魔法使いが死んだ夜

ねこしゃけ日和

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王は立ち上がり、朗らかに笑う。

「いやあ。お久しぶりです。ミスシャロン。相変わらず可愛らしい。お疲れでしょうしもう少しゆっくりされたらいいのに」

「その隙に逃げるつもりだったわけね。そんなことしたらこの部屋ごと吹き飛ばしてやっていたのに」

「それはご勘弁を。ここには貴重な美術品も多いので」

「絵だの壺だのを守りたいならあなたが盾になることね」

 王は肩をすくめた。

「僕にはもう立場というものがあるんです。配下の前で少女に罵倒されるわけにはいかないんですよ」

「だったら呼ばなければいいじゃない」

「そうもいかないから困っているんです」

 誰の前でも余裕を失わない王がこんな年端のいかない少女に押されていた。こんな話を誰にしても信じてはもらえないだろう。

 あの王がこれほどへりくだった態度を取るなんてこの子は一体何者なんだ?

 シャロンは私に帽子と杖を渡すと近くにあったソファーに腰掛けた。帽子も杖も触ってみると年季が入っている。

 ドアからメイドが入ってきてシャロンの前のテーブルに紅茶を置いた。シャロンはカップとソーサーを持ち上げると紅茶を見つめ、香りを嗅ぎ、そして一口飲む。

「良い茶葉ね」

「お口に合ってよかった。僕が用意できる最高級のものですから」

 王は明らかにホッとしていた。この様子だと部屋を吹き飛ばすというのも冗談ではなく、現実に可能なんだろう。それほどまでの魔法使いを私は見たことも聞いたこともないが。

 シャロンはカップをテーブルに置くと王に尋ねた。

「で? わざわざわたしを呼んだ理由は?」

「お伝えした通り事件が起きたんです」

「その内容を聞いているの。あなたの部下には人が死んだとしか言われてないわ」

「その死んだ人物が問題なんです」

「へえ。誰かしら?」

「あなたも聞いたことがあるはずです。奇術師シモン・マグヌスの名は」

 その名を聞いてシャロンは小さく目を見開いた。私は知らない名だが、魔法使いの中では有名らしい。

「シモン……」とシャロンは神妙な面持ちで呟いた。「名前は聞いたことがあるわ。確か魔術と工学を融合させた第一人者だったわね。だけどここしばらくは表に出てこなかったはずだけど?」

「僕が部下に命じて見つけ出したんです。そして呼んだ」

「ああ。魔法を国策に取り入れるとかいうあれのことね。わたしは断ったけど」

 王は頷き、「あなたが来ていてくれればこうはならなかったでしょう」と苦笑した。

「いやよ。わたしには関係のないことだもの。そう。でも死んだのは残念だわ。一度会ってみたかったから。わたしとはベクトルが違ったけど、彼もまた求道者だったと聞いているわ。でもよく来てくれたわね。ほとんど外に出ない変わり者だと聞いたけど」

「それだけ魅力的な話だったというわけですよ。魔法工学にはカネがかかりますし、田舎にこもるのにも飽きたんでしょう」

「で、来てみたら殺されたってわけね。ご愁傷様。わたしも怖くなってきてわ」

 皮肉めいた笑みを浮かべるシャロンに王は苦笑いした。

「ご冗談を」

「なるほどね。魔法使いが殺されたけど方法が分からない。だから魔法に精通し、その上信頼できる人物が必要になったからわたしを呼んだ。大方ママにでも泣きついたわけね」

「残念ながらその通りです。前女王はあなたならと仰ってましたよ」

「アンナもアンナね。わたしを信用するなんて耄碌したんじゃないの?」

 シャロンは面白そうに笑い、王はやれやれとかぶりを振った。

「いいわ。受けてあげる」とシャロンは承諾した。「旧友の頼みを無碍にはできないわ」

「それはありがたい。必要なものはなんでも言ってください。すぐに用意させます。それとですね……」

 王は私の時とは違い少し言いにくそうにした。

「その、できれば三日以内に事件を解いてもらいたいんですが……」

「ふうん。なるほど。王であるあなたがそう言うのであるなら政治が絡んでいるわけね。国内のことならどうにでもなるでしょうし、外交あたりかしら?」

 王は尋ねられ、困った笑顔を浮かべる。

「……その通りです」

「くだらないわね」

「そう言わず」

「まあいいわ。ここに来た目的もあるし、できるだけ早く終わらせるつもりよ。長くいても飽きるだけだから」

 王は「心強い」と安堵した。

「ただし、一つ条件があるわ。わたしが事件を解いたらなにか一つをもらっていく。当然よね。わたしの貴重な時間を奪うのだから」

 王は背後にある美術コレクションをちらりと見て、諦めるように息を吐いた。

「……ええ。もちろん」

「言ったわね。生憎わたしは遠慮なんてしないわよ。王家の秘宝だろうがなんだろうがもらうと言ったら奪ってでも取っていくから」

 シャロンがニコリと笑うと王も私もギクリとした。

「お手柔らかに頼みますよ」

 王は大きく溜息をつき、指を鳴らした。すると入り口から見知った顔が入ってきた。

「詳しいことはこちらの者が説明します」

「よろしくお願いします」

 そう言ってお辞儀をしたのは私と同じ士官学校で同期だったローレンス・リードだ。

 金色の髪に優しい目をした彼は整った顔やその忠実な性格から女性士官からの人気も高かった。たしか士官学校を出てからは王室が管理する施設の警護を担当していたはずだ。制服も私の着ているカーキ色の軍服とは違い、護衛部隊の紺色だった。

 シャロンはローレンスを見て楽しそうに笑った。

「あら。良い男じゃない」

「恐縮です」

 ローレンスは会釈し、それから私の方を向いた。

「久しぶりだな」

「ああ。お前がいれば心強いよ」

「だといいが」

 ローレンスは小さく嘆息した。それもそのはずだ。彼でも解決できないからシャロンが呼ばれたのだから。そのこと自体は不本意だろう。彼は優秀で士官学校では常にトップを争っていた。将来を約束されたはずだがトラブルに巻き込まれて困っているという顔だ。

 王は「あとは任せたよ」と言ってひらひらと手を振って奥の部屋へと消えていった。どうやらよっぽどシャロンが苦手らしい。

 王がいなくなるとローレンスが右手の手のひらを入り口に向けた。

「では詳しい話はあちらの部屋で」
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