海に沈んだ転生者

月椿

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海の主(一)

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 タラッタの準備が整った一行はサモットの案通り水中洞窟エア・ドームで彼女を保護し、海の中を泳いで進んでいた。

「いやぁ、姐さんは泳ぐ姿もカッコいいですぜぇ」

 人魚たちと並んで泳ぐサメの海魔がうっとりとした声で呟く。
 なんでこいつがついてきているかというと、リヴァイアサンのところまで案内すると言って聞かなかったからである。ちなみにサメの部下たちは船を見張っていてくれるらしく、残してきた。
 この辺りを根城にし、巨大な四匹の海魔までも追いやっただけあって、サメが近づくと多くの生き物は隠れてしまう。そのおかげで障害物も身の危険もなく実に順調な進み具合だった。
 なんとなく納得がいかないが、サメが案内してくれるおかげである。

「ねぇ、どれくらいでリヴァイアサンのところまで行けるの?」
「そうだなぁ……もう一日もすれば着くと思いますぜ」
「近いな」
「いつもはもっと遠くにいるか、あるいは姿を消すこともあるんだが……今回はかなり近いみたいですぜ」
「……なんか待ち構えてるとかじゃないよな」

 鼻先をクンクンと犬のように動かすサメを見ながらバハルはボソリと呟く。

「待ち構える理由がないだろう。会ったこともないんだぞ」
「そりゃそうだけどさ。でももう存在が神だの悪魔だの……そういった俺たちとはかけ離れた生き物なんだろ? なんかすべて分かってますーって待ってたりしないか?」
「そんな大層な存在ならそもそも人間に瞳を奪われるか? 僕にはそうは思えないが」

 サモットがちらりとタラッタを振り返りながら言う。サメの話だけを聞くととても人間が相手できる存在ではなさそうだが、事実タラッタの母親は瞳を奪い取っている。
 サモットはサメの話や伝承よりもタラッタの母親が瞳を奪えた、といえ事実からそんな凄い存在ではないのでは、と思っているらしい。

「うーん。でもタラッタの母親がずば抜けて凄かった、っていう話かもしれないわよ?」
「たしかに……」

 たとえばタラッタの母親が雷を操る、みたいな能力だったらリヴァイアサンともいい勝負をしそうだ。水の生き物って電気に弱いイメージがあるし。

「まあ、さすがに待ち構えてるってのは妄想しすぎか」
「そうだろうな。そもそもすべてを見通せるような存在ならとっくに瞳を奪い返しにいっているだろう」
「それもそうか」

 偶然近くにいるだけだろう。そう結論付けてバハルたちはぐんぐん進んでいく。ときどき休憩も挟みつつ、それでもかなりのハイスピードで進んだ結果、リヴァイアサンのいる場所には三日ほどで到着できた。
 相変わらず海の色は深く、静寂のみが漂っている。

「ここにいるのか?」
「……クンクン。そうですぜ、間違いない。たしかにリヴァイアサンの匂いですさ」
「うーん、それっぽいのは見当たらないけどな」

 人魚たちはそれぞれ違う方向を向きながら探すがリヴァイアサンらしき姿は見えない。サメはしきりに鼻先を動かしカッと瞳孔を開いた。

「もうここにいますぜ!」
「いるって言ったって……」
「待って! バハル! なにかに囲まれていない!?」

 ラメールの言葉に瞬時にタラッタの周囲に固まり警戒する。ずっと海の中を見据えると、無数の魚がキラキラとわずかな光を反射するのが見えた。
 魚たちはぐるぐるとバハルたちを取り囲み泳いでいる。

「魚だけなの?」
「いや……ちょっと待て! これ魚じゃなくて鱗だ!」

 鈍く光り輝くものが近づくにつれ、その姿がはっきりと見えた。一つ一つの鱗が人魚たちほどの大きさをしたなにかに囲まれている。
 そして取り囲む輪がどんどん小さくなっていた。

「なんだこれは!」

 サモットの焦った声が耳に届く。
 海蛇のような……いや龍のような細長い生き物がとぐろを巻くようにバハルたちを体で囲んでいた。このままでは絞め殺されてしまう、と焦って逃げ道を探すが、どこをみても輝く鱗しか見えない。

「くそ!」
「待って! わたしの魔法で……!」
「くっ……くくっ」

 ラメールが魔法を使おうとした直前、低い笑い声がその場に響いた。全員が本能的に体を硬直させながら、声の先を見る。

「くくっ。なんという慌てっぷりか……くふふっ」

 巨大な顔が頭上に出現し、喉を鳴らして笑っている。全貌が分からないほど大きいが青色に輝く瞳だけはよく見えた。

「あれ…………あの目、どこかで……」

 バハルが小さく呟く。
 深く暗い海の中でも存在感を放つ青色の宝石のような美しい瞳。どこかで見たことがあるような気がしてぼーと思い出そうとしていると、その瞳が細められた。

「何用か……という前に、この姿では話しにくいな。ちょっと待て」

 全員が呆然としている間になにやら思いついたような軽い口調でリヴァイアサンが言った瞬間、バハルたちを取り込んでいた巨大な体が一瞬で消え去った。
 そしてそのかわりに目の前に現れたのは銀色の髪を海にた揺らせた人の姿に似た不思議な存在だった。
 右目は閉じられ、左目はキラキラと美しく輝いている。首から下はクラゲから誂えたかのような半透明なドレスで身を包み、裾から見える手足は人魚のように鱗で覆われていた。うっすらと開いた唇の隙間から見える歯はサメのように鋭く尖っている。

「うん。これなら話しやすかろう」

 その場でくるりと一回転したリヴァイアサンは満足げに頷いた。

「サメは案内か。もう行っていいぞ」

 しっしと軽く手を振ってサメを追い払う。サメはチラチラとラメールを見たものの、逆らう気はないのかすーっと静かに泳ぎ去っていった。
 それを見送ったリヴァイアサンが改めてバハルたちに視線を向ける。

「それで、何用でこんな北の海まできたのだ?」
「海の秘宝を探しに来たの。あんたならどこにあるか分かると思ってね」

 リヴァイアサンの問いかけに真っ先に答えたのはタラッタだった。まったく物怖じしない彼女にサモットがこっそりハラハラとしているのが見える。

「ふむ。人間か。海に属する気配がするな。…………なるほど、そういうことか。どれ、その状態では苦しかろう」

 すーっとタラッタを保護する魔法まで近づくといとも簡単にパチン、と水中洞窟エア・ドームを割ってしまった。

「おい!! サモット、すぐに魔法を……!」
「そう慌てなくとも大丈夫だ」
「──っ?」

 冷たい海水が勢いよく空間を埋め尽くし、タラッタがギュッと目を閉じた。人魚たちは慌ててどうにかしようとするが、リヴァイアサンが制止する。その瞬間、体が途端に重くなり満足に動けなくなった。

「くそ……っ」
「体が……なにかの魔法なの……?」
「ぐぐっ。おい、バハル! どうするんだ!」

 指先を動かすのがやっとなほど体の自由が奪われている。焦れば焦るほどより動けなくなっていく。
 早くどうにかしてタラッタを助けなければ。そう思いながら彼女の様子を確認して、目を見開いた。

「どうなってるの、これ」

 海の中で何事もなく平然とした様子のタラッタがいた。

「息も苦しくないし、水も多少は冷たいけど全然平気。それに……海の中が明るく見える」

 水の中では生きられない人間すらも海に適応させる。これがリヴァイアサンの力なのだろか。
 こんなことを平然と行ったリヴァイアサンはさらにタラッタに近づいて、無遠慮にジロジロと眺めている。

「……?」
「ああ、お前……あの人間の子か」
「なっ……」
「なに、そう身構えずとも瞳を奪ったことなど気にしておらん。……それよりお主こそ襲って来ぬよな?」

 ぱっと距離を取ってリヴァイアサンが自身を庇うように両腕を抱きしめた。
 怒りだすどころか怯えているように見える。

「タラッタ……お前の母さん、どんだけ恐ろしいんだ……」
「人魚の僕たちですら本能的に恐怖を抱く存在が人間の女を恐れるとは……」
「とっても強いお母様だったのね!」

 ひとまず襲われる心配は無さそうなのは一安心だが、この展開は予想外だった。人のような姿になっているのも相まってとても弱々しく見える。

「まことに恐ろしい人間だった。思わず異界へ逃げてしまうくらい恐ろしかった」

 当時を思い出したのか、ブルブルと震えるリヴァイアサンが言った言葉にバハルは首を傾げる。

「異界?」
「異界は異界だ。こことは異なる世界。お前は分かるだろう、バハルよ」
「え?」
「お前はわしに食われ、世界を渡りこの世界に転生したのだからな」

 さらりとなんてことないように、とんでもない話をされた。驚きすぎて口をパクパクさせているとリヴァイアサンは不思議そうにさらに説明を重ねる。

「人間に瞳を取られてビビったわしは異界へ逃げた。異界への移動と瞳を失ったせいでそれはもうエネルギーを大量に使って、なんとか回復せねばと思っていたところに大きな船が通り過ぎたのだ。だからわしはちょっと腹を満たそうと船にちょっかいをかけたのだが……」
「あー!! あの揺れ、流氷にぶつかったんじゃなくてお前が襲ったからか!」

 リヴァイアサンに対する畏怖など一気に吹き飛び、バハルは無遠慮に指をさす。幼馴染たちやタラッタは何のことかさっぱりらしく、二匹を交互に見ている。

「あちらの船は丈夫で沈むどころか餌の一匹も落ちてこない。そう嘆いておったら、それはもうまるまると太ったうまそうなアザラシ……じゃなかった人間が落ちてきて……。ありがたくいただいた」

 前世で海に落ちて死ぬ瞬間をふと思い出した。冷たい水と怪我で意識が遠のくなか、美しく輝く青い瞳が最後に見えた。つまりあれはリヴァイアサンの瞳だったということだ。
 衝撃的な種明かしである。

「それはもう脂が乗って美味かったからこの世界に戻るだけの力を取り戻し、わしは帰ってきた。そしてわしに食われたお前も一緒にこちらへ来たというわけだ」
「食料として感想を言われるとすっごい変な感じだな……」
「ねぇ、二匹で納得してるけど……どういうこと?」

 静かに会話を聞いていたラメールがきょとんと不思議そうな顔で問いかけた。
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