魔法使いが死んだ夜

ねこしゃけ日和

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 誰もが沈黙を守る中、王が手を叩き始めた。その音は徐々に大きくなり、拍手になった。

「すばらしい」

 意外にも王はそう言った。客を殺され、軍の佐官まで殺されたというのにこの人はそれをすばらしいと呼んだ。

「ローレンス。君は本当の愛国者だ。余も魔法反対派には困っていたんだよ。でもその問題も君のおかげでどうにかなりそうだ。イガヌのスパイも手に入れた。彼を使えば我々が強大な力を手に入れたとイガヌに信じさせるのは容易だ。うん。いや実にすばらしい」

 狂っている。この人もまた目的のためには手段を選ばないお方だ。

 王は思い出し、笑ってシャロンに尋ねた。

「あ。そうだ。それで設計図は完成していたんですか? それとも未完成?」

「さあ。どうだったかしら」

 シャロンは分かりやすく惚けた。

 王は肩をすくめる。

「まあいいです。あってもなくても使えることには変わりないんですから。よし。戒厳令をしこう。このことは他言無用だ。ここにいる全ての人間に対して命ずるよ。喋るな。喋ればどうなるか? それを余の口から言わせないでくれ」

 ここにいる全ての人間は恐ろしさに身をすくめた。ただし、シャロン以外は。

「そう言われると言いたくなるんだけど」

 王は苦笑した。

「勘弁してください。そうしないとこちらが強力な兵器を持っていると他国に思わせられないじゃないですか。でもまあ、あなたはどこにも属していないわけですし、誰かに話したところで信じてくれないでしょう。大体話す相手がいるんですか?」

「失礼ね。うちには可愛い黒猫がいるのよ」

「では王として許可しましょう。その猫ちゃんにならいくらでも話してください」

 王は呆れていたが、シャロンにだけは困っていた。

 どんな人間であってもシャロンは御せない。不老不死の魔法使いに脅しは無意味だ。

 軍人達は受け入れていたが、魔法使い達の反応は違う。サイラスが恐る恐る手を挙げた。

「あ、あの~。陛下。発言してもよろしいでしょうか?」

「いいよー」

「えっと、俺達は帰れたりするんですかね?」

「するわけないじゃーん。当然監視下に置かしてもらうよ。でも安心して。君らの発明は採用するし、援助もする。会社とも連絡を取らしてあげるよ。家族とだって見張り付きなら会えるから。なあに、情報の価値がある間だけだよ。そうだな。最低でも三年くらいは覚悟しておいて」

「三年……」

「ただし」王は鋭い目でロバートを見た。「彼が我々に協力するならだけど」

 ロバートはゴクリとつばを飲んだ。

「……拒否すれば?」

「殺す。なーんて言っても君には大した脅しにならないでしょ? スパイになった時点である程度の覚悟はしているはずだしね。だからそうだな。拒否すれば今後十年は東北への予算を減らす。でも協力すれば積極的にインフラ整備をしてあげよう。どう? いい線いってない?」

 地域を憂うロバートにとって、それはあまりに無慈悲な脅迫だった。

 ロバートは青ざめ、観念するように目を瞑った。

「協力します……。ですのでどうか……」

「分かってるって。君の自白剤はすばらしいからね。君の仲間で効果を確認次第、研究や量産のための予算がおりるように手配するよ。余ってさ。そういうところはちゃんとしてるから。でも裏切ったら、分かるね?」

「…………分かっています」

 ロバートは冷や汗を流しながら頷いた。人質を取られた以上、こうするしかないだろう。

 他の魔法使い達も反論はしない。すればどうなるかは火を見るより明らかだ。

 その中でシャロンだけが平然としていた。

「終わったようならわたしは帰るわよ」

「どうぞどうぞ。もちろんいてもらってもいいですけど」

「いやよ。もう城には飽きたわ。どこもかしこも広くて疲れるし。あとアンナには言っておいてちょうだい。望むのなら息子を使わず自分で来なさいと」

「……しかと伝えます」

 王は気まずそうに笑った。

 シャロンは護衛の者達に連れて行かれるローレンスの背中を見つめた。

「彼をどうする気なの?」

「二人も殺してるんです。普通なら銃殺刑でしょうね」

「……そう」

「ですが僕は使える人材が好きだ。国の為に躊躇なく人を殺せる者は貴重です。安心してください。またいつか会えますよ」

「……いっそ殺してあげた方がいいのかもね」

 シャロンは寂しそうにローレンスを見つめ、そう呟いた。

「でないとあの呪いは解けないわ」

 呪いか……。そうなのかもしれない。行き過ぎた愛国心は人の心を機械にしてしまう。

 私はそう感じながら扉の向こうへと消えていくローレンスを見つめていた。

 扉が閉まる前、ローレンスは振り向き、私と目が合った。

 最後に私が見た彼の顔は重荷を下ろし、安堵した微笑だった。

 扉が閉まると私はとても大切なものを失った気がした。

 戦場で仲間が死んだのを聞いたのと同じ気持ちだった。

 喪失感がじわじわと全身に広がる中、電話が鳴る音が会場に鳴り響いた。音の鳴る方を見るとレイブンが電話機を持ってシャロンの前に立っていた。

「お電話です」

「ありがとう」

 シャロンは礼を言って受話器を取った。そして「そう。分かったわ。わざわざどうも」と返事をして電話を切る。

 なんの電話なのか。その疑問に答えるようにシャロンは告げた。

「たった今、本物のシモン・マグヌスが死体で見つかったわ。どうやら彼は随分前に病気で死んでいたみたいよ」

 辺りを再び静寂が包む。

 今夜、奇術師と呼ばれたシモン・マグヌスは正式にその死を迎えた。皮肉にもその二つ名にふさわしい特別奇妙な事件と共に。
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