魔法使いが死んだ夜

ねこしゃけ日和

文字の大きさ
47 / 60

47

しおりを挟む
 車はホテルで借りられた。

 軍の車と違い悪路は走れないが静かで綺麗なこともありシャロンは気に入ってくれた。

 事前に連絡を取っていた新しい城に行くと一室を貸してくれた。比べるのはよくないがやはりこちらの方が設備が新しく部屋も広い。王に会わずに済んで私はホッとした。

 レイブンという金髪碧眼で無表情の美男子が色々と説明してくれた。

「電話はこちらをご使用ください。王家の番号からかけていますからどこに繋げてもスムーズに話はできるはずです。ルイス少佐の情報については今提出するように命じています」

「話が早いわね。あなたみたい子は好きよ」

「ありがとうございます」

 レイブンはやはり無表情でお礼を言った。

「では、他に御用があればなんなりと」

 レイブンはそう言うと部屋から出て行った。

 彼が退室する時に目が合ったが歓迎はされてなさそうだ。今更こんなことをしてどうなるのだと言いたいのだろう。私も同感だ。

 シャロンは椅子に座ったままデルビル磁石式の卓上電話を見つめていた。そしてほんのりと頬を赤くして私に振り向く。

「使い方が分からないわ」

 たしかに田舎ではこういう電話はまだ普及してないだろう。

「私がかけましょう」

 私は腰を上げてシャロンの隣に座った。

 ハンドルを回して発電し、交換手を呼び出す。

「はい。どちらにお繋ぎしますか?」

「グラスゴートの駐在所に」

「かしこまりました」

 しばらくすると電話が繋がった。緊張した中年男のしゃがれた声が聞こえてくる。

「ええ、こちらダグラス二等兵であります。どういったご用件でしょうか?」

「こちらにいるご婦人が二、三聞きたいことがあるのだが」

「へえ。自分に答えられることがあればなんなりと」

「では代わる」

 私はシャロンに受話器を渡した。シャロンは珍しく緊張しながらそろりと受け取った。

「……もしもし?」

 私は受話器に耳を近づけると小さいが声が聞こえた。

「へえ。伺いたいことっていうのはなんでしょう?」

「そちらに有名な魔法使いがいると聞いたのだけど」

「魔法使い? ってえと『奇術師』の野郎ですか?」

「それがシモン・マグヌスを指すならそうよ」

「ああ。へえ。おります。いや、そう思います」

「思います?」

「ここ数年は会ってません。なんでも重要な研究があるから訪ねてくれるなと周囲の者には言っておりました」

「最後に会ったのは?」

「五年は昔でしょうなあ」

「そう」

「ですが業者は出入りしました。BBの奴いつもぼやいてましたよ。森の奥まで行ってるのにろくにチップもよこさないからイヤになると」

「それは最近も?」

「へえ。二週間ほど前にも来てました。大体月に一度くらい。食料と魔法の研究に使うという石やら草やらを運んでました」

「どんなものを運んでいたかは分かるかしら?」

「さあ? ……ああでも、一つは覚えてます」

「それは?」

「レトワトとか言ってましたかねえ。最近見た時には箱一杯持っていってましたよ」

 レトワト? どこかで聞いたことがあるような……。

 シャロンは静かに目を細めた。

「それはなにに使うと?」

「大事な実験に使っているそうですよ。よく使うから月に一度は持って行ってました。あとはパンとかそういう森では採れない食べ物が多かったですね」

「そう。他に訪ねてくる人はいなかったの? 家族とか」

「どうでしょうなあ。家族がいたなんて話は聞いたことがありません。かなり偏屈なじいさんでしたから。魔法の研究が人生の全てという奴ですよ。もしあれでしたら呼んできましょうか?」

 どうやらこの男はシモン・マグヌスが王に呼ばれたということを知らないらしい。おそらく秘密裏に連れてこられたんだろう。

「結構よ。話が聞きたかっただけだから。じゃあ最初の男に代わるわ」

 シャロンはそう言うと私に受話器を渡した。

 私は「この話はなるべく他言無用で」と言っておいた。するとダグラス二等兵は小さく笑った。

「こんな片田舎に王様の関係者が連絡してきたなんて言っても誰も信じませんよ」

 だろうな。それほどこれは例外だった。しかも電話の声は明らかに少女のものだ。

 電話を切るとシャロンは黙り込んでいた。

 なにか分かったのか。それともなにも分からなかったのか。できれば前者であってほしいが、少なくとも私にはなにも分からなかった。

 するとそこに先ほどいたレイブンという従者がやってきた。手にはメモを持っている。

「ルイス少佐について今分かっていることをこちらにまとめておきました」

「そう。ありがとう」

 シャロンがお礼を言ってメモを受け取るとレイブンは一礼して静かに出て行った。

 シャロンは私にメモを渡した。

「読み上げて」

「え? あ、はい」

 私はメモを受け取り、綺麗な字を読み上げた。

「ええと。ルイス少佐が指揮を執っていた部隊によると少佐は事前になんらかの情報を得て喜んでいたそうです」

「どんな情報?」

「そこまでは分からないと……」

「そう。続けて」

「準備があるからと言って予定より随分早く部隊から離れています。部下からの情報によると魔法をかなり毛嫌いしていて、魔法使いが軍に関わることを嫌っていたそうです。日頃から魔法使いを排除するためにはどうしたらいいかと聞いてきたと書いています」

 私が恐る恐るシャロンを見た。怒っているかと思いきや、想定通りという顔をしている。

「でしょうね。でなればこんなことにはならなかったでしょうから。他には?」

「魔法を排除して発展したゴリガリを高く評価していたみたいです。我が国も見習わなければと。おそらく逃げたとしたら南でしょうね」

「そう。見つかるといいわね」

「どうでしょう……。ただイガヌよりは距離があるのでまだ国内にいる可能性はあります。ほとんどないでしょうが……」

「その人に会うのが一番手っ取り早いわ。見つかることはないでしょうけど」

 シャロンもその辺りは分かっているらしく、ほとんど期待はしていないようだ。

「ここに書かれているのは以上です」

「そう。それはあなたが持っておいて」

「はあ……」

 私はメモをポケットに入れた。だがシャロンはまだ動きそうにない。

 他にもやることがあるのだろうか? もうなにもないように思えるが……。

 なんとも空気が重い。そんな中、シャロンは私をチラリと見てからこう告げた。

「悪いけど席を外してくれるかしら?」

「え? えっと、紅茶でも持ってこさせますか?」

「あとでね。とりあえず一人になりたいの」

「はあ……」

 私はよく分からないまま部屋から出ようとした。すると背中越しにシャロンが尋ねる。

「ねえ。最初にこのハンドルを回せばいいのよね?」

「え? ああ……。そうです」

「分かったわ。二十分後に紅茶を持ってきて」

「……分かりました」

 一体どこにかけるつもりなのだろうか・

 私は気になったが、なにも聞かずに部屋から出た。そしてすぐ近くで待っていたレイブンに告げた。

「紅茶の用意をしたいのですが……」

 レイブンは静かに私を見つめたあと、シャロンのいる部屋を一瞥し、踵を返した。

「こっちだ」

 私は言われるがままレイブンのあとについていった。

 部屋の中でシャロンがなにをしているか気になったが、それよりも寂しさを感じて戸惑っている。

 事件を解きさえすればいいと思っていたが、どうやらそれだけじゃ満足できなさそうだ。

 すると前を歩くレイブンが舌打ちし、聞こえるかどうか分からない声でこう言った。

「魔女め……」

 どうやら魔法使いを嫌っている者はどこにでもいるらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...