路地裏のアン

ねこしゃけ日和

文字の大きさ
53 / 67

53

しおりを挟む
 病院の窓から空を見つめながら高野は深く溜息をついた。
「お前らに出会ったのはそんな時だった。本当は葬儀になんていかないつもりだったんだよ。姉さんはわがままで、いつも俺のことを見下してたからな。だけど最後くらい顔を出すことにした。小白の母親の時は葬儀にすら出られなかったからな。一応肉親だ。ないと思うけど、後悔したくなかった。でも行ってよかったよ。お前らに会えたからな」
 真理恵は不思議がった。
「……その、どうしてわたし達なんです?」
 高野はフッと笑った。
「あの姉さんのワガママに最後まで付き合ったんだ。優しくないとできない。あの子にはちゃんとした人の優しさを感じながら育って欲しかった。少なくともあの子の母親ならそうしたはずだ」
 高野は俯いて「……俺にはできない」と寂しそうに呟いた。
 真広と真理恵は複雑そうな笑みを浮かべて互いに顔を見合わせた。なんであれ結局二人は高野の思う通りに動いていた。あるいはそれ以上かもしれない。
 それが嬉しいような悔しいような気がして、なんだか変な気持ちになる。
 すると高野はゴホゴホと咳をしだした。無理して話しすぎたからだが、それでも話さなければいけないことだった。
 真理恵は心配して「看護婦さんを呼んできます」と言って病室を出た。
 残った真広は静かに伯父を見つめた。そして自分が甘かったことを知る。
 真広は自分の方が小白を幸せにできると思ってここに来た。だが実際伯父ほどの覚悟があるのかと聞かれれば今はまだ首を縦には振れない。
 おそらく高野は病気のせいで仕事をクビになったのだろう。それでも小白を育てるために日雇いに出てなんとか暮らしていた。
 非正規の真広もいつそうなるか分からないので気持ちはよく分かった。不安だから体を動かし、そのせいで益々壊れていく。その悪循環から逃れられない。
 だけどそれは一人ならだ。誰かが協力すればもっと楽になれる。
 残酷な事実だが、問題は誰も助けてくれないとことより、助けを求めることが下手なことにある。
 真広もまた誰かを頼るということが下手な男なので高野のつらさは理解できた。
 だからこそ、自分がなにをすべきなのかもよく分かっている。
「小白を養子にしようと思っています」
 それを聞いて高野は目を見開いて真広を見た。そして安心したようにその瞳を閉じた。
「…………そうか」
「そうです」
「よかった」
 高野は溜め込んでいた不安を吐き出すように深く息を吐いた。
 バトンは渡され、今度は真広が不安になる。
「……もちろん、あの子次第ですけど」
 高野は微笑んだ。
「大丈夫だ。あれは強い」
 それは小白のことを信じているから出る言葉だった。
 真広もその通りだと思う。小白には一人で生きていけるだけの力がある。あんなに小さいのにしっかりとした軸があった。大人にだってそれはない者が多い。
「……今度連れて来ます。お見舞いに」
「いや、いい」
「でも」
「もう、別れは済ました」
「え?」
 驚く真広はテーブルの上にテレフォンカードが置いてあるのに気付いた。カードには既に穴が空いていた。
 高野はまた窓の外を見つめた。先ほどまでの天気がウソのように青空を分厚い雲が覆っていく。明るかった景色がどんどん暗くなっていった。
「……さっき、お前らが来る前に電話したんだ。そこで言っておいた。これからはお前らと暮らすようにって。俺はまた一人に戻る。一人で生きて、一人で死んでいく。そんな人間がこれから幸せになる奴の足を引っ張るわけにはいかない」
 高野はこれから起こる全ての出来事を受けて入れているようだった。
 その覚悟に真広は思わず黙り込む。
 看護婦が来る前、高野は最後に言った。
「あとは頼んだ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...