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〇90 可愛らしくて甘えん坊だった妹は、私から全部を奪っていきます。品物も、努力の結果も、友人も。そして婚約者まで。
しおりを挟むこの世界には、神様から特別な力をもらう人がいる。
それは、加護という力だ。
普通の人にはないその力は、時折り人の本性を暴き、大きく歪めてしまう。
私には妹がいる。
可愛らしくて、甘えん坊な妹が。
小さい頃はどこに行く時でも私の後をついてきて「ねえさま、ねえさま」と言っていた。
けれど、そんな妹はある日を境に徐々に変わってしまった。
それは、神様に加護を与えられた時からだ。
盗みの神様から「奪う力」を与えられた妹は、何でも私のものを盗むようになった。
最初は「ごめんなさいねえさま。もうしません」って謝って返してくれたのに。
じきに「奪われる方が悪いんですわよ。姉様」と言うだけになった。
そんな妹に最初に奪われた物は、両親からもらった首飾りだった。
「ねえさまのほうがりっぱでずるい!」
「あなたのゆびわだってかわいいじゃない」
「やだやだ! ねえさまのほうがいい!」
他愛のないやりとりだった。
それで喧嘩してしまって、加護を与えられた妹が、力を使ってしまった。
そこで考えを改めてくれて、そのまま力を使わずにいたならば。
あそこまでひどい暴走はせずに済んだだろう。
けれど、妹は私から色々な物を奪い続けた。
「姉様が頑張って手に入れたトロフィーは私の物ですわ」
「そんな事してはいけないわ。人の大事な物はとってはいけないの」
「どうして姉様? 力があるんですもの。神様が許してくれてるのに、どうしてやめなければならないの?」
奪っていったのは、品物や、努力の結果、友人など、さまざまな物。
妹は奪うたびに、過激な性格になっていく。
「ほら、見てくださいな、姉様。私こんなにお友達がたくさん。異性からのお手紙も山ほどいただきましたのよ」
「彼らは大切な友人よ。それに人間は物ではないわ。そんな風にしてはだめ」
「物と同じですわよ。あははははっ、無様ですわねぇ。お姉様! 人の物を手に入れるって、こんなに素敵な事だったんですね!」
過激な行動は留まるところを知らなかった。
そして、行くところまで行った妹は。私の婚約者も奪っていった。
「愛してるよ。これからもずっと俺の婚約者でいてくれ」
「まあ、嬉しい。妹である私を選んでくれるんですね。姉様でもない、この私を!」
「選ぶって、元から君の婚約者じゃないか」
「あら。そうでしたわね」
気が付いたら私がいた場所には、そのまま妹が立っていた。
そうなって初めて、私は思い知ったのだ。
もう、私には妹を止める事はできない。
当たり前の事で笑いあい、他愛のない喧嘩をしていた、昔の様には戻れないのだと知った。
だから「許さないわ」。
復讐する事にしたのだ。
私が差し伸べた手を何度も払った妹、私がかけた言葉を一つも聞かなかった妹。
ならもう、助けてあげる必要はない。
私は世界中の資料を読んで調べた。
そして、とある記事の中からその人物を見つけ出したのだ。
「加護を盗む加護」を持っている。その人物を。
国二つを隔てた場所にいたその人物は何でも屋を営む男性だった。
依頼人の色々な頼みごとを聞きながら、男性は活動しているらしい。
加護を持つ人間は、増長しやすいので、そんな力に振り回されている人たちを助けているらしい。
だから、彼に私は頼み込んだ。
「払える物なら、何でも払います。だから復讐に協力してほしい」と。
何でも屋の彼は私を見て「いい目をしているな」と言った。
そして「払う対価が自分自身でも、同じ事が言えるのか?」とも。
私は頷いた。
「分かった。なら協力しよう」
そして、彼が復讐に協力してくれるようになった。
彼はまず、気づかれないように小さな物から奪い返していった。
彼の力は「対象に近づかなければ」発揮されないため、妹の近くへ行くのに苦労したが、人ごみに紛れて行えばたやすかった。
多くの人達に囲まれて、様々な物に囲まれて過ごす妹はとても幸せそうだ。
でも、その幸せもここまで。
彼は、妹が身に着けている指輪、首飾り、ハンカチ、服、小物、それらを一つずつ取り返していった。
すると、妹の周りにあふれていた人達が首をかしげるようになった。
「この指輪は、お姉さんの物じゃなかったかしら」
「このハンカチは、お姉さんが持っていたような気がするけど」
変わっていく周りの反応を目にして、妹はうろたえていた。
しばらくは、何が起こったのか分からないという風に、ただ狼狽していたようだ。
けれど、それでもまだその頃は余裕があった。
だから、もっと追い詰めるために、計画をすすめる。
妹が盗んだ功績、私の努力の結果を奪い返す。
すると、妹の周りにはべっていた人たちが明らかに少なくなった。
「こんな怠惰な少女と、どうして今までつきあっていたのだろう」
「おかしいわね。よく分からないけれど、一時の気の迷いか何かかしら」
妹は異常に気が付いたようだ。
色々なものにおびえるようになった。
そして、周りの人間を疑う様にもなる。
妹の手元に残った友人達は妹に「何か困った事が起きてるなら相談して」と優しく声をかけつづけていたけれど、妹は聞く耳をもたなかったようだ。
ここまでいったら、しばらくは加護は使わない。
妹を貶めようとしている人間がいる、と思わせるべく行動した。
悪意を感じさせる悪戯を仕掛けて、彼女を怯えさせていく。
落書きしたり、私物を捨てたり、おかしな噂をながしたり、地味な事だったけれど、コツコツ行った。
すると、妹は家に閉じこもるようになった。
なら、最後の仕上げだ。
もうめっきり妹と家の中で話す事はなくなっていたけれど、まだ一つ屋根の下で暮らしているから、妹が今どんな状態なのか把握する事はたやすかった。
私は、使用人に言ってカギを借り、妹の部屋へ入る。
そして、部屋の中でベッドのシーツをかぶって震えていた妹に近づいた。
妹はこちらの事になど気が付いていないようだ。
何かをぶつぶつと呟いている。
「ああ、神様。私から加護を奪ったの? そうなんでしょ。だって、私の物が減っていたわ。どうして? どうして?」
可哀そうな妹。
弱々しい妹。
こんなに震えてしまって。
その様は、何も知らない人間が見たら、思わず手を差し伸べてしまいそうなものだった。
姉だったら、震える妹を抱きしめて諭す所だろう。
けれど、私は許さない。
私は、部屋の中にこっそり彼を招き入れた。
「これで仕事は終わりだ。後は分かっているな」
「ええ、差し出せるものは全部払うわ」
「なら」
彼が妹に近づく。
これで終わりだ。
なら、最後くらい姉らしく、妹に声をかけてあげよう。優しい言葉をかけるつもりはないけれど。
シーツを取り払った私は、妹の頬に手を当てて、その瞳をのぞきこむ。
しっかりこの姉の顔を、言葉を焼きつけてほしいと思いながら。
「あなたは人の物を奪う事しか能がなくなったのね。ほら、何もできなくなってる。ずっとみじめなまま。さようなら、私の最愛の家族」
あなたがもっと精神的に強かったら、奪われ返されても、うろたえなかったかもしれない。
あなたがもっと聡明であったなら、「加護を盗む加護」の存在に気が付いたかもしれない。
けれど、あなたにはどうしようもなく、一つを除いて何もなかった。
人から奪う事以外には。
だから、こんな目にあうのよ。
友人も、婚約者も私の元に戻ってきたようだ。
私の周りには、再び人が集まり始めた。
けれど、残念だ。
私には約束がある。
だから、再び何でも屋の男性の元へ訪ねた。
何があっても良いように、自室に遺書を残して。
すると私を出迎えた彼はこう言った。
「なんで俺に「加護を奪う加護」なんてものがあるか知ってるか?」
と。
加護は、人の性質にあった物が神様から与えられる。
だから、彼にその加護が与えられたのは、彼の性質が「加護を奪う加護」に似ているからなのだろう。
「つまり、おれもあの女と似てるのさ。人が持っている物がほしい。幻滅したか?」
私は首をふる。
妹は無断で人の物を奪った。
彼も仕事ではそうしているらしいが、それは因果応報の部分がある。
何もしていない人から奪う事はしていないからだ。
私がそう説明すると、彼は「くっくっ」と愉快そうに声をあげた。
彼はいつも淡々とした様子で、やるべき事をこなすだけだったので、それが意外だった。
仕事中には見た事がない一面だ。
「だから俺はあんたが、欲しい。俺のもんになれよ」
約束は守らなければならない。
だって、復讐を遂げたとしても、今さら元の平穏は返ってこない。
故郷には、加護で奪い返したとしても、妹とずっと仲良くしていた友人と元婚約者がいるのだから。
妹の立ち位置は、再び私の立ち位置になったけれども。
それは本当に、立つ場所が変わっただけ。
培われてしまった事実は、消えない。奪えないのだ。
だから私は「ええ、分かったわ」。
彼が差し出したその手を取った。
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