路地裏のアン

ねこしゃけ日和

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 病院からの帰り道。
 パラパラと雨が降り始め、アスファルトの地面は色を濃くしていった。
 真広が車を運転しながら高野と話したことを伝えると真理恵は小さく嘆息した。
「…………その、私にはなんて言ったらいいか……」
「そうだな……」
 真広も真理恵と同じ気持ちだった。
 ただ隣に住んでいた。そんな偶然から小白を預かり、そして託した。
 それができる高野もまた優しい人間なのだろう。
 だが不器用すぎた。もっと別の形で助けを求められたらきっと結末は変わっていただろう。おそらく誰にも言えず、一人で小白を育ててきた。なにをしたらいいかも分からず、手探りで。
 それがどれだけ大変か、今の二人にはよく分かっていた。
 赤信号で車を止めると真広はワイパーが水滴を払い続けるのを見つめた。
「もちろんこうすればよかったというのはあるんだろう。ただ、あの人なりに精一杯やったことだ。僕らにできることはそれを受け止めることだけだと思う」
「……ええ。そうですね。でも」真理恵は大きく息を吐いた。「あの子があまりに不憫で……」
 真理恵は小白のことを考えていた。
 実の親を失い、育ての親も失いかけている。それでも寂しがるそぶりも見せない。
 本当なら親に甘えたい年頃だろう。子供なら尚更傷つきやすいはずだ。
 なのに小白は一人で強く生きていた。
 真広も真理恵も普通の家庭では育ってきていないし、自分達が恵まれていると思ったことはない。
 ないが、家族はいた。
「大丈夫だ」真広は言った。「これからは僕らがいる」
 真理恵は涙ぐみながら頷いた。
「ええ……。そうですね……」
 真理恵は大きく息を吸い、そして胸に手を当ててなんとも言えない表情を浮かべる。
「なんだか急に怖くなってきました……。私に伯父さんほどの覚悟があるかと言うと……」
「そうだな……。僕もだよ……。だけど、やるしかない。僕らのためじゃなく、あの子のために」
「ええ……。本当に……」
 真理恵は頷きながらもまだ不安は晴れていなかった。
 小白になんて声をかけてあげるべきか。そんなことばかり考えていた。二人を乗せた車は国道をひたすらまっすぐと戻り、しばらくすると右折した。
 坂を登っていくと雨は更に強くなり、ワイパーが忙しく動く。
 沈黙が流れる中、二人は小白になんて言おうか考えていた。なんて言ってあげたらいいのか悩んでいた。
 だがなにを言っても小白に気を遣わせてしまう気がして、口に出せないまま時間だけが経った。
 家に戻った二人は駐車場に車を駐めて急いで下りた。
 庭の隣の駐車場には屋根がないため、二人の方が微かに濡れる。
 バックから鍵を取りだして鍵穴に刺した真理恵は不思議がった。
「あら。ちゃんと閉めたはずなんですけど」
 家の鍵は開いたままになっていた。それを聞いて真広が不安がり、兄の顔を見て真理恵もまさかと考えた。
 慌てて玄関に入り、靴を脱いだ二人はリビングに向かった。だが誰もいない。隣にある母親の部屋にもだ。
 二人は青ざめて家中を探した。開けられるドアは全て開け、中を確認する。
 だが小白の姿はどこにもなかった。
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