シャックス 名家落ちこぼれの少年は未踏大陸踏破を目指す

透けてるブランディシュカ

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第1章 クロニカ編

05 もう二度と戻らない穏やかな日々

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 その日の夜。
 風呂から上がったシャックスは、使用人の女性からお守りをもらった。

 その女性の名前はカーラという。
 茶髪に、薄黄色の瞳をした、ありふれた顔付の中年女性だ。

 カーラは長年クロニカ家に仕えてきた女性の一人だ。

 シャックスやニーナ、フォウにも優しいが、アンナやフォウにも慈愛に満ちた眼差しを向ける。

 元からそういった性格らしく、彼女は虫も殺せないような慈愛の深い人間であった。

 ワンドが頭首を務めるこのクロニカ家に仕えているならば、彼女も何かしらの面で優秀であるという事だ。
 
 しかしシャックスにはどの面が優秀なのか分からなかった。

 転生しているとは言え、シャックスの前世ゴロの記憶は虫くいだらけであり、完全ではない。
 足りない知識が山ほどあった。
 加えて、シャックス自身の精神年齢は見た目相応だったから、前世が英雄であっても、分からない事はあった。

 シャックスはカーラにタオルで頭を拭いてもらいながら、他の使用人にも服を着替えさせてもらう。

 使用人の手が空いていない時は自分でやるが、使用人がいる時はやってもらっていた。

 それは母レーナの方針だ。

「自分で出来る事は、自分でこなせるようにならないとね」

 どういった意味を含む言葉なのかは、よく分かっていた。

 しかしシャックスは妙な気持ちを抱いていた。

 他の使用人たちもなぜかシャックス達に優しいからだ。

 アンナやニーナに優しくするのは分かるが、彼らの優しさはシャックスやフォウ、サーズにも向けられていた。

 それは一体なぜなのか。シャックスはとある答えにたどり着きつつあったが、あえて目をそらしていた。

 そんな事を考えていたシャックスは、入浴を終えて、お守りを入れる袋を探そうと思って部屋に戻った。

 箪笥をひっくり返すと、以前カーラからもらったハンカチがあったため、それを縫ってお守りを入れる袋にした。

 その後、シャックスは少し魔法の修練をする。

 精神を研ぎ澄ませて、小さな静電気サイズの雷をいくつも室内に発生させる。

 シャックスは魔法の天才だったが、他の属性と比べて雷だけは苦手だった。

 それは、ワンドが良く雷の魔法を使うからだ。

 集中が乱れたのか、静電気が一斉に消えてしまう。

 シャックスはこれ以上は無理だと判断し、魔法の修練を中断した。



 夜が更けていく中、使用人のカーラは眠ることができずに部屋で起きていた。

 机で日記を見返しながら、過去の事を思い出す。

 カーラは、表と裏の切り替えを評価されて、クロニカ家で働くようになった人物だ。

 ありふれた家に生まれた、末っ子の貴族令嬢として甘やかされて育ってきた。

 しかし、社交界に出たカーラは人のうわさをコントロールする才能が目覚めた。

 そのため、カーラは自分の利益になるように噂をコントロールしていった。

 だから、その手腕を評価したワンドに、声を掛けられたのだ。

 クロニカ家で働くようになったカーラは、最初はシャックスの事を落ちこぼれだと思い、蔑んでいた。

 しかし、とある出来事でシャックスや、ニーナやフォウ達にも優しくするようになった。

 それは、ワンドが家族仲の良さをアピールするため、屋敷の庭にサーカス団を呼び、他の貴族を招待した時の事だ。

 サーカス団の動物が暴走し、カーラ達に襲い掛かったのだ。

 しかし、そこでシャックス達がカーラを助けたのだ。

 落ちこぼれだと言われていた彼らは機転をきかせて、暴走する牛を赤い布で惹きつけ、猛獣のライオンに肉を放り投げ注意をそらし、暴れまわるサルにはサーカス団の者達が逃げる時に落としていった調教用の鞭で牽制した。

 それからカーラはシャックス達にも丁寧に接するようになったのだ。

 カーラはそんなシャックス達が、平穏に生きられる事を願っていたが、それはクロニカ家にいる限り叶わないだろうなと思っていた。



 数日後。朝起きたシャックス達は、家族で旅行に出かけていた。

 馬車が、街道を進んでいく。
 天気は晴れ。

 空は雲一つない。
 吹きぬける風はさわやかで、窓の外に見える草原の草花をやさしく撫でている。

 その日は、アンナとニーナの誕生日から一か月後だった。
 シャックスと同じ馬車に乗っているのは、母レーナと、ニーナ。そしてフォウだ。
 他の馬車に乗っているのは、父ワンドと、アンナ、そしてサーズ。

 シャックスは同じ馬車に乗っている者達の顔を見る。
 誕生日だというのに、皆浮かない顔をしていた。

 それもそのはずで、今日は試練が行われる日だったからだ。

 シャックスは試練がいつ行われるのか、独自に調べていた。

 機を見計らって忍び込んだ父の書斎から、調べて得た情報では、今日行われる事が分かった。

 だが、詳細までは分からなかったので、シャックスの胸には不安があった。



 旅行先では穏やかな時間が流れた。
 シャックスは、花畑でニーナと遊んだり、安全な遊歩道でフォウと植物観察をした。

 花畑ではレーナがニーナに将来の夢を聞いた。

「ニーナは大人になったら何になりたい?」
「私はお花屋さんの店主が良いわ。貴族じゃなかったら、花屋さんのお手伝いをしていたかも」

 ニーナは貴族でなかったら、花屋になりたかったと言った。
 フォウは、植物学者になりたいと言う。

「じゃあ、フォウは何になりたい?」
「俺は、植物学者かな、間違っても頭首にはなりたくないよ。面倒事が多そうだし、興味ないし」

 二人はもうすでに将来の夢をしっかりと持っているようだった。

 しかし、シャックスにはなりたいものがなかった。

「シャックスはなにかある?」

 シャックスは首を振る。

 夢がない事にへこんだシャックスを、ニーナとフォウ、母レーナが慰める。

「大丈夫、あなたはまだ幼いのだから、これから見つかるはずよ」
「そうよ、シャックスならすぐに見つかるわ」
「その時は俺達が夢を叶えられように手伝ってやるからな」

 シャックスは、レーナとニーナ、フォウと指切りをした。

 それが三人との最後の触れ合いになるとは、思ってもみなかった。

 その後、少し離れた所を散歩していたサックスは、小さなモンスターと出会う。

 それは、人を揶揄って悪戯するだけのモンスターだ。

 綿毛のような姿をしたそれは、コソコソしながら人の髪の毛を結んだり、人のポケットに雑草をこっそり入れるだけ。

 名前はポポという。

 ポポは、シャックスを揶揄うように、自分がどこからか調達してきた雑草を上から降らした。
 
 シャックスが風の魔法でそれを散らすと、ポポはショックを受けて、泣きながら去っていく。

 しばらくすると、ポポは別のモンスターを連れてやってきた。

 それはテントウムシ型のモンスターだ。

 普通のテントウ虫より一回り大きなそのモンスターは、人に危害を加えられるほど力のあるモンスターではないが、大変ないたずらっ子だった。

 テンテンという名前だ。

 人にあまり害のないモンスターは、可愛らしい名前をつけられる事が多い。

 テンテンは、くしゃみがとまらなくなる花粉を、背中にある特殊な管から噴出させるのだ。

 シャックスの目の前で、テンテンは花粉を噴出させる。

 しかしシャックスはそれを風の魔法でポポの方へ流した。

 ポポはくしゃみが止まらなくなって、泣きながらその場から去っていった。

 テンテンもそこから去っていく。

 モンスターとの戦闘がいつもこのくらいなら平和だなと、シャックスは苦笑しながら見送った。



 その後、シャックス達は富裕層向けのホテルに向かう。
 丁寧で細かいところにも行き届いたサービスを受けたシャックス達は、美味しい夕食を食べて、入浴し、それぞれの部屋へ。
 湧水を魔道具で温めた、お湯は贅沢なほどの量だった。

 夜がふけていく中。
 シャックスは、一人部屋で眠っていたが、そこにニーナとフォウ、レーナが慌てた様子でやってくる。

「シャックス起きて! 今すぐここから逃げるわよ!」

 レーナは、シャックスを急かし、今すぐここから逃げるべきだと言った。
 なぜならそれは、これから試験が行われるから。

 ニーナが、シャックスに着替えの服を渡す。

「これから私の試練が始まるんだけど、お母さんが逃がしてくれるっていうの。何が何だか分からないけど、どうやら試練が危ないらしいんだって」

 ニーナもフォウも、何が起きているのか、よく分かっていない。

 しかし、母親が何も考えずにそんな事をするはずがないと思って、従っているらしい。

 レーナはいつになく険しい表情だった。



 シャックス達は裏口からホテルを出て、薄暗い路地を走っていく。

 協力者らしい男性が現れて、途中から道案内をしてくれた。

 一般市民らしい格好をしているが、所作から貴族らしさがうかがわれた。

 その男性は、社交界に出席したレーナが、今日のためにと知り合った人物だ。

 しかし、レーナと挨拶をしたとき、優雅な礼を見せたのは失敗だろう。

 変装の意味がなくなっていた。

 シャックスは、レーナの普段の会話を思い起こし、男性の名前まで推理していた。

 その男性の名前はジョウン・ロワイヤード。

 年齢は30代で、人望のある貴族だ。

 どことなく前世の記憶の中の王に似た顔の人物だった。

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