自分を変えたい元社会人のボクシングライフ

陰猫(改)

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第2章【勝負への葛藤】

第10話【ランキングトップ10の実力】

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 それからしばらくはオーソドックススタイルの構えと左ジャブを何度も繰り返して練習をした。
 慣れるまでには更に時間を掛けたが、なんとかモノにする事が出来た気がする。

 そんな頃合いを見てからなのか、鈴木さんから坂田さんの試合のチケットを貰った。

 「良かったら、見に行きませんか?」と言う鈴木さんに誘いに俺は二つ返事でOKした。

 そして、当日。

 電車に揺られ、鈴木さんのデビュー戦よりも更に大きな会場へと到着すると俺達は観客席で坂田さんの出番になるのを待つ。
 坂田さんの試合が迫るにつれ、人も増えてくる。
 坂田さんって、こんなに人気なのか・・・。

「坂田さんの活躍するライト級はかなりの猛者が集まっています。きっと、多田野さんにも良い刺激になるでしょう」

 そんな話を鈴木さんと話していると松永ただしと呼ばれる選手がコーナーから登場する。

「松永選手はランキング5位のボクサーです。つまり、日本のライト級で5番目に強いボクサーです」
「そんな人に坂田さんは勝てるんでしょうか?」
「勿論ですよ」

 俺の問いに鈴木さんは即答で答えた。
 前にも言ってたが、鈴木さんにとって坂田さんが憧れであり、目標なのだ。
 今回、一緒に坂田さんの試合を見に来て、俺はそれを実感する。

 ーーと、聞いたことのあるBGMと共に坂田さんがコーナーから、やって来る。
 これ、サン○リバー○バイブじゃないか?

 坂田さんは会長さんが開けたロープの隙間を抜け、リングに上がると周囲に軽く片手を上げて声援に応える。
 その姿はチャンピオンのような風格があった。

 坂田さんはコーナーで軽くステップを踏むと、ふと、此方に気付いて軽く手を振る。緊張している様子もないのか、よく見ているな。

「多田野さん。この試合はまばたきも忘れますよ」
「え?どういう事ですか?」
「すぐに分かります」

 鈴木さんにそう言われ、俺はまばたきせぬように心掛ける。
 そして、いよいよ。ゴングが鳴る。

 その瞬間、坂田さんが飛び出した。
 速攻で決めるつもりなのかな?

 相手もそう思ったらしく、カウンターを狙う。

 その瞬間、松永選手がダウンした。

「・・・え?」

 思わず、自分の目を疑ってしまう。
 何が起きたのかなんて理解出来ない。

 松永選手のカウンターが坂田さんに決まる筈だったのに逆に坂田さんのパンチが先に決まったらしい。

 それも最初に繰り出した左のパンチではなく、右のフックが・・・。

「いいぞ!これを待ってたんだ!」

 周囲は理解しているのか、歓声を上げる。
 一体、坂田さんは何をしたんだ?

「高等技術のトリプルクロスですよ。この間、俺が東山野に放ったクロスカウンターの上位にあたります」
「で、でも、坂田さんは相手の攻撃が当たってませんよ?」
「そこですよ。坂田さんの凄いところは。
 あの一瞬で坂田さんはサイドステップで回避したんです」

 こころなしか、鈴木さんも興奮しているのか、口調は変わらないが、膝の上に置いた拳を強く握る。
 そして、その顔を見れば、俺の知らない鈴木さんの顔があった。
 俺も鈴木さんの試合を見た時、こんな感じだったのかも知れない。

「坂田さんはスピードの次元が違うんです。
 坂田さんのスピードはライト級だと云うのにかなり速い。そして、それを変幻自在に使いこなせているんです。
 普通なら漫画みたいな出来事ですよ」

 そんな話をしている間に松永選手がふらふらと立ち上がる。
 カウント8でギリギリ立ち上がったようにも見える。

 坂田さんはゆっくりと構えるとレフェリーの「ボックス!」の声と同時に再度、突進する。
 その瞬間、松永選手がガードの構えに入ろうとする。
 しかし、坂田さんの動きはまるでそれを最初から理解しているかのように動きを変えてボディーブローを叩き込む。
 しかも、今のは相手がガードするよりも確実にスピードが上がったよな?

 坂田さんはマウスピースを吐き出す松永選手にフィニッシュを決める。

 その瞬間、俺は見た。

 あまりにも速すぎて解らなかったが、その動きだけはスローに見えた。
 坂田さんは相手の微妙な動きで出方を予め、予測しているのだ。
 だから、相手がチャンスと判断したフィニッシュブローに対するカウンターを予期してストレートを中断し、上体をそらして逆にバランスを崩した松永選手にカウンターのアッパーを喰らわせるなんて事が出来るのだろう。本当に漫画みたいな身体能力だ。

 これが日本のライト級のランキングトップ10ーーいや、もうトップ5か・・・そんな坂田糀の実力なのか・・・。

 レフェリーも仰向けにダウンした松永選手から坂田さんを引き剥がし、倒れた松永選手に近付く。

 カウントはしなかった。

 次の瞬間、ゴングが何度も鳴らされ、歓声と共に坂田さんが手を上げる。

 1ラウンド2分45秒で坂田さんは更に高みに登ってしまった。

 鈴木さんの言うようにまばたきも忘れるような試合だった。
 鈴木さんが坂田さんを慕うのも解る気がする。
 以前、鈴木さんが自分よりも凄い人は大勢いると言ったが、その一人が坂田さんなのだろう。

 俺はこんな凄い人や鈴木さんみたいな人から支えられているのか・・・。

 そう思うと自分が誇らしく思えた。

「坂田さんの試合を見せて正解だったようですね?」

 そう呟いた鈴木さんは俺の顔を見て、満足そうに頷く。
 どうやら、ニヤニヤした顔が出てしまったらしい。
 そんな鈴木さんもどこか興奮しているようだった。

「やっぱり、坂田さんは凄いですよね?
 自分達はそんな凄い人と一緒のジムに通っているんですよ。嬉しくもなります」
「そうですね。終わってみれば、一方的な試合だったと思います」
「坂田さんなら、きっとチャンピオンにもなれますよ。そしたら、俺も・・・」

 そこまで言い掛けて鈴木さんは黙り込む。しかし、その目には羨望の眼差しがあった。
 本当に鈴木さんも俺と変わらないのか・・・。

 俺は鈴木さんと距離が近付いた思いを感じつつ、リングから去っていく坂田さんを見送った。
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