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しおりを挟むいったいあの時間はなんだったのだろう?
鈴原真広は母の葬式でぼんやりと遺影を見上げ、そう感じていた。
真広の母はとても弱い人間だった。それは肉体的にも精神的にもそうだった。
真広が十五歳の時、母は病気になった。
離婚してから精神的に病んでいた母はほとんど寝たきりになり、それを真広と双子の妹である真理恵が看病した。
市の介護制度もあったが、弱っていた母は真広と真理恵以外が世話することを嫌がり、二人は学校に通いながら面倒を見ることになった。
特に真広はなにかと母に呼ばれ、学校から帰るとあれこれさせられた。
母親の障害者年金とバイト代でなんとか食いつなぎ、二人は高校を卒業した。
それから真広はスーパーのパートをしながら母の面倒を見て、真理恵は相談の末、地元の短大に進学した。
あとは三十五歳になった先日まで同じ日々が続いた。
真広は短い時間働き、残りの時間を母の面倒と家事に注いだ。
真理恵は短大を卒業後、派遣社員としてコールセンターで働いた。
母親が息を引き取った時、二人は泣かなかった。そして通夜でも葬式でもそれは同じだった。
長いようで短い二十年だった。
眠れないということもなかったが、それでも二人はなんだかよく分からない疲れを感じていた。
その疲れが肉体的でも精神的でもない、歴史的な疲れだと分かった時、真広は静かに、そして深く息を吐いた。
その瞬間、なにかが一区切りついた気がした。
だが終わりはしたものの、なにかが始まった気はしない。ただただ終わった。
長い間連載していた小説や漫画。毎日、あるいは毎週必ず読んでいたそれが二十年目で完結となり、続きも別の作品もアナウンスされない。そんな静かな状態だった。
悲しさより寂しさの方が大きい。その一方でまたあの日々が戻ってきてほしいかと聞かれれば、二人ともイヤとは言わないが間違いなく戻りたいとは言わないだろう。
そんな日々は終わり、そして母は骨になった。
火葬場まで来たのは親族だけだった。真広と真理恵は彼らと話したり、来てくれた礼を言ったりしながらも頭はあまり働いてなかった。
母の兄妹は三人いたが、誰一人として介護を手伝ってはくれなかった。死ぬ前に少し会いに来たくらいだ。
そんな負い目もあるのか親戚達は表面的な会話だけ済ますとすぐに兄妹だけで久しぶりの再会を語り合っていた。
真広と真理恵がもう帰ろうとした時だった。真広は見慣れない子供を見つけた。
それは母親の弟である叔父の子供だった。野球帽を被った静かな子供だ。まだ五歳くらいにもかかわらず、一言も話さず大人しかった。
叔父に子供はいないはずだと真広は思ったが、なにも追求しなかった。そんな気分じゃなかったし、妙な違和感を覚えたからだ。
親子の距離感ではない気がした。もっとべつのなにかに似ている。しかし真広はそれがなにか分からなかった。
「帰りますよ」と真利奈が言うと真広は子供を見たまま頷いた。
「ああ……。帰ろう」
真広はもう少しその子供を見ていたいと思った。なにか普通じゃない気がしたからだ。
だが子供が真広を見ることはなく、そのまま二人で車に乗って母のいない家に帰った。
また明日から日常が始まる。そのことはたしかだが、それがどんな形をしているか、真広も真理恵も分からないままぼんやりと過ごした。
いつも母親のためになにかしていた時間になにもせずにいた時、二人はようやく母は死んだことを真に理解し、そこでようやく少し悲しくなった。
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