路地裏のアン

ねこしゃけ日和

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 一年後、瑠璃は死んだ。
 高野が会ってから三週間後には弱った体に鞭を打って働き出したが、それも半年ほどしか保たなかった。
 流行病のせいで入院した瑠璃に小白と高野は一度も面会できなかった。
 瑠璃は実家から勘当されており、葬儀には誰も来なかった。
 一番可哀想なのは高野に預けられていた小白だ。小白はまだなにも理解できていないようだった。
 母親はどこかに行ったまま帰ってこない。だけどそれは一時的で、いつかは帰ってくると思っている。
 葬儀のあとも小白はひたすら瑠璃が帰ってくるのを待ち続けた。
 そんな小白に高野はなにも言えないでいる。高野自身未だに現実を受け入れられていない。言ってしまうと自分も受け入れないといけない。それが怖かった。
「ねえ。おかあさんどこにいったの? いつかえってくるの?」
 小白にそう聞かれ、高野は泣きそうになるのを我慢しながらこう答えた。
「……あの人はねこになったんだ。……ねこになってふるさとの島にいる」
「じゃあ、うちはいつそこにいけるの?」
「…………大人になったら行けるよ。もっともっと、大人になったら」
 小白は団地の窓からどこまでも広がる空を見つめた。
「ふうん。じゃあ、うちもはやくねこにならないと」
 そう言って小白は自分の耳に触れ、高野に笑いかけた。
「うちもおかあさんとおなじみみだから、なれるでしょ?」
 高野はつらさを隠しながら微笑み、頷いた。
「……うん。なれるよ」
 高野は小白の頭を撫でた時、理解した。
 今まで高野はずっと一人で生きてきた。
 誰かに助けられることもなかったが、誰かに頼られることもない人生だった。
 そんな高野を初めて頼ってきたのが小白だった。
 高野は二人を助けている時だけ自分が生きていることを感じられる気がした。
 逆に言えば今までの高野は死んだような生活を送っていた。生きてみて初めて死が分かる。あの孤独が恐ろしかった。
 助けて欲しかったのは俺だった。
 それにようやく気付けた。
 今度は自分の番だ。
 高野は強くそう思い、小白を育てるため、必死に働いた。
 慣れない家事や料理をしながら小白の面倒を見る。
 瑠璃の分まで自分が頑張らないといけない。少しでも恩返しをしないといけない。
 そう思いつつできる限り努力した。
 だが高野の体もまた限界が来ていた。これまでの不摂生が溜まり、思うように体が動かなくなる。
 そして一年後。小白が五歳になった時、吐血で汚れた自分の手を見て高野は悟った。
 小白を誰かに託さないといけない。
 今まで高野は自分が生まれてきた意味など何一つ分からなかった。不幸で不平等なこの世界に自分の居場所などないように思える。
 だが今は違った。
 偶然の出会いが高野に自分がなぜ生まれてきたかを伝えた。
 小白を無事に育てる。それができれば高野はどうなってもよかった。
 そう思えるほどの誰かに出会えた。それだけで幸せだった。
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