努力が必ず報われる世界って本当ですか?

嗄声逸毅

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第一章① 『地獄の地編』

第一章①-6   『一次突破って本当ですか?』

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――オウト温泉・大広間

仲居さんに障子を開けてもらい大広間に入ると、そこには同い年くらいの男の子がほんの少しだけ驚いたようにこちらを見てきた。

「いらっしゃいませ! お客様、申し訳ございません。こちらの部屋は現在清掃中でして、別のお部屋をご案内させていただきます」

「あ、いやいや! 俺たち、客じゃないんですよ」

「お客様ではない……と、いいますと?」

「ここに道場があるって聞いて来たんですけど、まさか、ね! こんな温泉宿に道場なんて、すみません、勘違いでしたよね」

「ありますよ! 道場への入門ですね!」

「えっ、マジであるのか……」

「はい!」

「もちろんでございます。現在、ユヤ様もイデユ様も手が離せない状態ですので、とりあえず大広間でお待ちいただきたいとのことでした」

「そういうことか!ならちょうどいいところに来た!いきなりで悪いんだけど一緒に掃除を手伝ってくれないか?この広さを一人じゃ途方もなくてさ」

申し訳なさを滲ませた顔をしてこちらの反応を探っていた。どうやらここの掃除を一人で任されているらしい。

「掃除くらい別にいいぜ」

「もちろんです!やりますよ!」

仲居さんは一礼して『失礼いたします』とだけ告げ、大広間を後にし本来の持ち場へと戻っていった。

「俺はストーリー!入門は二年前で歳は十六。警察軍を目指して、今はここで修行中ってとこ。これからよろしくな!」

体格は俺とほぼ同じ、中肉中背。柔らかな黒髪に、どこか無邪気な笑みを浮かべた瞳が印象的だ。穏やかな雰囲気の奥には、子どもらしい悪戯心と、揺るぎない正義感が確かに宿っている。

「ストーリーよろしく!俺はナイユフ、こいつは俺と同じ十七の年で名前は」

「カマチだ。よろしく頼むぜ」

「ナイユフにカマチ、よろしく!」

軽い自己紹介を終え、その後俺とカマチがここまできた経緯を手短に説明した。

「へぇー!2人ともあのオリオさんの推薦で来たのか」

「オリオさんのこと知っているんだ」

「もちろん!俺らの大先輩だからね」

「推薦なのかどうかは分からないけど、送ってもらったのは確かだよ」

「つまり一次審査は突破したってわけだな!」

「「一次審査?」」

「あれ、知らないのか? うちの道場に入門するには審査があって、二次審査まであるんだ。一次審査は、道場を出た人からの推薦が必要なんだよ」

「全然知らなかった。じゃあ、たまたま合格してたのか、俺たち」

「で、二次審査ってのは何をするんだ?」

「ああ、それは簡単だしすぐ終わるよ。どっちかって言えば、一次審査の方が難関なんだ。そもそも道場を出た人に出会わないと推薦ももらえないしね」

「なるほど。二次審査は意外と楽なんだな?」

「もちろん!俺はすぐ終わったよ!内容は師匠にタッチするだけさ」

「……タッチするだけ? それって、文字通り触るって意味で合ってるよな?」

「それ以外に何があるんだよ」

「いやいや、触るだけって簡単すぎないか?」

「どこでもいいんだよ、体のどこかでも、服でも。ただ一瞬でも触れればOKなんだ」

「おお、それなら俺たちでも何とかなりそうだな!」

ようやく大広間の掃除を終え、手持ち無沙汰になっていた俺たちは、ストーリーの案内で道場へ向かうことになった。

「あれ、でも俺らは大広間に待機じゃ」

「師匠には俺から後で言いに行くから心配いしなくていいよ」

正門から向かって奥に進んでいくと人気のない静かな廊下があり、さらにその先に一つの扉があった。扉を開け中に入ると納戸のような空間が広がっており、床にそれらしい扉があった。地下に続く階段を下り、しばらく歩いた先にそれはあった。

「騒音やら色々考慮して地下に作ったらしい。さ、ここが道場だ」

バン!と扉を開くとそこには小さい子どもから同い年くらいの子までが何人もいた。そして手前にいた茶髪の女の子がこちらに向かってきた。

「お疲れ様ですストーリーさんってあれ?そのお二人はどちら様で?」

「この2人は今日この道場に入門しに来たナイユフとカマチだ!」

「「よろしくお願いします!」」

道場の作法など心得はないが、この道に詳しいカマチの真似をとりあえずしてみようとカマチに少し遅れる形で頭を下げた。

「新入りさんたち!私はセセリ=アルバーナ!よろしくね!」

「セセリさん、よろしくお願いします!」

「セセリで構いません!やはりあなた達も“英雄“に憧れてここに来たのですか!」

「「“英雄“?」」

「いえ、そういう訳じゃ」

「英雄ってなんの英雄の話だ」

「何をおっしゃいますか!英雄って言ったら1人じゃないですか!“生きる伝説 ワイトの英雄''!ヴァクセネ=トランキリテですよ!?」

「「ヴァクセネ?」」

「知らないんですか!?常識中の常識ですよ!?」

「ああ、俺たち地球って星から来ててあんまりそこら辺のこと知らないんだよ」

「ああ、例の地球人でしたか。それなら無理もありませんね。では何を目指されて?」

毎度思うことなのだが水球こっちに来て水球人は異世界から来た俺らにそれほど驚かない。ジャンによると水球人はなぜか受け入れるのが早く、慣れているそう。水球人にそれほど驚かなかった俺らもそうだが。

「えっと、元はと言えば人助けなんだけど、その王子になりたくて――」

だがしかし、皆から好かれている存在でないのは確か。

「おいおいおい。お前ら!今地球から来たって言ったか?地球人がこんなとこに来て何の用だ!汚いからあっちに行け!」

うーわ、出た出た。どこにでも差別というものは存在するんだな。

「あ、なんすか?うんこ野郎」

俺らをかばうようにセセリは暴言を吐き散らす。

「う、うんこだと……てめぇセセリもういっぺん言ってみやがれ!」

「何度でも言ってやりますよ、うんこ野郎。このうんこ!」

「ほう。そっちがその気なら、勝負だ!サシで決着つけてやる。お前らから一人選べ!」

「ではでは、ストーリーさん!よろしくね!」

「なんで俺なんだよ」

「ストーリーか、お前にはコテンパンにやられたことがあったな。あの時の恨みをここで果たしてやる。当然マナはありでいいよな?」

「まあ、ジェラルドがいいなら俺は別に」

「……おいおいジェラルドっていったか、ストーリーもやめとけよ!」

俺の言葉など二人に届くはずもなく。

「じゃ、始めるぞ!」

ジェラルドが静かに呟いたその瞬間、周囲の空気が張りつめる。温泉宿の地下にあるとは思えない冷気が足元からじわじわと這い上がり、吐く息さえも白く凍る。

「''セツゲンダップク''!」

ジェラルドの足元から一気に氷の尖塔が突き上がった。地面を砕き、蒼白い光を放ちながら次々と立ち上る氷山。床板を貫き、鋭い刃のように天を目指して屹立するそれらは、まさに“氷の牙”。

「なんだ……!? 地面が氷で……!」

思わず声を上げる。だがストーリーは微動だにしない。その瞳は、氷の霧の中で跳ねる影を捉えていた。

「お前なら、そう来ると思ってたよ」

刹那。ジェラルドの身体が風を裂く。氷山を蹴って飛び――そして、天井の梁に手を掛けた。

「……見ろ、ナイユフ! あいつ、梁に――!」

カマチの声に被さるように、ストーリーが続けざまに何かを唱える。

「''バナップ''!」

ストーリーの掌から放たれた蒼い閃光が、空中のジェラルドの右手を直撃した。瞬間、手首から先が音もなく凍りつく。氷は細かな結晶のように美しく、しかし容赦なく。

「しまった……右手が……!」

凍りついた手を見て一瞬ひるむも、ジェラルドの動きは止まらない。歯を食いしばり、凍った手を梁から離すと、左手一本で体を振るい、着地する。

「くっ、……あれが来る!」

ストーリーが唱える。

「''グライスノンサーネ''!!」

床の氷山の間から放たれた無数の氷刃。空気を切り裂いて飛ぶその軌道は、まるで意思を持つ蛇のように絡みつく。

「''ハイスヴァン''!」

ジェラルドの叫びと同時に、氷の刃が彼の前に浮かび、瞬時に爆ぜた。高温の圧縮気流が放たれ、氷刃をすべて融かしきる。

「やるな……けど、終わりだ!」

「''ヘーゲンブラッツ''!」

ストーリーが放ったのは一振りの――氷の矢。空気を裂きながら一直線にジェラルドへ。

「ジェラルドが――落ちてくる!」

セセリの叫びに、周囲の子供たちも息をのむ。

「''ショードバー''!」

ストーリーが叫ぶと同時に、足元にあった氷の突起が弾けるように砕け、彼の周囲を防壁のように覆った。

「お前……最初からこれを狙って……!」

その時、道場の扉が開いた。誰もが無意識に息を呑む。重い足音が一歩、また一歩と部屋に響き、床板が静かに呻く。姿を現したのは、目に見えぬ威圧を纏った一人の男。

「――ユヤさん!?」

「まずいっ……!」

「ストーリー! 止めて!」

セセリのその叫びに、空気の流れが変わった。

道着に身を包んだ男が歩み出る。その眼差しは鋭く、それだけで場の熱気を一瞬で消し去るほど。

「なるほど、状況は把握した」

低く、芯の通った声が広間に響く。

「道場の規定では、指導者不在、または特別な許可がある場合を除き、組手は禁止されている。……そうだな、セセリ?」

「ひ、ひぃっ……はいっ! その通りです!」

「ふむ。だが……始まった勝負を止める気はない。その代わり、勝負の決着には――“けじめ”が必要だ」

男の瞳が、静かに、しかし強く光る。

「負けた者は、この道場を直ちに去れ。それが、この場の掟だ」
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