33 / 69
33
しおりを挟む
岩間の妻はこの事件で一番得をする人物だ。
旦那とは上手くいっておらず、夫が死ねば遺産は自分の物になり、その上秘書の佐竹と不倫疑惑まである。
情報だけ見れば完全にリーチがかかった状況だ。だけど犯行当時、岩間の妻はこの町にいない。
なら実行犯はあり得ない。あり得るとしたら共犯者がいる。その場合はおそらく佐竹だろう。
二人には動機がある。でも方法はまだ分からない。
いくら佐竹のガタイが良いからってあんな森の奥まで大柄な岩間を運べるか?
見た感じ百キロ近かった。それを一人で担いで行くとなればかなり大変なはずだ。おまけにあそこへ行くまでは上り坂になっていた。
車を使えば簡単だろうけど、近くの道に最近車が通った形跡はなかった。
それにもし岩間の妻と佐竹が共犯ならどうして見立て殺人なんてする必要がある? それにあの星形に張られたロープはなんだ?
それに舟山はなにを隠している? あいつも二人の共犯者なのか? だとしたら見返りは借金をなかったことにするとかか?
佐竹だけなら死体を運ぶのは難しくても舟山が手伝えば解決できる。もしそうだった場合舟山が怯えていたのは佐竹か。
でもなんで怯える必要がある? 共犯者なんだ。脅されているならバラすと言い返してやればいい。犯罪に協力した時点で問題は去ったはず。
なのに舟山は怯えていた。なんでだ?
「………………さっぱり分からない」
情報が増えても分からないことも増えるから余計に霧が深くなる。
だけどなんとか解決しないと。このネタを失うのは痛すぎる。
思ったより複雑で難解そうな謎に俺は慌てだしていた。このままではしばらく印税はもらえそうにない。
少し歩くと町長の家が見えてきた。まだ表札は見てないがまず間違いなくあれだろう。
集落から細い道路を挟んで向かい側にあるそこには四軒分の敷地に三軒分の大きさはある屋敷が鎮座していた。
駐車場にはさっき見たベンツが駐まっているからあそこが岩間の家だろう。
「ん?」
駐車場に誰かいる。朝陽だ。なら話している相手は岩間の妻だろう。しまった。先を越された。あいつも町長夫人を怪しんでたのか。
あ。こっちに気付いた。
朝陽は俺を見つけると微笑して夫人と屋敷へ入っていった。
やられた。舟山の会社より先にこっちへ来るべきだったんだ。この事件で一番怪しいのはどう考えても夫人と佐竹だったのに。
そうだ佐竹だ。なら俺はそっちをあたろう。
あの二人が犯人だとすればどう考えても実行犯は佐竹だ。ならなにか犯罪の手がかりとなることを聞き出せるかもしれない。
踵を返した俺だが、腕に違和感を覚えた。パパがもぞもぞと動き出したのだ。ずっと抱っこしていたからイヤになったんだろう。
「はいはい」
こんな時にと思いつつ、朝陽があの屋敷にいる限りは佐竹の元へ行けないので俺はパパを地面に降ろしてやった。
するとパパは周囲の匂いを嗅いで屋敷の方に歩き出した。
「え? そっち?」
ハーネスを付けていてもねこの歩く速度は速く、俺は小走りしてパパについて行く。新しい方の町に戻りたいがいくら大人しいとは言え、ずっと抱っこされてはパパもストレスだろう。
パパは町長の屋敷に興味があるようだった。周囲に生えている草花をくんくんと嗅いで、かと思えばてくてくと歩き出す。規則性があるようでないのでついて行くのは大変だ。
まあじきに疲れてゴロゴロし出すだろう。そしたらまた抱っこして連れて行こう。
それにしても広い屋敷だ。よく見ると裏に雑木林が広がっている。きっとあれも岩間の土地なんだろう。元は農家だったのか周囲にある畑は随分広かった。だがもうやってないみたいで、朽ち果てたビニールハウスがそれを物語っていた。
パパは町長の屋敷の前を通り過ぎていき、古びた町へと歩みを進めた。あのおじいさんが言っていたように空き家が多かった。もう朽ちかけている家もあった。住んでいてもほとんどが高齢者だろう。
たしかこの町には中学校がない。小学生までは学べるが、中学生になると町の外に出ないといけない。当然高校もそうだ。
子供達はどんどん便利な町を知っていく。そうなれば仕事もないこの町に住む理由はなく、結果として老人だけが残されていく。
加えてあの猫神ルールだ。子供の頃は受け入れられても大人になれば違和感を覚える。あんなのは百害あって一利なしなのに。
でも町長はそれを推し進めた。しかも親子三代で。そこになんのメリットがある? 本当にただ信仰していただけなのか?
考え事をしているとパパが蝶々を追って古い家へと入って行った。
「あ。パパ。ダメだぞ」
パパの後を追ってハーネスの紐を引っ張りながら敷地の中に入っていくと一人の老婆が縁側に座っていた。
「すいません」
俺が謝ると老婆はこちらに気付いた。かなりの年寄りだ。八十代かそれ以上だろう。表札には石黒と書いてあった。
「あらあら。こんにちは。ねこちゃん」
老婆は小さく高い声でパパにゆっくりと挨拶した。パパは老婆を見上げている。
俺が抱き上げてもパパは老婆を見つめていた。
老婆は「ああ。そうそう」となにかを思い出し、パパに手を合わせだした。
「おじいさんがね。骨が折れちゃったのよお。畑から帰る途中に転けちゃって」
「はあ……。えっと、それとパパを拝むのはどういう繋がりが?」
「よくなりますようにってね。猫神様にお願いするの。ここではそうなのよお」
初めて聞いた。猫神は健康にもきくのか。
「そうなんですね」
「そうそう。あたしらの頃の町長さんがね。それで奥さんの病気を治してあげたの」
あたしらの頃って言うと先代か? いや、年齢的に先々代か。優しい人だって言ってたけど本当だったんだな。まあ病気を治す云々は眉唾だろうが。
「へえ」
「あんなこともあったでしょう? だからこの町が平和になりますようにともお伝えしないとね。ねこちゃん。猫神様に言っておいてね」
ねこちゃんに反応したのかパパはにゃーと返事をした。
老婆は「賢いねこちゃんねえ」と喜んだ。
俺はなんだかホッとした。
これくらいだ。土地神信仰なんてこれくらいでいい。あんな変なルールを守ることは信仰でもなんでもない。生活の中にあるちょっとした救い。きっとそれこそが大事なことなんだ。
旦那とは上手くいっておらず、夫が死ねば遺産は自分の物になり、その上秘書の佐竹と不倫疑惑まである。
情報だけ見れば完全にリーチがかかった状況だ。だけど犯行当時、岩間の妻はこの町にいない。
なら実行犯はあり得ない。あり得るとしたら共犯者がいる。その場合はおそらく佐竹だろう。
二人には動機がある。でも方法はまだ分からない。
いくら佐竹のガタイが良いからってあんな森の奥まで大柄な岩間を運べるか?
見た感じ百キロ近かった。それを一人で担いで行くとなればかなり大変なはずだ。おまけにあそこへ行くまでは上り坂になっていた。
車を使えば簡単だろうけど、近くの道に最近車が通った形跡はなかった。
それにもし岩間の妻と佐竹が共犯ならどうして見立て殺人なんてする必要がある? それにあの星形に張られたロープはなんだ?
それに舟山はなにを隠している? あいつも二人の共犯者なのか? だとしたら見返りは借金をなかったことにするとかか?
佐竹だけなら死体を運ぶのは難しくても舟山が手伝えば解決できる。もしそうだった場合舟山が怯えていたのは佐竹か。
でもなんで怯える必要がある? 共犯者なんだ。脅されているならバラすと言い返してやればいい。犯罪に協力した時点で問題は去ったはず。
なのに舟山は怯えていた。なんでだ?
「………………さっぱり分からない」
情報が増えても分からないことも増えるから余計に霧が深くなる。
だけどなんとか解決しないと。このネタを失うのは痛すぎる。
思ったより複雑で難解そうな謎に俺は慌てだしていた。このままではしばらく印税はもらえそうにない。
少し歩くと町長の家が見えてきた。まだ表札は見てないがまず間違いなくあれだろう。
集落から細い道路を挟んで向かい側にあるそこには四軒分の敷地に三軒分の大きさはある屋敷が鎮座していた。
駐車場にはさっき見たベンツが駐まっているからあそこが岩間の家だろう。
「ん?」
駐車場に誰かいる。朝陽だ。なら話している相手は岩間の妻だろう。しまった。先を越された。あいつも町長夫人を怪しんでたのか。
あ。こっちに気付いた。
朝陽は俺を見つけると微笑して夫人と屋敷へ入っていった。
やられた。舟山の会社より先にこっちへ来るべきだったんだ。この事件で一番怪しいのはどう考えても夫人と佐竹だったのに。
そうだ佐竹だ。なら俺はそっちをあたろう。
あの二人が犯人だとすればどう考えても実行犯は佐竹だ。ならなにか犯罪の手がかりとなることを聞き出せるかもしれない。
踵を返した俺だが、腕に違和感を覚えた。パパがもぞもぞと動き出したのだ。ずっと抱っこしていたからイヤになったんだろう。
「はいはい」
こんな時にと思いつつ、朝陽があの屋敷にいる限りは佐竹の元へ行けないので俺はパパを地面に降ろしてやった。
するとパパは周囲の匂いを嗅いで屋敷の方に歩き出した。
「え? そっち?」
ハーネスを付けていてもねこの歩く速度は速く、俺は小走りしてパパについて行く。新しい方の町に戻りたいがいくら大人しいとは言え、ずっと抱っこされてはパパもストレスだろう。
パパは町長の屋敷に興味があるようだった。周囲に生えている草花をくんくんと嗅いで、かと思えばてくてくと歩き出す。規則性があるようでないのでついて行くのは大変だ。
まあじきに疲れてゴロゴロし出すだろう。そしたらまた抱っこして連れて行こう。
それにしても広い屋敷だ。よく見ると裏に雑木林が広がっている。きっとあれも岩間の土地なんだろう。元は農家だったのか周囲にある畑は随分広かった。だがもうやってないみたいで、朽ち果てたビニールハウスがそれを物語っていた。
パパは町長の屋敷の前を通り過ぎていき、古びた町へと歩みを進めた。あのおじいさんが言っていたように空き家が多かった。もう朽ちかけている家もあった。住んでいてもほとんどが高齢者だろう。
たしかこの町には中学校がない。小学生までは学べるが、中学生になると町の外に出ないといけない。当然高校もそうだ。
子供達はどんどん便利な町を知っていく。そうなれば仕事もないこの町に住む理由はなく、結果として老人だけが残されていく。
加えてあの猫神ルールだ。子供の頃は受け入れられても大人になれば違和感を覚える。あんなのは百害あって一利なしなのに。
でも町長はそれを推し進めた。しかも親子三代で。そこになんのメリットがある? 本当にただ信仰していただけなのか?
考え事をしているとパパが蝶々を追って古い家へと入って行った。
「あ。パパ。ダメだぞ」
パパの後を追ってハーネスの紐を引っ張りながら敷地の中に入っていくと一人の老婆が縁側に座っていた。
「すいません」
俺が謝ると老婆はこちらに気付いた。かなりの年寄りだ。八十代かそれ以上だろう。表札には石黒と書いてあった。
「あらあら。こんにちは。ねこちゃん」
老婆は小さく高い声でパパにゆっくりと挨拶した。パパは老婆を見上げている。
俺が抱き上げてもパパは老婆を見つめていた。
老婆は「ああ。そうそう」となにかを思い出し、パパに手を合わせだした。
「おじいさんがね。骨が折れちゃったのよお。畑から帰る途中に転けちゃって」
「はあ……。えっと、それとパパを拝むのはどういう繋がりが?」
「よくなりますようにってね。猫神様にお願いするの。ここではそうなのよお」
初めて聞いた。猫神は健康にもきくのか。
「そうなんですね」
「そうそう。あたしらの頃の町長さんがね。それで奥さんの病気を治してあげたの」
あたしらの頃って言うと先代か? いや、年齢的に先々代か。優しい人だって言ってたけど本当だったんだな。まあ病気を治す云々は眉唾だろうが。
「へえ」
「あんなこともあったでしょう? だからこの町が平和になりますようにともお伝えしないとね。ねこちゃん。猫神様に言っておいてね」
ねこちゃんに反応したのかパパはにゃーと返事をした。
老婆は「賢いねこちゃんねえ」と喜んだ。
俺はなんだかホッとした。
これくらいだ。土地神信仰なんてこれくらいでいい。あんな変なルールを守ることは信仰でもなんでもない。生活の中にあるちょっとした救い。きっとそれこそが大事なことなんだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる