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小白は駐車場に隣接する砂浜から海の向こうを見つめた。
すると遠くで魚が跳ねた。小白は目を見開き、そして微笑んだ。
「お前はちゃんと帰れよ」
そう呟くと小白は振り返り、駐車場から見守る二人の元に向かった。
手には砂浜でこっそりと拾った貝を隠し持っていた。
真広は車の隣で叔父に電話を掛けていた。しかしいくら呼び出しても叔父は出ない。
真広は不思議そうにしながら車に乗った。
「……でない。仕事かな?」
「土曜日に?」
真理恵は眉をひそめる。
「そういう仕事もあるさ。僕だって日曜は出ないといけない」
「そうですけど昨日も電話したんでしょう? 子供を預けてるんですよ? 通知があったら折り返すのが普通じゃない?」
「……まあ、そのうち来るさ」
真広は不安だったが、それでもすぐにその表情を引っ込めて後部座席に振り向いた。
「晩御飯にしようか。なにが食べたい?」
「さかな」
「じゃあお寿司にしようか。回転寿司なら、なあ?」
真広は助手席の真理恵に聞いた。真理恵は甘い兄に少し呆れて頷く。
「そうですね。行ったことはないけど安いところもあるみたいだし。調べてみます」
真理恵がスマホで調べると国道沿いにたくさんあった。その中から一番近く、値段も安かったくら寿司を選んだ。
行ってみると休日ということもあって家族連れで混んでいた。十五分待つ間、小白は真理恵と車の中にいた。真広は一人で名前を呼ばれるのを待っている。
最初の五分間、真理恵はなにも話せなかった。しかし同僚の松下に話を聞いてあげてと言われたことを思い出し、勇気を出して尋ねてみた。
「その、今日は楽しかった?」
「まあまあ」
「楽しくなかった?」
「シャケがおらんかった」
「ああ。じゃあそれ以外は満足できたってこと?」
「それなりには」
生意気な言い方だったが、真理恵は満更でもなかった。
「そう。よかった」
またしばらく沈黙が車内に発生した。真理恵は気まずそうに外を見ながらなにを聞こうかと考える。同時に真広は上手くやってるなと思った。
「その」と言ってから真理恵は自分がなにも考えていないことに慌てた。急いで聞くことを考えると出てきたのは過去のことだった。
「伯父さんの家はどう?」
「どうって?」
「その、いつからいるの?」
「……一年くらい前から」
「そう。その、家ではなにをしてるの? 幼稚園は?」
「行ってない。テレビ見てる。あとは本とか」
「読めるの?」
「読めるようになった。ひらがなだけ」
「寂しくない?」
「……べつに」
「そう……」
「そう」
聞いていて真理恵はどんどん不安になってくる。五才の子を留守番させただけで驚かれたのに四才からだったなんて。
叔父は独り身だと聞いていたから仕事をして幼稚園も行かせてないなら当然そうするしかないだろう。
だがそれでいいのかと真理恵は考えてしまった。他にどうすることもできないのに。
「来年は小学校ね。楽しみ?」
「うちはいかん」
「行きたくなくても行かないとダメなのよ。それに勉強しないでどうするの?」
「ねこになる」
「またねこ……」
真理恵は呆れて果てていた。どう言ったらいいか分からなくなる。それでも大人として言わなければならないことを言った。
「今の世の中、勉強ができて仕事ができることが大事なの。まだ子供だから分からないかもしれないけどそのうち後悔するわ。もっと勉強しておけばよかったって。ましてや小学校に行かないなんて」
真理恵はやれやれとかぶりを振った。
「ねこは学校になんていかん」
「でもあなたはねこじゃないでしょう?」
小白は寂しそうに俯いた。
「……今はそうでもうちはねこになる。なりかたもわかった」
「なり方って?」
「肉球がいる」
「そんなものどうやって手に入れるの?」
「強さと柔らかさがあればもらえる」
小白は顔を上げて言った。
「だからうちは強くなる」
その宣言に真理恵は困惑していた。強くなるのは結構だが、ねこになるのは無理だと思った。だが小白の口ぶりからそれを信じているように聞こえる。
真理恵は小白が心配になった。その未来が一体どうなるか全く読めない。
だが真理恵はなにも言えなかった。言う資格が自分にはないと思ったから。
結局のところ、真理恵もまた自分が立派な大人と思えていない。そんな人間がなにを言っても大した意味がないと思った。
真理恵が小さく溜息をつくと真広がやってきて窓をノックした。
「呼ばれたよ。行こう」
「……ええ。さあ。行きましょう」
真理恵がそう言うと小白は無言でドアを開けて外に出た。
真広と一緒に店内に入っていく小白を見て、真理恵はまた心配になった。
一方の小白はサーモンを中心に九皿も食べて満足そうだった。ついでに箱ねこのキーホルダーも当たった。キーホルダーは車のバックミラーに付けた。
すると遠くで魚が跳ねた。小白は目を見開き、そして微笑んだ。
「お前はちゃんと帰れよ」
そう呟くと小白は振り返り、駐車場から見守る二人の元に向かった。
手には砂浜でこっそりと拾った貝を隠し持っていた。
真広は車の隣で叔父に電話を掛けていた。しかしいくら呼び出しても叔父は出ない。
真広は不思議そうにしながら車に乗った。
「……でない。仕事かな?」
「土曜日に?」
真理恵は眉をひそめる。
「そういう仕事もあるさ。僕だって日曜は出ないといけない」
「そうですけど昨日も電話したんでしょう? 子供を預けてるんですよ? 通知があったら折り返すのが普通じゃない?」
「……まあ、そのうち来るさ」
真広は不安だったが、それでもすぐにその表情を引っ込めて後部座席に振り向いた。
「晩御飯にしようか。なにが食べたい?」
「さかな」
「じゃあお寿司にしようか。回転寿司なら、なあ?」
真広は助手席の真理恵に聞いた。真理恵は甘い兄に少し呆れて頷く。
「そうですね。行ったことはないけど安いところもあるみたいだし。調べてみます」
真理恵がスマホで調べると国道沿いにたくさんあった。その中から一番近く、値段も安かったくら寿司を選んだ。
行ってみると休日ということもあって家族連れで混んでいた。十五分待つ間、小白は真理恵と車の中にいた。真広は一人で名前を呼ばれるのを待っている。
最初の五分間、真理恵はなにも話せなかった。しかし同僚の松下に話を聞いてあげてと言われたことを思い出し、勇気を出して尋ねてみた。
「その、今日は楽しかった?」
「まあまあ」
「楽しくなかった?」
「シャケがおらんかった」
「ああ。じゃあそれ以外は満足できたってこと?」
「それなりには」
生意気な言い方だったが、真理恵は満更でもなかった。
「そう。よかった」
またしばらく沈黙が車内に発生した。真理恵は気まずそうに外を見ながらなにを聞こうかと考える。同時に真広は上手くやってるなと思った。
「その」と言ってから真理恵は自分がなにも考えていないことに慌てた。急いで聞くことを考えると出てきたのは過去のことだった。
「伯父さんの家はどう?」
「どうって?」
「その、いつからいるの?」
「……一年くらい前から」
「そう。その、家ではなにをしてるの? 幼稚園は?」
「行ってない。テレビ見てる。あとは本とか」
「読めるの?」
「読めるようになった。ひらがなだけ」
「寂しくない?」
「……べつに」
「そう……」
「そう」
聞いていて真理恵はどんどん不安になってくる。五才の子を留守番させただけで驚かれたのに四才からだったなんて。
叔父は独り身だと聞いていたから仕事をして幼稚園も行かせてないなら当然そうするしかないだろう。
だがそれでいいのかと真理恵は考えてしまった。他にどうすることもできないのに。
「来年は小学校ね。楽しみ?」
「うちはいかん」
「行きたくなくても行かないとダメなのよ。それに勉強しないでどうするの?」
「ねこになる」
「またねこ……」
真理恵は呆れて果てていた。どう言ったらいいか分からなくなる。それでも大人として言わなければならないことを言った。
「今の世の中、勉強ができて仕事ができることが大事なの。まだ子供だから分からないかもしれないけどそのうち後悔するわ。もっと勉強しておけばよかったって。ましてや小学校に行かないなんて」
真理恵はやれやれとかぶりを振った。
「ねこは学校になんていかん」
「でもあなたはねこじゃないでしょう?」
小白は寂しそうに俯いた。
「……今はそうでもうちはねこになる。なりかたもわかった」
「なり方って?」
「肉球がいる」
「そんなものどうやって手に入れるの?」
「強さと柔らかさがあればもらえる」
小白は顔を上げて言った。
「だからうちは強くなる」
その宣言に真理恵は困惑していた。強くなるのは結構だが、ねこになるのは無理だと思った。だが小白の口ぶりからそれを信じているように聞こえる。
真理恵は小白が心配になった。その未来が一体どうなるか全く読めない。
だが真理恵はなにも言えなかった。言う資格が自分にはないと思ったから。
結局のところ、真理恵もまた自分が立派な大人と思えていない。そんな人間がなにを言っても大した意味がないと思った。
真理恵が小さく溜息をつくと真広がやってきて窓をノックした。
「呼ばれたよ。行こう」
「……ええ。さあ。行きましょう」
真理恵がそう言うと小白は無言でドアを開けて外に出た。
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