海に沈んだ転生者

月椿

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形見のゆくえ

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「……ハル…………バハル!」

 聞き慣れた可愛らしい声が名前を呼んでいる。
 ゆっくりと浮上していく意識とともに目を開けると、ラメールが心配そうに顔をのぞき込んでいた。
 まだ少しぐわんぐわんとする頭を手で押さえながら口をひらく。

「ラメール……どうなった?」
「サモットも無事よ。サメの海魔だけど……」
「姐さん! この辺りをくまなく探して来やしたけど、それらしいものは無かったです!」
「うわぁ!」

 サメの鼻先が目の前に迫り、思わず情けない声を出してしまった。

「だ、大丈夫よ、バハル。敵意はもうないみたいだから」
「姐さんのご友人に酷いことはしませんぜ!」
「気を失っていた間にいったいなにが……?」
「それが……」

 あれだけ虎視眈々と人魚を食おうと隙を狙っていたサメが、手懐けられた犬のようにラメールに尻尾を振っている。
 ラメールの話を聞くと、気絶したサメたちから距離を取ってバハルたちを休ませていたところにやってきたらしい。そして警戒する彼女に頭を下げ、力になりたいと懇願したのでタラッタの宝石探しをお願いした。そう説明を聞いてバハルはサメの海魔を見る。

「いやぁ、姐さんの素晴らしい歌声の虜になってしまいやして……。あの海流のように激しい声に脳天が震え、そして意識が刈り取られる……。素晴らしい! すっかり虜でさぁ!」

 もはや貶しているような内容ではあるが、サメは本当にラメールの人魚の歌声セイレーンを気に入ったらしい。
 恋する乙女のように目を輝かせながら今もまだ称賛の言葉を並べていた。
 恐ろしいボスのような雰囲気はなくなり、すっかり下っ端に成り下がっている。

「あー……。あんたがラメールのファンになったことはよーく分かった。それでなにか宝石の手がかりはあったか?」
「残念ながらないっすねぇ。子分たちを使ってこの辺りの海底を念入りに探しましたが、見当たらなかったでさぁ。もしかしたらさらに北へ流されたかもしれないなぁ」
「そうか……」
「あ! そうだ! 海に関することならリヴァイアサンを尋ねるといいかもですぜ!」

 ぽん、と器用に胸びれを叩きながらさらっととんでもないことを言い出した。
 故郷ではリヴァイアサンの話もどうやら廃れてしまったらしく聞くことはなかったし、長寿のマヤも見たことはないと話している。そんな相手をどうやって探して尋ねるというのか。
 というかそもそもあなたの奪われた瞳が形見なんで探してます。どこにあります? なんて本人に聞くやつがいるのか。やばすぎるだろう。

「あー、でもどこにいるのか実在するのかも分かんないんだろ?」
「へ? いるっすよ? ここより北に住んでます」
「いるのかよ! しかも近いな!!」

 またしてもさらっととんでもない発言をされたので、思わず声を荒げてしまった。
 その声でサモットの意識が戻り、一悶着ありつつなんとか人魚三匹で話し合う。

「リヴァイアサンに会いに行ってみるか?」
「お前……いくらなんでも奪われた本人に会いにいくなんて……正気か? サメの話ではあいつより巨大で海蛇のように長いらしいじゃないか! 危険だろう!」
「でもここにはない以上、もっと北に行くしかないわよ……?」

 うーんと三匹で考え込むが、話は平行線で終わった。

「よし、タラッタ本人に聞いて決めよう」
「……それが一番いいな」
「そうね。大切な形見だもの、簡単に諦めてなんて言えないし、判断をゆだねましょう」

 結局、タラッタの意見を聞くことに落ち着き、三匹は海面へと向かう。後ろからサメたちも着いてきたが敵意はないので気にしないことにした。
 もし襲ってきてもラメールの魔法が再度猛威を振るうだけである。

「おーい、タラッタ!」
「……バハル! ラメールとサモットも一緒ね。ちょっと待って! 下まで行くわ!」
「大丈夫か!?」
「大丈夫!」

 船の上と海面での会話は声を張り上げないと聞こえない。話し合いをするには不便である。
 タラッタが船からはしごを垂らしたので、バハルたち人魚は近くを漂っていた流氷をひとかたまり運んできた。
 動かないように人魚たちがしっかりと押さえると、タラッタがその上にゆっくりと足を下ろす。念の為、船に繋がるはしごは手で掴んだままだ。

「なんでサメがこんなにいるの?」

 海面付近をぐるぐると泳ぐサメの背びれが見える。船を取り囲んでいる状態だが、タラッタは特に恐れることなく冷静に尋ねてきた。

「ちょっと色々あってな。襲われないから大丈夫だけど……怖くないのか?」
「別に大丈夫よ。いざとなったら魔法でタコ殴りにするから」
「そ、そうか」

 そういえば城でも魔法のオールでボコボコにしていた。巨大なサメの海魔はともかく、普通のサメくらい追い払えるだけの威力は十分あるだろう。
 ひとまずタラッタが気にしていないようなのでサメの存在は忘れることにして、バハルは改めて宝石のことについて相談することにした。

「この辺りを探したけど無さそうだった。もしかしたらもっと北の方に流されたかもしれない」
「そう……。母さんの……亡骸のようなものも無かった?」
「……それも見当たらなかった。マヤは海底で弔ったって言ってたから……その、たぶん……」

 人魚には埋葬という文化はない。死んだら海底に横たえ死を悼む。その後は多くの生き物たちの糧となり海へと還るのだ。
 おそらくマヤも同じようにしたはず。骨が残っていても海底の砂に埋まってしまったか、海魔が食べたか、あるいはずっと遠くへ流されてしまったことだろう。
 墓を作り弔うことが多い人間から見たら打ち捨てられたようにさえ思えるようなやり方だ。なんと説明しようか口籠っていると、察したタラッタが短く息を吐き出して口を開いた。

「分かったわ。……もともと見つけられるとしたら形見くらいだと思っていたから大丈夫」
「そうか……」
「それで、その形見もさらに流されたかもしれないのよね」
「あ、ああ。それでな、その……さらに北にはリヴァイアサンがいる、らしいんだ」
「リヴァイアサンが?」

 タラッタが流氷の先に視線を向ける。当然だが、海はどこまでも広がっていてなにか特別なものが見えるわけではない。

「サメの海魔の話ではリヴァイアサンは海を知り尽くしているらしい。だから、聞いたら形見の場所が分かるかもしれないんだが……」
「それってあんたから奪った瞳は今どこにある? って聞くってこと?」
「まあ、そうなるな」

 バハルの話に目を丸くしたタラッタが次の瞬間、大きな口を開けて笑い声をあげた。

「あははっ! それはまた大胆な案ね!」
「だよなー」
「でも面白そうかもね!」
「まさか本当にいくつもりか? 逆上して襲ってきたらどうするんだ」

 静かに話を聞いていたサモットがギョッとした表情で言う。ラメールは完全にバハルたちに任せるようでニコニコと成り行きを見守っている。

「別にバカ正直にあんたの瞳を奪った女の娘ですって名乗らなければいいんじゃない? 海の秘宝を探してるって聞けばいいわ」
「む……。それで教えてもらえると思うのか?」
「さあ? でも一度くらい会ってみたいとは思わない? この海の中で一番凄い存在に!」

 目を輝かせて心底楽しそうにタラッタが笑う。

「そんな好奇心で会うような存在でもないだろう」
「まあ、いいじゃないか。俺も見てみたいし」
「私も興味あるわ。せっかくこんな北まで来たんだから、少しくらいならいいんじゃないかしら?」

 意外とラメールも賛成派だった。サモットは一人と二匹のキラキラとした視線にやがて観念したように深いため息をつく。

「分かった……。だけど、危険な状況になったら全力で逃げるぞ」
「もちろん」
「じゃあ、決まりね!」

 リヴァイアサンに会いに行くことが決まったが、今度は手段を考えることになった。
 人魚たちは泳いで行けるのだが問題はタラッタだ。ここより北は分厚い流氷で覆われているため、船ではこれ以上先に行くことは難しい。

「流氷の上を歩いて行くのも大変だよな……」
「……サメの話ではけっこう遠くみたいなの。人魚なら泳いでいけるからすぐだろうけど、タラッタは難しいわね」
「そうね。歩いていくのは中々骨が折れそうだわ」
「……僕の魔法で水の中へ入り、人魚で引っ張って運ぶのはどうだ? この辺りは珊瑚岩もほとんどないからぶつかる心配もないだろう」

 タラッタを水中洞窟エア・ドームで包み、ロープを繋げて人魚たちで引っ張るという案らしい。
 ここの辺りは水深もあり障害物もない。魚や海魔たちも泳いでいないので危険は少ないだろう。

「いいじゃない。それで行きましょ」
「おいおい……もし魔法が切れたら大惨事だぞ?」
「スリルがあって面白そうよ。それに早く移動できるならそれが一番よ。流氷があるから休憩する足場にも困らないし」
「ふん。度胸だけは認めてやろう」
「そ、ありがと」

 リヴァイアサンに会うのには危険だと否定的だったのに、なぜこの危険そうなライドには前向きなのか。やる気満々のサモットを見ながらそんなことを考えてため息をついた。
 タラッタが納得しているので別に反対する必要はないか、ととりあえずその方向で話をまとめることになった。

「ロープはあるか? あと荷物はどうする?」
「ロープは船に使う予備のものがあるから大丈夫。ナイフは必要ね。あとは……とにかく最低限に必要なもののみを持って行くわ」
「食料と水も必要でしょう? けっこう大変じゃない?」
「心配ないわ。食料は魔法師が分けてくれた丸薬があるし、水は海水を真水にできる道具があるから問題ないわ」
「丸薬……あれか……」

 食事にこだわりがあるバハルが認められない味気のない栄養のみが配合された丸薬である。とは言えこういった場合には正直重宝する代物だ。今回は食事にこだわっている場合ではないので最善の食料だろう。

「よし、タラッタの準備ができたら出発することにしよう」

 バハルの言葉にそれぞれが頷いて、タラッタは船へ戻り、人魚たちはもう少しサメに話を聞くことにしたのだった。
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