悪役令嬢の役割は終えました(別視点)

月椿

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 ガシャン、という物が落ちる激しい音が、部屋の隅の物陰で膝を抱えていた15歳の少年…ヴォルフ=ホードンの耳に響く。
 その音の方にヴォルフが視線を移せば、母親と見知らぬ女が今にも掴みかかりそうな勢いで言い争いをしていた。

 ヴォルフにとってこの母親は、幼い頃から暴言や暴力を振るい、最近では家に連れてくる男に向ける目で自分を見てくる…そんな気持ち悪い存在だった。だから、激昂した女が母親を突き飛ばそうが、殴りかかろうが何の感情も沸き上がっては来なかった。

 それに、こうなったのが母親の男好きが原因なのだから、自業自得だとも思っていた。聞こえてくる言い争いからも、夫に手を出した、などと聞こえてくるので間違いではないだろう。
 ヴォルフがぼんやりとそんな事を考えていれば、母親に馬乗りになった女の声が一際荒々しく部屋に響いた。


「許さないっ!!私の家庭をめちゃくちゃにした、あんたを殺してやる!!」


 色んな感情でごちゃごちゃになった表情を浮かべた女が、甲高い声を出しながら何処からかナイフを取り出した。そして、ヴォルフがぼんやりと見つめる中、女はそのナイフを母親の喉元に─────……。



          ◊



「副騎士団長!指示された事は終わりました!それで…その少年はどうするんですか?」


 母親が刺された後、すぐに騒ぎを聞き付けた騎士団が到着した。ヴォルフは騎士達によって外に連れ出され、今は熊のように大きな騎士の前に立っていた。他の騎士に副騎士団長と呼ばれているので、それなりに偉い立場なのだろう、とヴォルフはその騎士を見上げながら考える。


「んー…。お前さん、父親は?」

「………」


 唐突な質問にヴォルフは緩く首を横に振った。物心ついた時から父親はいない。


「そうか。…あのな、お前さんの母親はさっき死んだ」

「ちょっ、副騎士団長!そんなデリカシーのない!」


 近くにいた部下であろう騎士が慌てた様子でそう言った。しかし、ヴォルフは特に何とも思わなかった。
 母親に全く何も抱いていなかったからなのか、起こった事が現実味がなかったからなのかはわからない。確かに目の前で母親は殺されたが、どちらかというと解放される、という安堵の方が大きかった気がする。
 母親の暴力からも、あの…思い出すだけで吐き気がするような目からも…解放されたのだと。だけど…殺される瞬間を思い出せば少しだけ…手が震えた。…何とも、思っていない筈なのに…。


「………」


 しかし、ヴォルフはそんな震えを感じさせないように、まっすぐに副騎士団長を眺めて小さく頷いてみせた。母親が死んだ事も、身寄りが無いことも、理解している、と。


「…お前さん、名前は?」


 副騎士団長の言葉に、初めてヴォルフは困ったような表情を浮かべた。それから何度か口を開いたり閉じたりして、最後に自分の喉にそっと触れる。
 育った環境のせいか、母親に向けられたあの目のせいか…。幼い頃は確かに出ていた声も、今では全く出せなくなってしまっていた。


「声が…出ないのか」

「………」

「副騎士団長、どうします?」

「よし、城に連れて帰るぞ!」


 少しだけ金色の瞳を揺らしながら副騎士団長を見ていれば、副騎士団長はにかっとした笑みを浮かべて、ヴォルフを軽々と持ち上げた。
 そして、その逞しい腕に座らせるようにして抱きかかえる。

「えぇ!?」

「どうせ身寄りが無いんだ。ここに置いていくわけにもいかんだろう。何、心配するな!俺が面倒を見る!」

「えぇー!?団長に怒られても知りませんよ!」

「ぶぁっはっはっ!まぁ、何とかなるだろ!」


 逞しい腕に座った状態でヴォルフは副騎士団長の顔を見上げる。
 こうして誰かに抱き上げられるは初めてだし、こんなに豪快に笑う人を見るのも初めてだった。記憶の中にこびりついてしまった母親による暴力や媚びたようなあの目、そしてそんな母親の最後の瞬間が、少しだけ薄れるような…そんな眩しさをヴォルフは自分を抱き上げる副騎士団長に感じた。


「おぉ、そういえばまだ名乗ってなかったな!ザックだ!よろしくな!」

「………っ」

「ん?ははっ、無理しなくていいぞ!城に言ったら医者に診てもらえばいい!すぐ話せるようになるさ!」

「そんな適当な…」

「お前は細かすぎるんだ!」


 バンバンッとザックが空いている方の手で部下の騎士の背を叩く。力強く叩かれたせいで咳き込む部下の騎士から、ヴォルフは少し離れた場所にある家に視線を移した。
 そんなヴォルフに気づいたザックが口を開く。


「…お前さんの母親は騎士団で埋葬しておくから、何も心配いらないぞ」

「………」


 母親の行く末なんて心配なんてしていなかったが、何となくザックの言葉にヴォルフはそっと胸を撫で下ろした。
 そして、ザックに向かって小さく頭を下げる。


「……じゃあ、とりあえず城に行くか!」


 その言葉と共にザックはヴォルフを抱き上げたまま歩き出した。
 心地いいとはいえない揺れを感じながら、ヴォルフはもう一度だけ15年間過ごした家に視線を移す。少しずつ遠くなっていく何もいい思い出などなかった場所に、心の中で小さく別れを告げたヴォルフは、そっと金色の瞳を逸らしたのだった。
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