42 / 67
42
しおりを挟む
真理恵が仕事から帰ってくると居間のローテーブルに小白の食事が残っていた。
いつもなら嫌いなもの以外は完食するはずなので真理恵は少し驚いた。
「具合でも悪いんですか?」
真理恵はテレビを小さな音で見る真広に尋ねる。真広は少し困っていた。
「そうだな……。その、なにか悩んでいるらしい。屋敷に連れて行った時はそうでもなかったんだけど、帰りは悲しそうだった。なにかあったのかもしれない」
「喧嘩とか?」
「それならまあ、いいんだが。必要だろう? そういうことも」
「そうですね。仲直りの方法を知らずに育つと大抵苦労しますから。お互い無視し合って、なにも伝えずに空気だけを悪くします。それもいい大人が」
真理恵はなにかを思い出して嘆息し、兄の作ったシチューを皿に盛った。
「その、なにか言われたんだろうか?」
真広は心配そうに聞いた。
「さあ。でもあの子はわがままなところがありますからね。衝突することもあるでしょう」
「なんだかつめたいな……」
「腹をくくれと言ったのは兄さんでしょう? 今更あたふたしないでください」
真広はばつが悪そうにした。
「それはまあ、そうだが……。いざ、こうやって問題にぶつかるとどうしたらいいか分からなくなる……」
「ああ。なるほど。兄さんの方が困ってるわけですね」
真理恵は少し呆れたが、気持ちはよく分かった。真広は図星を指されて肩身が狭そうだ。
「母さんの時もそうだったが、不機嫌はなだめればいいけど落ち込まれるとどう振る舞うべきか分からない。そばにいるべきなのか、見守るべきなのか」
「そうですね。人によってどうされたいかは違うでしょうし」
「それで? どうしたらいい?」
「分かりませんよ。そんなこと」
真理恵は眉をひそめてシチューを食べた。真広は不安そうになる。
「分からないって……」
「だってそうでしょう? 私達はなにも知らないんですから。何一つ経験がないんですよ?兄さんはそれを分かっていてああ言ったんでしょう?」
「……それは……そうだけど…………」
真広は溜息をついて続けた。
「……なにか力になってあげたい」
真理恵はそれに同意した。
「ええ。そうですね」
真理恵は食事中にスプーンを置くと立ち上がった。
「分かりました。少し話を聞いてきます」
真広は安堵して頷いた。
「それがいい」
真理恵はゆっくりと母の部屋に向かい、ふすまを開けた。中は薄暗く、切り取られた居間の明かりがこんもりと膨らんだ布団を照らしていた。
真広が後ろから見守る中、真理恵は布団の横で正座すると少し緊張しながら尋ねる。
「どうかしたの?」
返事はなかった。小白は身動き一つ取らない。真理恵はもう一度話しかける。
「シチューが冷めちゃうわよ」
そう言うと少し間を置いてから布団がもぞもぞと動き出し、ぼそりと声がした。
「…………………………わからん」
「分からない? なにが?」
真理恵は不思議そうにした。するとまた小さな声が聞こえる。
「…………色々と」
「そう。悩んでいるわけね。色々と。大人と一緒ね」
真理恵が溜息をつくとまた布団が動き、可愛らしい耳と共に小白が出てきた。ねこが座るように胸の下に手を置き、真理恵を見上げる。
「……マリエも分からんの?」
真理恵は微笑しながら頷いた。
「そうですね……。色々と分からなくなる時はあるわ。どうにもならないことも多いし」
「……じゃあ、うちはどうすればいい?」
「そうね……。どうすればいいのかしら……」
真理恵は答えに少し悩んだ。そしてゆっくりと口を開く。
「伝えないといけないんでしょうね。自分がどう思っているか。その相手に」
「伝える……」
小白の目が少し大きくなると真理恵はどこか安心しつつも自分の言っていることの難しさに気付いた。小白の瞳に映る真理恵はほんの微かに目を逸らす。
「ええ。多分だけど」
そう言って真理恵は今日あった出来事を思い出した。真理恵はやるせない気持ちになりながらも自分がすべきことは今言ったことなのだと理解する。
すると小白はゆっくりと布団から出てきた。正座する真理恵と目線が合う。
「まだわからん。でもちょっとはわかったかも」
小白がそう言うとお腹が鳴った。
「そう。それはよかった」真理恵は笑った。「じゃあ晩ごはんを食べましょうか」
「たべる」
小白はお腹が減っていたらしく、居間に向かった。
真理恵をその後ろをついていくと真広が既にシチューを用意していた。
妹に呆れられ、兄はぎこちなく口を開いた。
「その、すぐ食べたいだろうと思って。はい。どうぞ」
それから真理恵と小白はシチューを食べ、真広はそれを眺めた。
兄妹は安堵していたが、結局小白がなにを悩んでいたのかは分からないままだった。
いつもなら嫌いなもの以外は完食するはずなので真理恵は少し驚いた。
「具合でも悪いんですか?」
真理恵はテレビを小さな音で見る真広に尋ねる。真広は少し困っていた。
「そうだな……。その、なにか悩んでいるらしい。屋敷に連れて行った時はそうでもなかったんだけど、帰りは悲しそうだった。なにかあったのかもしれない」
「喧嘩とか?」
「それならまあ、いいんだが。必要だろう? そういうことも」
「そうですね。仲直りの方法を知らずに育つと大抵苦労しますから。お互い無視し合って、なにも伝えずに空気だけを悪くします。それもいい大人が」
真理恵はなにかを思い出して嘆息し、兄の作ったシチューを皿に盛った。
「その、なにか言われたんだろうか?」
真広は心配そうに聞いた。
「さあ。でもあの子はわがままなところがありますからね。衝突することもあるでしょう」
「なんだかつめたいな……」
「腹をくくれと言ったのは兄さんでしょう? 今更あたふたしないでください」
真広はばつが悪そうにした。
「それはまあ、そうだが……。いざ、こうやって問題にぶつかるとどうしたらいいか分からなくなる……」
「ああ。なるほど。兄さんの方が困ってるわけですね」
真理恵は少し呆れたが、気持ちはよく分かった。真広は図星を指されて肩身が狭そうだ。
「母さんの時もそうだったが、不機嫌はなだめればいいけど落ち込まれるとどう振る舞うべきか分からない。そばにいるべきなのか、見守るべきなのか」
「そうですね。人によってどうされたいかは違うでしょうし」
「それで? どうしたらいい?」
「分かりませんよ。そんなこと」
真理恵は眉をひそめてシチューを食べた。真広は不安そうになる。
「分からないって……」
「だってそうでしょう? 私達はなにも知らないんですから。何一つ経験がないんですよ?兄さんはそれを分かっていてああ言ったんでしょう?」
「……それは……そうだけど…………」
真広は溜息をついて続けた。
「……なにか力になってあげたい」
真理恵はそれに同意した。
「ええ。そうですね」
真理恵は食事中にスプーンを置くと立ち上がった。
「分かりました。少し話を聞いてきます」
真広は安堵して頷いた。
「それがいい」
真理恵はゆっくりと母の部屋に向かい、ふすまを開けた。中は薄暗く、切り取られた居間の明かりがこんもりと膨らんだ布団を照らしていた。
真広が後ろから見守る中、真理恵は布団の横で正座すると少し緊張しながら尋ねる。
「どうかしたの?」
返事はなかった。小白は身動き一つ取らない。真理恵はもう一度話しかける。
「シチューが冷めちゃうわよ」
そう言うと少し間を置いてから布団がもぞもぞと動き出し、ぼそりと声がした。
「…………………………わからん」
「分からない? なにが?」
真理恵は不思議そうにした。するとまた小さな声が聞こえる。
「…………色々と」
「そう。悩んでいるわけね。色々と。大人と一緒ね」
真理恵が溜息をつくとまた布団が動き、可愛らしい耳と共に小白が出てきた。ねこが座るように胸の下に手を置き、真理恵を見上げる。
「……マリエも分からんの?」
真理恵は微笑しながら頷いた。
「そうですね……。色々と分からなくなる時はあるわ。どうにもならないことも多いし」
「……じゃあ、うちはどうすればいい?」
「そうね……。どうすればいいのかしら……」
真理恵は答えに少し悩んだ。そしてゆっくりと口を開く。
「伝えないといけないんでしょうね。自分がどう思っているか。その相手に」
「伝える……」
小白の目が少し大きくなると真理恵はどこか安心しつつも自分の言っていることの難しさに気付いた。小白の瞳に映る真理恵はほんの微かに目を逸らす。
「ええ。多分だけど」
そう言って真理恵は今日あった出来事を思い出した。真理恵はやるせない気持ちになりながらも自分がすべきことは今言ったことなのだと理解する。
すると小白はゆっくりと布団から出てきた。正座する真理恵と目線が合う。
「まだわからん。でもちょっとはわかったかも」
小白がそう言うとお腹が鳴った。
「そう。それはよかった」真理恵は笑った。「じゃあ晩ごはんを食べましょうか」
「たべる」
小白はお腹が減っていたらしく、居間に向かった。
真理恵をその後ろをついていくと真広が既にシチューを用意していた。
妹に呆れられ、兄はぎこちなく口を開いた。
「その、すぐ食べたいだろうと思って。はい。どうぞ」
それから真理恵と小白はシチューを食べ、真広はそれを眺めた。
兄妹は安堵していたが、結局小白がなにを悩んでいたのかは分からないままだった。
1
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる