自分を変えたい元社会人のボクシングライフ

陰猫(改)

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第2章【勝負への葛藤】

第14話【猪突猛進なボクサー志願者】

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 自粛期間が終わり、やっと外へ出れると思ったが、非常事態宣言の延期がテレビで流される。
 流石にパンデモニックと呼ばれるだけあって、なかなか外出する機会を与えられない。
 そう思っていたが、公園などの使用許可が降りたそうだ。
 なので、俺はマスクをして公園までロードワークをする事にした。

 久々に長距離を走って膝が笑っている。
 やっぱり、身体が少し鈍っている感じがあるな。

 恐らく、鈴木さんだったらーー

「自宅待機で身体が鈍っているんです。ゆっくりとやりましょう」

 ーーと言ってくれるに違いない。

 そう思ったら、少しリラックスして自分のペースで走れるような気がした。
 一番、近い公園で2キロ。

 鈍った身体を解すには丁度良いだろう。

 そんな事を考えながら、ロードワークで公園を訪れるとトレーニング用のウェットスーツを着て、辺りを見回している人がいた。
 その目はギラついて、少し近寄り難い雰囲気を醸し出している。

 触らぬ神に祟りなし。ここは早々に引き上げてしまおう。

「あー。ちょっと良いですか?」
「え?」

 意外と丁寧な物言いに思わずに振り返るとその人が俺に近付いてくる。

「すみません。地元の人間じゃないので土地勘がなくて、この辺で坂田糀って人のいたボクシングジムを探しているんですが・・・」
「あの、うちのジムに何か御用ですか?」

 思わず、聞き返してしまうと、その人に不敵に笑う。

「なんだ?兄さん、関係者かい?」

 俺はしまったと思った。この人はきっと、殴り込みに来たんだと思ってしまったからだ。
 俺は思わず、半歩下がる。

 そんな俺に彼はーー

「お願いします!助けて下さい!」

 ーーと土下座して来た。

「え?あ?え?」

 あまりにも予想の斜め上の反応だったので混乱してしまう。

 え?どういう事?
 なんで、この人、俺に土下座しているの?

 そう思っていると近所から公園に遊び来たらしい子連れの夫婦が此方を見て、ひそひそと話しているのに気付き、そこで我に帰る。

「あっと、顔を上げて下さい」
「本当にお願いします!」
「わ、わかった!わかりましたから!」

 俺がそう言うと彼は顔を上げ、涙で顔をグシャグシャにしていた。
 なんか、反応に困る人だな。

「とりあえず、あそこのベンチに行きましょう。お話はそれからでも・・・」
「ありがとうございます!いや、本当に助かります!」

 そんな訳で彼の話を聞く事になった。
 彼の名は三国(みくに)泰(やすし)と言う名前で近くの県からやって来たのだそうだ。
 なんでも、流行り病でトレーニングで通っているジムが閉鎖された鬱憤が溜まって、つい調子に乗って遠出してしまったんだとか。
 気が付いた時には時既に遅し、完全に道に迷ってしまったそうだ。
 それで近くの交番で一番近いジムを聞いたところ、俺達のいるボクシングジムを知ったとの事だ。

 話を聞いてて、この三国って人はつくづく、猪突猛進だなと思ってしまう。

「えっと、その時、どうして交番で保護して貰わなかったんですか?」
「はっ!その手があった!」

 ・・・これである。本当に大丈夫なのか、心配になる。
 まあ、こうして出会ったのも何かの縁かも知れないし、俺はスマホで坂田さんに電話する。
 坂田さんに事情を説明するとすぐに迎えに行くと言ってくれたので、この公園で待つ事となる。

「いや、本当に助かりました、多田野さん。なんとかって流行り病のせいで人少ないし、本当に心細くなってしまって・・・多田野さんに会えなかったら、今頃、飢え死にしていたに違いません」
「オーバーですよ、三国さん」
「いやいやいや、おおマジで。俺、方向音痴なんで悪乗りするとすぐに突っ走っちゃうところがあるんすよね?」

 三国さんはそう言って頭を掻くと「たはは」と笑う。
 気が緩んだのか、急にタメ語で話し出したし・・・。

「それで多田野さんは選手かなんかっすか?」
「いや、まだ、そこまでじゃなくて」
「それは良かったっす!恩人を壊すのも気が引けますからね!」
「え?どういう意味ですか?」

 俺がそう聞き返すと「あっと!忘れて下さい!」と叫んで三国さんは両手を振る。

「まあ、つっても、自分もまだ選手とかじゃなくて新米なんですけどね?
 ただ、こう見えてパンチには自信があるんで多田野さんを壊す事はなさそうだなと・・・」
「そんなにパンチに自信があるんですか?」
「勿論っすよ!俺、こう見えて、ハードパンチャーなんで!」

 本当にスゴい自信だな。

 そんな話をしていると車のクラクションが鳴り、坂田さんの車が公園の前でハザードランプを出して停まっていた。

「迎えに来たよ、正樹君」
「ありがとうございます、坂田さん」
「おおっ!本物のプロボクサーだ!すげぇ!」

 坂田さんを見るや、三国さんが興奮する。
 さっきまで泣いていたのが嘘みたいだ。

「三国君だったね?自粛中でストレスが溜まるのは解るけれど、道に迷うくらい、遠出するのは感心しないよ?」
「うぐっ!・・・すみません」
「しかし、そうだな。流石に俺も遠出する訳にもいかないし、近くの交番まで乗せていって上げよう」

 そう言って坂田さんが三国さんの肩に触れた瞬間、眉をひそめた。
 しかし、それもすぐにいつもの表情に戻り、坂田さんは俺と三国さんを乗せて車を発進させた。

 それから交番で三国さんのお父さんが来て、この話は終わる。

 その帰り道、俺は坂田さんから言葉を投げ掛けられた。

「彼には気を付けた方が良い」
「え?」
「身体に触れて解った。彼はかなり、鍛えている」
「そう言えば、三国さん、自分の事をハードパンチャーだと言ってましたね?」
「恐らく、嘘はないだろう。意外と彼は大物になるかも知れないな」

 坂田さんがここまで言うとなると三国さんは本物なんだろう。
 俺がボクシングでデビューする時は当たらない事を祈ろう。
 しかし、坂田さんが本物って言うくらいなんだから、すぐにプロ入りするだろうし、俺とは恐らく、無関係だろう。

「ところで多田野君はアマチュアのボクシングから始めるんだったね?」
「え?あ、はい。一応、シニアでやるつもりですけど」
「もしかすると彼と当たる事があるかも知れないね?
 まあ、その時は注意しとくと良いよ」
「まっさかー。そんな漫画じゃないんだし」
「まあ、そうだけど、事実は小説より奇なりって言葉があるし、念には念を入れといて損はないからね」

 そう忠告されて俺は自宅まで送って貰うと坂田さんに礼を言って家に入る。
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