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〇137 追放された慈愛の聖女は、奇跡の救世主になった
しおりを挟むミストラウンド聖国。
他国よりも聖女が多く存在するその国には、慈愛の聖女と呼ばれる者がいた。
その者の名前はエミリア。
後に、「奇跡の救世主」と呼ばれる事になる、一人の聖女だ。
聖女とは、人々を癒し、呪いなどを解呪する者のことをいう。
災害が多く、呪われたモンスターが多いその世界では、聖女は人々からとても頼りにされていた。
多くの者達から慕われる聖女だったが、そのミストラウンド聖国ではあまり大切にされていなかった。
というのは、なぜかその国では聖女が誕生する数が多いからだ。
そのせいで、聖女を簡単に切り捨てたり、貶めたり、利用したりする者が後をたたなかった。
慈愛の聖女も、そのような事の犠牲になった一人だった。
「まさかあの慈愛の聖女が仕事で失敗するなんてね」
聖女が勤める施設「聖パレス」では、とある噂が広まっている。
有名な聖女である「慈愛の聖女」が仕事で失敗したのだと。
聖女達は口々にその噂についてあれこれ言いながら、好きなように語っていた。
隠れて行われる悪口もあればーー
それは本人がその場にいても続けられる事もあった。
「ねぇ、慈愛の聖女様。あなたはどう思っているの? 何か私達に言い事はあるかしら」
通りがかったエミリアに、聖パレスの聖女が質問を投げかける。
しかしエミリアは、
「特になにも思わないわ。そのようなお喋りに時間を割くより、仕事の時間は集中した方がいいわよ」
と言った。
「強がっちゃって」
はじめは、嘘か本当が分からないといった風に、周囲の者は扱っていたのだが。
当の本人が何も言い訳しないため、噂は事実として語られていった。
「エミリアがいなくなれば、これで聖女としてのしあがれる確率が少し高くなるわね」
「称号つきの聖女になれば、一生遊んでくらせるほどのお金が手に入るそうよ」
「憧れちゃうわ~」
慈愛の聖女エミリア。
彼女は、先日行われたとある仕事で失敗をした。
しかし、それは彼女の護衛が代わってしまった事が原因だった。
とある式典で控えていたエミリアは、目の前で人が襲われるのを目撃した。
それは、国にとって必要不可欠な要人だった。
だからエミリアは、さっそく怪我をしたその要人を治療しようとしたのだが、そのエミリアを守らなければならないはずの護衛の騎士がへまをした。
要人を襲った暴漢はすでに捕まっていたが、別にもう一人暴漢が潜んでいたのだ。
その暴漢が護衛の目をかいくぐりエミリアを傷つけたため、エミリアはそれ以上治療を続けていられなくなった。
すぐにその暴漢はつかまったし、代わりの聖女もやってきたのだが、要人は命を落としてしまったのだという。
それは仕事を全うできなかった騎士のせいだったが、国はエミリアにも責任をとらせて、近いうちに国から追放すると本人へ通達したのだった。
「エミリア様、あの時俺が貴方をお守りしていれば、あんな事にはならずにすんだのに」
追放前日。
国を出る事になったエミリアに会いに来たのは騎士のバルトフェルドだった。
本来なら彼がエミリアを守る予定だったのだが、バルドフェルドに熱を上げている女性貴族を守るために、彼は己の職務を別の騎士へ譲らなければならなかった。
その女性貴族は、聖パレスに多大な寄付を行っているため、一騎士であるバルドフェルドが頼みを断る事ができなかったのだ。
「気にしないでバルドフェルド。あなたのせいじゃないんだから。お見送りありがとう。最後にあなたの顔を見れて良かった」
「エミリア様」
心配させないように微笑みかけるエミリア。
しかし、責任を感じていたバルドフェルドは思いもよらない言葉を続けた。
「俺も、あなたについていきます。貴方をこれからも守っていって、罪滅ぼしをしたいんです」
彼は「実はもう荷物をまとめてきているんです」と述べる。
ここで発作的に言い出した事ではないのだと、そうエミリアへ言うのだが。
エミリアは首を縦に振らなかった。
「申し出はありがたいけれど、あなたほどの騎士を失うわけにはいかないでしょう? 国の損害だわ。これからは他の子をしっかり守ってあげてね」
そして、やんわりと同行を拒否するのだった。
傷ついた様子のバルドフェルドは、その場にただ立ちすくんで、遠ざかるエミリアを見つめるのみだった。
これまでに蓄えた財産は、追放処分を受けると共に没収されてしまった。
そのため、情けで残された少ない荷物と金銭だけで、各地をさまよわなければならなくなった。
それは豊かな旅ではなかった。
けれど、困っている人々を無償で助けるエミリアの姿を見て、自然と周囲の人々が手を貸すようになっていったため、結果的にはそれほど生活で困る事はなかった。
「エミリア様、治療ありがとうございます。聖女様に治療した貰えるなんて、本当は家一つ分のお金が必要なのに」
「エミリア様のおかげで、モンスターにかけられた呪いがすっかりなくなりました。体が嘘のように軽いです」
そんなエミリアの評判は少しずつ広まっていき、いつしか奇跡の救世主や、救いの女神と呼ばれるようになっていった。
だからその影響で、遠くからエミリアに会いに来る人間もいた。
「うちの娘をどうか見てやってくださいませんか。家も財産もすべて売り払って、旅の資金にしてここまで来たんです」
「エミリア様、うちの村にきてください。俺以外の者達は、遠くへ行く体力がないし、みんな呪いにかかっちまって」
エミリアは彼等の頼みにもできるだけ応えていく。見返りを求めずに。
それは、幼い頃に体験した事が理由だった。
小さな村で育ったエミリアは、とあるモンスターの呪いにかかって生死の境をさまよった。
家は貧乏で、聖女に解呪を頼むお金はどこにもない。
エミリアは、もはやこれまでの命だと、両親には思われていた。
しかし、通りすがりの聖女が、仕事の帰りに無償でエミリアを解呪してくれたのだ。
その時の出来事があったため、エミリアは見返りを求めず行動するようになったのだった。
しかし、そんなエミリアにある日突然。
故郷の国から使者がやってきた。
疫病が蔓延していて、聖女の力が足りないので力を貸してほしい、と。
エミリアはその頼みにも応え、自らを追放した故郷に戻った。
「どんな命でも、見捨てるわけにはいかないわ。精一杯生きているのだから」
そう考えたエミリアは、故郷の国で苦しんでいる者達を聖女の力で癒していった。
慈愛の聖女と呼ばれたエミリアの力はすさまじくーー
他の聖女がまる一日かかるような仕事を、たった一時間で行ってしまうのだった。
そんなエミリアの帰郷を聞きつけて、しばらくぶりに再会した騎士のバルトフェルドは喜んだ。
「エミリア様に再び会えるなんて、まるで奇跡のようだ」
「気持ちは嬉しいけど、ベッドの上から起き上がれない人が今は大勢いるんだから、あんまり浮かれないほうがいいわよ」
「申し訳ありません」
長い間言葉を交わしていなかった騎士にあったエミリアも喜んだが、すぐにそうはいっていられない状況になった。
治療が終わったら、再びエミリアを追放すると国が決めたからだ。
それに加えて、エミリアが働いた分の給金なども出さないと言い出した。
「なんという者達でしょう。受けた恩を仇で返すなんて。信じられません!」
二度目の追放を経験したエミリアは、内心でこんな事もあるのねと苦笑するだけだったが、バルドフェルドの怒りはおさまらなかった。
「今度こそ、この国を出ていきます。もうこんな国で働くなんてできませんから。だからエミリア様のおそばにどうかいさせてください」
けれど、自分の感覚がどこか人とずれているという事は自覚していた。
なので、
真剣なバルドフェルドのその申し出に、エミリアは首を横には振れなかった。
「分かったわ。これからもよろしくね」
それからは二人で各地を旅するようになった。
あいかわらず人助けを続けていたので、奇跡の救世主とか、奇跡の女神などと言われる日々だった。
生活はやはり豊かではなかったが、貧しくもなかったため、エミリア達は充実した日々を送っていた。
やがて、そんなエミリア達の行動を聞きつけた国が、お客様として自国のラースアース大国に招待した。
「二度も故郷を追放されたのに、他者を恨まず救済行動を続けるとは、聖女の鏡のような方です。ぜひ、この国を第二の故郷にしてください」
そして、王様にそう言われて、特別な住民としての身分を与えらえたのだった。
エミリア達はその国で、小さな家を立て、二人で暮らす事になる。
やがてバルドフェルドと結婚したエミリアは、子供を三人もうけて幸せな生涯を送った。
たまに近隣の村々や町々へ出かけて、無償で聖女の力をふるいながら。
一方エミリアを蔑ろにしたミストラウンド聖国は、モンスターの襲撃を受けて危機に陥っていた。
それはエミリア達がちょうど結婚式の準備を行っている時の出来事だった。
ミストラウンド聖国は、またエミリアに救援を求めたが、ラースアース大国の王は恥知らずと罵り、その国の使者が自国へ入れないようにしたのだった。
モンスターの襲撃を受けたミストラウンド聖国は致命的な打撃を受けて、やがて消滅したのだった。
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