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物語のはじまり
しおりを挟む学者に必要なものとはなんだろう?
暗記力、集中力、発想力…いろいろあるが、私は冷静さが一番だと思う。
たとえば有事の際、冷静になれた者こそが打開法を見いすことができる。
そのような時にしか気がつけない有益な情報を残すことができるのだ。
だから、この場合も例外ではない。
全身から感じられるビリビリとした感覚にうまく息ができない。
これは、魔術師長が施した結界になんなかの接触があったということだ。
令嬢たちが纏う豪奢なドレス。
その傍に控える立派な礼服を纏った子息たち。
キラキラと輝く彼らは先程までくるくると踊っていたはずだが、誰もが動きを止めている。
「ローズマリー嬢」
振り向くと、シャンデリアの光を反射して星のように輝く白金髪に、澄んだ空の瞳。
美丈夫と名高い彼は、正真正銘この国の第一王子だ。
咄嗟に膝をおる。
「お怪我はございませんか」
彼の指ならしの合図で騎士が小走りに進み出てくる。
その人物はある包を王子に差し出すと、彼の脇にひかえた。
包に乗っていたのは一見宝石のような円形の石だ。それらは魔石であり、防御の技が込められている。
それは私と魔術師長が開発した最も大きな発明で、これにより複数の場所を同時に守ることが出来る優れものだ。
今回私はそれらを制作していないので魔術師長が用意したのだろう。
しかし、複数あるそれらのうち一つだけが輝きを失っている。
石の能力が使われた証拠だ。
王子がそれをつまみあげようとすると、それは灰のように崩れ落ちた。
「これは王族と、舞姫候補を対象にした魔石だな??」
空色の瞳がまたも私を捉えた。
「はい」
「ではなぜ魔力を向けた?」
それが先程の接触について指していることに気づき、答える。
「わたくしは本日当会場全体の結界を担当させていただいております。が、断じて候補がた、ましてや王家の方々に魔法を行使しておりません」
「私もそうだと信じたい。だがこの魔石は?精神に干渉する魔法に対する防御が込められていた。よってこれは誤反応ではない。」
彼は懐中時計のようなものを取り出して開く。
「そして、身代わりとなったこの魔石の残骸に残っている魔力は・・・」
そして肖像画のようにはっきりと、それでいて幻想的に映し出されたのは・・・紛れもないわたしだ。
静まっていた会場がざわめきを取り戻した。
「お待ちください」
精度に差があるこの道具は、質の良いものであれば属性だけではなく施行者まで特定することが出来る。
保護するための金のコンパクトには王家の印が刻まれており、漏れでる光も美しい。
これは王家の魔道具なのだろう。
だからこそ、信憑性がある。
否定しなければいけない。
どう、否定すればいい?
「非常に残念だ」
「っ・・・陛下!」
沈黙を肯定ととったのだろう。聞こえた台詞に冷静さを保てるはずがなかった。
王子から目を外し、その背後、会場上座におられる最も尊い御方に向けて膝を折る。
王座に深く腰をかけていた老年の男性は、何度か顔を合わせている。
私は彼を敬愛していた。
だがその彼から、つむぎ出されたのは非情な宣告だった。
「この者をとらえよ」
立ち上がろうとするがすかさず騎士が進み出てくる。
彼は収めていた剣を引き抜くと私の首元へ突きつけた。
見慣れたそれが視界に入り、否応なしに口を閉じるしかなかった。
ああ、それは私が彼のための細工を自ら彫ったものだ。
戦いへ身を投じなければならない大切な幼なじみのため、想いを込めて彫ったもの。
それが今、私に突きつけられている。
剣の切っ先から視線をあげると、よく知った。見慣れないと思うのは、普段私が向けられている表情ではないからだろうか。
私を取り囲む騎士たちは重装備。
この場で魔法はつかえない、しかし武器もない。
抵抗なんてできるはずがなかった。
流していた髪の毛は惨めに地につき、きっと見栄えが悪くなっていることだろう。
首から感じるひんやりした重みと脱力するような感覚に魔封具を嵌められたと知る。
「君に本気を出されてはこちらの被害が深刻になる。無駄な抵抗をしないのは賢明だ」
会場の床とキスをしている私には王子の表情は伺えない。
「この者を反逆者として投獄する」
この状況に打開策なんてものはない。
この日、私が最も大切にしてきたことは全く役に立たなかった。
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