自分を変えたい元社会人のボクシングライフ

陰猫(改)

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第4章【プロへの道】

第38話【坂田糀と獅童甲斐】

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 天原戦への特訓は順調に仕上がっていった。
 俺も他の人達との交流や練習を得て、いい刺激になったと思う。

 特に甲斐選手は周囲が才能を認める程、高いセンスを持っている。
 鈴木さんとのスパーリングでも常に優位に立てるか、或いは五分の試合をする事も多くなった。

 その磨き込まれたセンスを見る度に以前、坂田さんが移籍を断ったのが悔やまれもする。

 そして、迎えた合宿最後の日。

 甲斐選手と坂田さんが休憩中に会話しているのを耳にする。

「今のジムはどうだい?」
「はい。昔は自分以外の周りが見えてませんでしたが、いまはオーナーやトレーナーの方と一緒に日々励んでいます」

 甲斐選手の言葉に坂田さんは「そうか」
と頷くと甲斐選手に改めて口を開く。

「あの時の君は周囲を軽んじていた。
 そんな君を見て、俺はここでも二の舞になるのではないかと考えた。
 だからこそ、俺はあの時、君が移籍する事を拒んだ」
「・・・坂田さん」
「環境に恵まれない選手は山ほどいる。そして、そう言った選手は人知れず、引退していく。だが、獅童君は恵まれている。
 それはこうして、君のオーナーがうちの会長に頼み込んだのを見ても理解出来るだろう?」
「・・・そうですね」

 そこまで言うと二人は照りつける太陽を眺めた。
 雲一つない青い空は甲斐選手の心を表せているかのようなそんな景色である。

「君が望むのなら、うちに出稽古に来ると良い。今の君になら、俺も色々と教えられるだろう。
 勿論、会長にも君のジムのオーナーにも俺から頼み込もう」

 甲斐選手はそれに対して何も言わない。
 それが移籍をかつて、拒まれたからの沈黙なのか、それとも認められたい人間からの激励だった為なのか・・・。

 ただ、俺には甲斐選手が涙を拭うように顔を腕で擦る仕草が見えた。

 それを見て、俺は鈴木さんに尋ねる。

「鈴木さん。出稽古って何ですか?」
「突然、どうされました、多田野さん?」
「いえ、実はーー」

 そこで俺は鈴木さんに坂田さんと甲斐選手のやり取りを話す。
 それを聞いて、鈴木さんも「そうですか」とだけ言って嬉しそうな顔をした。

「あっと、申し訳ありません。出稽古についてでしたね?」
「え?あ。はい」
「出稽古とは本来、所属しているジムとは違うジムで練習をする事です。
 坂田さんがそれを支援すると言う事は獅童さんがうちに来ると言う事ですね。
 無論、移籍とは違いますから、所属は向こうでしょうが、ともかく、彼と共に練習が出来ると言ったところでしょうか?」

 それを聞いて、俺は心の中で安堵した。
 甲斐選手ーー獅童さんがうちのジムにこれから顔を出すと言う事は良い刺激になるだろうと考えたからだ。
 恐らく、鈴木さんもそのような考えなのだろう。

 これから一層、うちのジムは強力になっていく。
 そう思いながら、俺は合宿最後の日をおおいに満喫するのであった。

 かくして、ジムに所属ではないが、獅童さんがうちのジムに顔を出す日が多くなるのであった。
 その時には獅童さんのトレーナーもついて来て、坂田さんの指導の元、戻った後も獅童さんが練習出来るように懇切丁寧に説明する。

 基本的に出稽古の時間は一時間から一時間半なのだそうだ。
 その間、獅童さんと俺達はお互いに良きライバルとして励む。

 そして、迎えた天原選手との試合当日。

 鈴木さんの真価がそこで証明される事となるのであった。
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