自分を変えたい元社会人のボクシングライフ

陰猫(改)

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第2章【勝負への葛藤】

第8話【変化の兆し】

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 インターホンが押され、はじめに出たのは母さんだった。

「正樹。鈴木さんよ」
「あ、うん」

 正直、今は顔を合わせづらい。
 なにせ、この半月近く、音信不通を通していたのだから。
 それもこれも不景気が悪いと思っている自分を自覚し、そんな自分を鈴木さんには知られたくない。
 だが、母さんが家にあげてしまったらしく、俺は自室で鈴木さんと対面する事となる。
 部屋は散らかっているし、見られて、あまり気分の良いものではない。

 恐らく、母さんが気を利かせてくれたんだろうが、ありがた迷惑である。

 俺は鈴木さんを部屋にいれると鈴木さんはジッと俺を見詰めた。

 なにか話して貰わねば、気まずい。

 結局、俺から話す事になった。

「足、もう大丈夫なんですか?」
「ええ。ただ、歩くには支障はないのですが、まだボクシングやロードワークみたいな過度な運動は出来ませんね」

 そこでまた沈黙が訪れる。
 鈴木さんと話をしていて、ここまで居心地が悪いのは初めてかも知れない。

 そんな俺に鈴木さんが問う。

「最近、佐藤さんと連絡してないらしいですが、なにかありましたか?」
「あ、いえ。なにも・・・」
「そうですか」

 再び訪れる沈黙が重い。
 俺の中では鈴木さんの期待を裏切る結果になってしまったのは申し訳なく思うが仕方のない事だ。
 それもこれも不景気が悪いのだから。

「今日来たのは坂田さんに頼まれてなんです」
「坂田さんに?」

 俺の問いに鈴木さんはゆっくりと頷く。
 坂田さんが何故?しかも鈴木さんに頼みとは一体?

「坂田さん曰く、多田野さんは誰かのせいにして、きっと引きこもっているだろうから、様子を見てきてくれないかと。
 その様子では坂田さんの見立て通りのようですね?」

 鈴木さんはそう言うと苦笑する。

 図星である。なんで、坂田さんはそこまで解るのだろうか?

「坂田さんはこうも言ってました。
 『他人のせいにするのは簡単だ。ただ、そんな言い訳をして前を向いて進むのは難しいだろう』とーー」
「だったら、どうなんですか?」

 そこで俺は思わず、カッとなってしまった。
 不平不満でいっぱいいっぱいな俺は思わず、鈴木さんに愚痴ってしまう。

「坂田さんも鈴木さんも成功した人じゃないですか!
 俺なんて失敗ばかりですよ!
 そんな俺が本当にやっていけるかなんて鈴木さんにだって解らないでしょう!?
 俺だって頑張って来たんです!
 でも、何処も不景気で雇ってくれるどころか、面接の一つも出来ないじゃないですか!そんな俺にどうしろって言うんですか!?」

 自分の中の不満を吐き出してから俺は我に返る。
 正直、鈴木さんには見られたくなかった。
 だが、見せてしまった以上、引き返せない。

「・・・多田野さんの気持ちはわかりました」
「・・・解る訳ありませんよ」
「ボクサーはチャンピオン戦以外は何故、テレビに出ないと思います?」
「え?」

 そう言われれば何故だろうと思う。
 そんな俺に鈴木さんは真剣な表情で告げた。

「自分は成功者なんかじゃありませんよ。挑戦者です」
「挑戦ですか?」
「自分がどこまでやれるか、自分には何が出来るか、それを模索しているに過ぎませんよ。
 それが報われる人は限られています。
 自分もそうですから。けれど、報われなかったとしても努力した自分はそこにある筈です。
 そう思えば、例え、失敗が続こうが、いつかは報われると思いませんか?」

 俺はその言葉に鈴木さんが確信に近いなにかを持っているのではないかと思う。
 そうでなければ、鈴木さんがこんなに熱弁するとは思えない。

「鈴木さんも失敗とかして立ち直れない時とかあるんですか?」
「勿論です。そんな時はジムでサンドバックを叩いて雑念を払います。
 その時、ただ叩くのではなく、自分に問い掛けながら打ち込みます。
 すると不思議と心が落ち着くんですよ」
「それは鈴木さんだからじゃないですか?」
「そうかも知れませんね?」

 そこで俺達は互いに笑う。
 ここに来て、ようやく、鈴木さんと笑えるようになった。

「鈴木さんは本当に強いですね?
 俺なんて・・・」
「自分もまだまだですよ。坂田さんにはまだ追い付けませんから」
「坂田さん?」

 何故、ここで坂田さんの名前が出てくるんだろうと一瞬、考えてしまったが、その謎はすぐに解ける。

「坂田さんは俺の憧れの人なんです。
 ただ、約束の為にひたむきになれる。
 自分もあの人みたいになりたい。
 つくづく、そう思います」

 鈴木さんはそう言うと俺に笑った。

 そうか。鈴木さんは坂田さんに憧れていたのか・・・。

 そう言われて、不思議と納得している自分がいるのに気付く。
 あの試合の時も鈴木さんは言った。
 自分より凄い人は大勢いると。

 それは誇張などではなく、鈴木さんの見てきた中で凄いと思う人が何人もいたのだろう。

 そう思ったら、不思議とやる気が出てきた。

「吐き出して少しは楽になりましたか?」
「はい」

 俺は素直に返事をして頷くと鈴木さんを見詰める。

「佐藤さんに何を言われたかまでは聞きませんが、自分の真似をする必要はありません。
 多田野さんは多田野さんらしく、進めば良いんですよ。
 もし、また道に迷うようなら、自分や坂田さんがついています。
 ですから、自分の道を突き進んで下さい」

 俺はそう言われて、涙が出そうになる。
 母さんもそうだが、俺はもしかすると色んな人に支えられて幸福な方なのかも知れない。

 あの時、鈴木さんに会い、坂田さんに試合を見に誘われたり、挫折しそうな時に励ましてくれたりとして貰っている。
 貰ってばかりで俺はこの喜びを誰かに分け与えたくなって来た。

「鈴木さん。ありがとうございます。
 お陰でまた前に進めそうな気がします」
「ええ。頑張ってください。応援してますから」

 そう言うと鈴木さんと俺は改めて、部屋で談笑したり、ゲームをしたりして遊ぶ。

 本当に鈴木さんはいい人だ。

 翌日から俺は再びランニングする毎日を送った。
 ボクシングエクスサイズも毎日するようになった。

 仕事は未だに見付からないが、悲観的にも諦める事も少なくなった。

 こうして、俺は少しずつーー本当にちょっとずつではあるが、変わりつつあるのであった。
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