷の前を通り過ぎていき、古びた町へと歩みを進めた。あのおじいさんが言っていたように空き家が多かった。もう朽ちかけている家もあった。住んでいてもほとんどが高齢者だろう。
 たしかこの町には中学校がない。小学生までは学べるが、中学生になると町の外に出ないといけない。当然高校もそうだ。
 子供達はどんどん便利な町を知っていく。そうなれば仕事もないこの町に住む理由はなく、結果として老人だけが残されていく。
 加えてあの猫神ルールだ。子供の頃は受け入れられても大人になれば違和感を覚える。あんなのは百害あって一利なしなのに。
 でも町長はそれを推し進めた。しかも親子三代で。そこになんのメリットがある? 本当にただ信仰していただけなのか?
 考え事をしているとパパが蝶々を追って古い家へと入って行った。
「あ。パパ。ダメだぞ」
 パパの後を追ってハーネスの紐を引っ張りながら敷地の中に入っていくと一人の老婆が縁側に座っていた。
「すいません」
 俺が謝ると老婆はこちらに気付いた。かなりの年寄りだ。八十代かそれ以上だろう。表札には石黒と書いてあった。
「あらあら。こんにちは。ねこちゃん」
 老婆は小さく高い声でパパにゆっくりと挨拶した。パパは老婆を見上げている。
 俺が抱き上げてもパパは老婆を見つめていた。
 老婆は「ああ。そうそう」となにかを思い出し、パパに手を合わせだした。
「おじいさんがね。骨が折れちゃったのよお。畑から帰る途中に転けちゃって」
「はあ……。えっと、それとパパを拝むのはどういう繋がりが?」
「よくなりますようにってね。猫神様にお願いするの。ここではそうなのよお」
 初めて聞いた。猫神は健康にもきくのか。
「そうなんですね」
「そうそう。あたしらの頃の町長さんがね。それで奥さんの病気を治してあげたの」
 あたしらの頃って言うと先代か? いや、年齢的に先々代か。優しい人だって言ってたけど本当だったんだな。まあ病気を治す云々は眉唾だろうが。
「へえ」
「あんなこともあったでしょう? だからこの町が平和になりますようにともお伝えしないとね。ねこちゃん。猫神様に言っておいてね」
 ねこちゃんに反応したのかパパはにゃーと返事をした。
 老婆は「賢いねこちゃんねえ」と喜んだ。
 俺はなんだかホッとした。
 これくらいだ。土地神信仰なんてこれくらいでいい。あんな変なルールを守ることは信仰でもなんでもない。生活の中にあるちょっとした救い。きっとそれこそが大事なことなんだ。
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