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「じゃあ、昼には帰ってくるよ」
真広はそう言って自転車だと時間がかかるので軽自動車に乗って仕事場に向かった。
小白はぽつんと家に取り残された。家の中はもう分かっているので冒険はしない。
テレビを見ても子供向けの番組は少なく、くだらないニュースばかりだ。
小白はテレビを消して窓際にタオルケットを持っていくとそこでひなたぼっこしながら丸まった。
寝たり起きたりしてる間に昼が訪れ、真広が帰ってくる。
真広は真理恵の作ったお弁当を、小白は同じ内容のプレートを食べた。
「なにか面白い番組はあったかい?」
小白は黙ってかぶりを振った。
「そう……。じゃあDVDでも借りてこようか。名探偵コナンとか」
「コナンはもう全部見た」
「ならほかにはなにが好き?」
「相棒」
「相棒は……まだちょっと早いかな。他は?」
「……ポケモン」
「うん。じゃあそれにしよう。何本か借りてくるよ」
それから一緒にお昼ごはんを食べて、十五分ほど散歩すると真広はもう戻らないといけない時間になった。
「じゃあ、夕方には戻るから」
真広はそう言うが小白は黙って俯くだけだった。
真広はなんとも言えない表情で仕事場に戻り、小白はまた一人になった。
小白はもう一度寝たが、寝過ぎたせいもあってすぐに目覚めた。寝転んだままうっすらと目を開けて狭い庭を見つめる。
「…………ねこはいくらでもねれるのに」
小白がしょんぼりしながらも寝られないでいると庭の木の陰でなにかが揺れた。
小白はすぐに体を起こし、そこを確かめる。すると揺れたのはねこの尻尾だった。急いで立ち上がると掃き出し窓をガラリと開ける。
そこにいたねこは赤かった。
「アン!」
小白が名前を呼ぶと赤い子ねこはニコリと笑った。
「よければコーデリアって呼んでくれる? 最近考えたんだけどお姫様みたいでしょ?」
「長いから呼ばん」
「そう……。まあいいわ。アンもステキな名前だから。Eが付けばだけど」
「なんでいるの?」
「散歩中。ここはコースなの。ほら。花壇のお花がきれいでしょう?」
アンは真広が世話をしている花壇に近寄り花の香りを嗅いだ。
「見た目もそうだけど、この甘い香りを嗅いでいるとお城にでも来たみたいだわ。知ってる? お城には庭があって、そこには見渡す限りお花が植えられているのよ」
「知らん」
「そう。でも今知れたわね。言葉ってステキよね。見たことなくてもそれを聞くと想像できるんだから」
アンはうっとりして踵を返す。
小白はつっかけに足を入れて庭に出た。そして手を見せる。
「まだ肉球がない」
「急がば回れよ。そんなに簡単じゃないわ。もっと強くなればそのうち手に入るから」
「そしたらうちはねこになれる?」
「ええ」
アンが頷くと小白は嬉しそうにした。
「いつなれる?」
アンは前足をぺろぺろ舐め始めた。
「いい? ねこってとても大変なの」
「それは知ってる」
「あなたが思う以上によ。特に野良猫は全部自分でしないといけないわ。獲物も捕らないといけないし、餌場も確保する必要があるし、寝床もいるわ。その全てを一人でできるようになって、初めて野良猫として生きていけるの」
「食べものとねるところ?」
「そう」
「それがあればねこになれる?」
「それだけじゃ足りないけど、最低限は必要だわ」
「わかった」
小白はこくんと頷いた。
「ほかには?」
「そうね。柔らかさもいるわ。狭い場所をくぐり抜けるしなやかさが。あとジャンプ力も必要ね。もちろん風のように早く走れないとダメよ」
「うん。練習する」
すんなりと受け入れる小白にアンは疑問を抱いた。
「ところで、あなたはねこになってどうするの?」
小白は可愛らしくはにかんだ。
「ひみつ」
「……そう」アンは少し残念そうにしたがすぐ笑顔になった。「まあいいわ。それもまた想像を巡らせるのにとても必要なことだから。なんにせよあなたがこの町に残ってくれて嬉しいわ。あそこに理想は残っていないから」
アンは微笑み、低い塀の上にぴょんとジャンプして登った。
「今から餌場に行くの。町にあるコンビニへ行くと店長が色々とくれるのよ。触られるけど、それだけ。とても良い人なの。あなたは?」
小白は行きたそうにしたが、真理恵の言葉を思い出して首を横に振った。
「うちは行かん」
「そう。まあ、気が向いたらまた言って」
「うん。一つ聞いていい?」
「なあに?」
「ねずみってどんな味?」
アンはふふっと笑った。
「ねこになれば分かるわ」
アンは「じゃあ」と言って向こう側に下りるとそのままいなくなった。
一人になった小白はふーっと息を吐き、辺りを見回した。そして帽子を取ってくるとそれをかぶって再び庭に出た。
「うちはねこになる」
小白はそう言うとアンに言われたようにトレーニングを始めた。跳んで、走って、柔らかくなるためにストレッチをする。
動くと疲れ、疲れるとまた家に戻って横になった。
あれだけ寝たのに小白は再び眠りについた。
たったそれだけのことだが、なんだかねこになったみたいで嬉しかった。
真広はそう言って自転車だと時間がかかるので軽自動車に乗って仕事場に向かった。
小白はぽつんと家に取り残された。家の中はもう分かっているので冒険はしない。
テレビを見ても子供向けの番組は少なく、くだらないニュースばかりだ。
小白はテレビを消して窓際にタオルケットを持っていくとそこでひなたぼっこしながら丸まった。
寝たり起きたりしてる間に昼が訪れ、真広が帰ってくる。
真広は真理恵の作ったお弁当を、小白は同じ内容のプレートを食べた。
「なにか面白い番組はあったかい?」
小白は黙ってかぶりを振った。
「そう……。じゃあDVDでも借りてこようか。名探偵コナンとか」
「コナンはもう全部見た」
「ならほかにはなにが好き?」
「相棒」
「相棒は……まだちょっと早いかな。他は?」
「……ポケモン」
「うん。じゃあそれにしよう。何本か借りてくるよ」
それから一緒にお昼ごはんを食べて、十五分ほど散歩すると真広はもう戻らないといけない時間になった。
「じゃあ、夕方には戻るから」
真広はそう言うが小白は黙って俯くだけだった。
真広はなんとも言えない表情で仕事場に戻り、小白はまた一人になった。
小白はもう一度寝たが、寝過ぎたせいもあってすぐに目覚めた。寝転んだままうっすらと目を開けて狭い庭を見つめる。
「…………ねこはいくらでもねれるのに」
小白がしょんぼりしながらも寝られないでいると庭の木の陰でなにかが揺れた。
小白はすぐに体を起こし、そこを確かめる。すると揺れたのはねこの尻尾だった。急いで立ち上がると掃き出し窓をガラリと開ける。
そこにいたねこは赤かった。
「アン!」
小白が名前を呼ぶと赤い子ねこはニコリと笑った。
「よければコーデリアって呼んでくれる? 最近考えたんだけどお姫様みたいでしょ?」
「長いから呼ばん」
「そう……。まあいいわ。アンもステキな名前だから。Eが付けばだけど」
「なんでいるの?」
「散歩中。ここはコースなの。ほら。花壇のお花がきれいでしょう?」
アンは真広が世話をしている花壇に近寄り花の香りを嗅いだ。
「見た目もそうだけど、この甘い香りを嗅いでいるとお城にでも来たみたいだわ。知ってる? お城には庭があって、そこには見渡す限りお花が植えられているのよ」
「知らん」
「そう。でも今知れたわね。言葉ってステキよね。見たことなくてもそれを聞くと想像できるんだから」
アンはうっとりして踵を返す。
小白はつっかけに足を入れて庭に出た。そして手を見せる。
「まだ肉球がない」
「急がば回れよ。そんなに簡単じゃないわ。もっと強くなればそのうち手に入るから」
「そしたらうちはねこになれる?」
「ええ」
アンが頷くと小白は嬉しそうにした。
「いつなれる?」
アンは前足をぺろぺろ舐め始めた。
「いい? ねこってとても大変なの」
「それは知ってる」
「あなたが思う以上によ。特に野良猫は全部自分でしないといけないわ。獲物も捕らないといけないし、餌場も確保する必要があるし、寝床もいるわ。その全てを一人でできるようになって、初めて野良猫として生きていけるの」
「食べものとねるところ?」
「そう」
「それがあればねこになれる?」
「それだけじゃ足りないけど、最低限は必要だわ」
「わかった」
小白はこくんと頷いた。
「ほかには?」
「そうね。柔らかさもいるわ。狭い場所をくぐり抜けるしなやかさが。あとジャンプ力も必要ね。もちろん風のように早く走れないとダメよ」
「うん。練習する」
すんなりと受け入れる小白にアンは疑問を抱いた。
「ところで、あなたはねこになってどうするの?」
小白は可愛らしくはにかんだ。
「ひみつ」
「……そう」アンは少し残念そうにしたがすぐ笑顔になった。「まあいいわ。それもまた想像を巡らせるのにとても必要なことだから。なんにせよあなたがこの町に残ってくれて嬉しいわ。あそこに理想は残っていないから」
アンは微笑み、低い塀の上にぴょんとジャンプして登った。
「今から餌場に行くの。町にあるコンビニへ行くと店長が色々とくれるのよ。触られるけど、それだけ。とても良い人なの。あなたは?」
小白は行きたそうにしたが、真理恵の言葉を思い出して首を横に振った。
「うちは行かん」
「そう。まあ、気が向いたらまた言って」
「うん。一つ聞いていい?」
「なあに?」
「ねずみってどんな味?」
アンはふふっと笑った。
「ねこになれば分かるわ」
アンは「じゃあ」と言って向こう側に下りるとそのままいなくなった。
一人になった小白はふーっと息を吐き、辺りを見回した。そして帽子を取ってくるとそれをかぶって再び庭に出た。
「うちはねこになる」
小白はそう言うとアンに言われたようにトレーニングを始めた。跳んで、走って、柔らかくなるためにストレッチをする。
動くと疲れ、疲れるとまた家に戻って横になった。
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たったそれだけのことだが、なんだかねこになったみたいで嬉しかった。
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