獣人たちは恋を知り愛を育む

月椿

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彼女は恋を知る2

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 ルースレアのため息を聞いたクロウが口を開き、励ますような言葉をくれる。

「別に落ち込むことはない。嫁になんかいかずに、俺たちと一緒にここで暮らしていけばいいさ」

 にっこりと笑ったクロウの顔を見る。
 犬族は他種族に比べ家族の絆が強い。いつもこんな感じで甘やかしてくれるのだが……この兄の絆は些か強すぎると、ルースレアは毎回思う。
 それが恵まれていることだとは分かっている。獣族返りへの差別が多いこの国では、家族であっても守ってくれないことが多い。
 でも、それにいつまでも甘えてばかりではいけないのだ。今のところまったく結婚する気のないクロウに、誰かを娶って貰わなければならない。自分のことが気がかりで後回しになっている兄のためにも、犬族の今後のためにも、やはり早く嫁ぎ先を見つけなければ、と考える。

「はあ……。昔は俺の後についてまわって可愛かったのに、こんなに立派になって……。寂しいな」

 ルースレアの考えていることなどお見通しなのだろう。クロウが目を細めてそんなことを言った。彼の耳や尻尾が伏せられていて、寂しそうな雰囲気がより伝わってくる。
 それにつられてルースレアが耳を伏せると、クロウはふっと笑った。

「今日の晩餐の肉はお前に譲ってやろう。だから、お見合いのことはもう諦めて、この兄の側にいろ」

 肉、という言葉にルースレアの耳が一瞬でピンと立つ。ゆるく巻いた尻尾が勢いよく左右に揺れた。コック自慢のステーキは彼女の大好物だ。しかし、食べ物で釣るのはずるい。ぷくっと頬を膨らませて抗議を示すが、意思とは関係なくブンブン動く尻尾のせいで台無しになっているのには気づいていない。

「どうする? ……そうだな、諦めるなら、今日だけとは言わず毎日譲ってやってもいい」

 クロウが椅子の背にもたれながらニヤリと笑う。ルースレアの中で天秤がグラグラと揺れ動く。毎日沢山肉を食べられるのはかなり魅力的な提案だ。だが、それに釣られてうっかり承諾すると、この兄はそれを言質に取って、今後はいっさいお見合いは許さないだろう。
 ルースレアが決めかねていると、彼女を助けるかのようなタイミングでノックの音が部屋に響いた。すぐにクロウが入室を許可する。
 訪れたのは青みがかった灰色の瞳が美しい、ルースレア付きの侍女ミューラだった。彼女は濃い灰色の髪を後でお団子状に纏め、右側の白い横髪だけは垂らした髪型をしている。整った顔立ちのミューラは茶器の乗ったワゴンを押しながら近づいてきた。

「お茶をご用意いたしました」
「ん、ご苦労」

 ミューラは慣れた手付きで紅茶を用意する。そして、ルースレアにはストレートを、クロウにはミルクと砂糖がたっぷり入ったものを置いた。ルースレアの幼い頃に遊び相手として雇われ、そのまま侍女になった彼女は二人の好みを把握している。
 スッキリとした味わいの美味しい紅茶で気分を落ち着けたルースレアは、ふうと一度息をついた。それから改めてクロウに講義するために口を開いた。

『お肉で釣るなんて、酷いです!』
「ははっ」

 クロウの反応にルースレアはまた頬を膨らませる。
 家族や昔からいるこの屋敷の使用人たちならば、口の動きだけで言いたいことを読み取ってくれる。つまり、今のクロウは妹の言ったことが分かっていて、流したのだ。

「クロウ様、あまりルースレア様を困らせないでください。どうせ、お肉で釣ってお見合いをやめさせようとしたのでしょう?」

 兄妹の短いやり取りだけで、ミューラは状況を把握したらしい。そう言ってルースレアの味方をしてくれる。

「そもそも俺は最初からお見合いなんて反対だったんだ。この屋敷にいれば、ルースレアが傷つくことはない」
「そうかも知れませんが、ご自身が結婚したときはどうなさるのですか。ルースレア様が居心地悪くなるではありませんか」
「結婚なんてしない」
「またそんなことを仰って……」

 兄の言葉にミューラとルースレアは同時にため息をつく。
 クロウは妹から見ても、容姿が整っていると思う。武に優れ国境付近の領地を任される犬族らしく、クロウは剣術や馬術が得意だし、仕事だって卒なくこなす。だが、このシスコンぶりが問題だ。

「クロウ様がご結婚されないと、旦那様や奥様がお困りになってしまいますよ」
「それは……」

 両親を引き合いに出され、クロウが言葉に詰まる。両親のことも好きな兄のことだ。多少なりとも両親には申し訳ないと思っているのだろう。
 だが、クロウの中での優先順位はルースレアの方が上なのだ。

「いや、俺はルースレアが幸せになるまで結婚はしない!」
『お兄様、私はお兄様が幸せになっていただく方が嬉しいです』
「う……」

 ルースレアが優しい笑みを浮かべながら言うと、クロウがまた言葉に詰まった。可愛い妹にとことん甘い兄は、困ったように忙しなく耳と尻尾を動かしている。

「……この話は終わりだ! とにかく、ルースレアはこの屋敷に居ればいい!」

 妹と侍女の視線から逃れるように、クロウはそう言って窓の外へと顔を向けた。こうなってしまっては何を言っても、兄は意見を覆さないし、話も聞く気がない。
 それを見たルースレアはミューラと顔を見合わせて、苦笑いを浮かべたのだった。
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