自分を変えたい元社会人のボクシングライフ

陰猫(改)

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第2章【勝負への葛藤】

第7話【変わらぬ日常】

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 そのあと、俺は坂田さんと共に鈴木さんのいる控え室へと向かった。
 鈴木さんは控え室のベンチで仰向けになって、濡れタオルで目元を冷やしていた。
 シューズを脱いだ左足も赤く晴れ上がり、会長さん達が冷やしている。

「君か・・・」

 会長さんは俺に気付くと佐藤さんにあとを任せ、俺に近付く。

「あの、鈴木さんは?」
「初戦から打たれ過ぎた。
 後遺症が残るかも知れん」

 会長さんは残酷な事実を俺に告げ、俺は何も言えなくなる。
 あの時、俺がいなければ、鈴木さんは無理しなかったんじゃないだろうか?

 そんな考えさえ出てくる。

「・・・多田野さん」

 そんな考えがよぎっている俺に鈴木さんが声を掛ける。
 目はタオルで冷やされている為、見えないだろうけど、声で反応したらしい。
 そんな鈴木さんに俺は返事をしようとして、やめる。
 こんなにボロボロになってまで負けた鈴木さんになんと声を掛けるべきか悩んでしまったからだ。

 そんな言葉を詰まらせている俺に鈴木さんは仰向けになったまま、笑う。

「・・・最後のラウンド」
「え?」
「最後のラウンド・・・諦めていたんです。
 もう東山野がどうのって言うのがどうでもよく、ただボクシングに恐怖を感じていました。
 でも、多田野さんの応援で自分は一矢報いる事が出来たんです」
「・・・鈴木さん」

 俺は泣くのを堪えながら、鈴木さんの右手に触れた。

「鈴木さんは最後まで俺の憧れです」
「自分より凄い人間は大勢います。
 それでも、こんな自分を応援してくれますか?」
「もちろんに決まっているじゃないですか。
 例え、ファンが俺一人になっても、俺は鈴木さんを応援します」

 最後の方は鼻声で聞こえたかどうか解らない。
 ただ、鈴木さんは俺の手を握り返してくれた。

 それから少しして俺は控え室をあとにすると会長さんに頭を下げた。

「自分にもボクシングを教えて下さい」

 そんな俺に会長さんは首を横に振る。

「ダメだ。君にボクシングは教えられない」
「え?」
「君にボクシングを教えると言う事は宗成君と同じ事をすると言う事だろう?
 だから、君には悪いと思うが、私からボクシングを教える事は出来ない」
「そんな・・・」

 俺は折角、見えた光明を閉ざされ、再びなにも言えなくなる。
 そんな俺の肩に坂田さんが触れる。

「多田野君」
「・・・坂田さん・・・俺」
「そんな顔をする事はないさ。それに君は大きな勘違いをしている」
「勘違い?」
「会長さんが教える事は出来ない。
 つまり、他のトレーナーから教わる事は出来るって事さ」

 坂田さんはそう言うと鈴木さんの足を冷やす佐藤さんを見る。

「佐藤君。そのままで良いから聞いてくれ」
「あ、はい。なんでしょうか、坂田さん?」
「話を聞いて大体の予測は出来ているだろうが、しばらく、多田野君のトレーナーをしてくれ」

 その言葉に佐藤さんは此方に振り返るとニパッと笑う。

「わかりました」

 佐藤さんが頷くと俺は坂田さんに後頭部を小突かれる。

「いって!」
「トレーナーになってくれるんだ。
 まずは礼を言うのが筋ってモノだろう?」
「そ、そうですね」

 俺は後頭部を擦りながら、佐藤さんに頭を下げる。

「宜しく御願いします、佐藤さん」
「ええ。こちらこそ」

 こうして、俺は佐藤さんの指導の元、トレーニングをする事となるのだった。
 しかし、それは険しい道のりの始まりだった事など、この時の俺は知る由もない。

 次の日から俺はジムへと向かい、佐藤さんに指示を仰ぐ。
 目標は鈴木さんのようなボクサーになる事だ。

 しかし、それを佐藤さんに告げたところ返って来た言葉は俺の期待を裏切るものだった。

「宗成君と同じプロになるのは無理ですよ」ーーと。

 その言葉に俺は怒りを覚えたが、佐藤さんの次の言葉を聞き、その溜飲が下がる。

「ああ。怒らないで下さいね。理由としては宗成君は幼少時からボクシングを学んでいるんです。
 つまり、経験の差があるんですよ。
 その点、正樹さんは社会人として身体が仕上がっている訳ですから、ボクサー向きと言う訳ではありません。
 まずはトレーニングを継続する事から始めましょう」

 そう言うと佐藤さんは俺にある道具を渡す。

「ボクシングエクササイズ用のバンドです。
 これでシャドーボクシングやスクワットを家でして下さい。
 あ、タンパク質の摂取やロードワークも忘れずに。
 まずはこれを1ヶ月継続してみましょう」
「え?1ヶ月?」

 俺がそう返すと佐藤さんは苦笑する。

「ご不満ですか?」
「まあ、不満がない訳でもないですが、俺、就職とかもあるんで・・・」
「あ、そう言う事ですか・・・」

 俺の言葉に佐藤さんは「それは困りましたね?」と頭を掻く。

「では、トレーニングしながら、就職先を探しましょう。
 就職に関しては流石にお力にはなれませんが、トレーニングなどのアドバイスくらいは出来るでしょうから」

 こうして、俺は失業手当てが貰える最終日までトレーニングと就職活動を繰り返すのだった。
 エクササイズ用のバンドでも二頭筋や膝にかなり来る。
 ランニングーーいや、ロードワークも自分のペースが未だに解らず、歩いては走るを繰り返す日々。
 やがて、俺はまた就職活動にもトレーニングにも身が入らず、途中で投げ出してしまう。

 鈴木さんが俺の家に訪問して来るまでは・・・。
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