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優しい花束
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アダマスが伏せた目を起こすと、フォルカの姿は見えなくなっていた。
作業道具でも取りに行ったのかもしれない。
そう考えながら紅茶を啜ったとき、ベルガモットの香りとは違う、どこか懐かしい香りが鼻先を掠めた。
「この香りは……」
瑞々しく甘いこの香りは花だ。記憶の引き出しはすぐにそのことを思い出させた。
だがどこから漂ってくる香りなのだろう。
庭一面に広がる花壇はようやく整地され始めたばかりで、花どころかまともな植物は何一つ植えられていない。宮殿の庭園から漂ってくるものであれば、これまでその香りに気付かないはずもなかった。
アダマスは鼻先に神経を集中させ、匂いの元を辿る。左側から吹く風が華やかな香りを運びこみ、アダマスは思わずそちらに顔を向けた。
「フォルカ……」
いつのまにこんなにも近くにいたのか。見えなくなっていたフォルカは、アダマスのすぐ隣にいた。その手には白い花瓶が持たれており、何種類もの花がそこに活けられている。匂いはここから漂っているのに間違いなさそうだ。
「このような土埃に汚れた姿で申し訳ありません。久しぶりにアダマス様の姿を見ましたので、つい」
「土をいじるのがお前の仕事なのだろう。その姿はお前が働いている証。謝ることはない。それよりその花は……?」
「今朝、宮殿の庭園で間引かれた花たちです」
フォルカはそう言いながら、ティーセットの並ぶテーブルに花瓶を置く。飾り気がなく味気のなかったテーブルが、一見して艶やかに生まれ変わった。
「間引かれた花を王家の方のテーブルに並べるなど失礼かもしれませんが、それでも花が美しいことに変わりはないと思いまして」
「……ああ、確かに美しいな」
間引かれたと言われなければ分からないほど、花は堂々と美しく咲き誇っている。
「よく花などすぐに用意できたな。私が外に出るのは気まぐれだというのに」
「いつアダマス様がお見えになられてもいいように、毎朝用意しておりました」
「毎朝? 私が来ないかもしれないと分かっていて?」
「はい。宮殿の庭園は広大で、毎朝沢山の花が間引かれてしまいます。少しでもこちらの彩りになれば、花も救われましょう。本当は屋敷の中に飾っていただこうと思っていたのですが……」
フォルカは言い辛そうに、言葉をそこで止めた。だが中途半端に止められるのは気持ちが悪いと、アダマスは続きを話すように命じる。
「……アダマス様は部屋にこもられることが多いので、お加減がよろしくないのではと。見舞いに花は定番ですが、花には香りの強いものも多くあります。アダマス様の体調を考えれば、差し出がましい真似は止めたほうがいいと思ったのです」
「そうか……お前はそんな気持ちで毎朝花を」
アダマスは感じ入ったように、花弁を撫でる。薄桃色の花はアダマスの指に応えるように、豊かな甘い香りをあたりに舞わせた。
宰相からの回し者と、醜い感情を抱いていたことが恥ずかしくなるほど、フォルカは優しい心を持つ男だった。
不要だと間引かれた花であっても、フォルカの気持ちが含まれた花は、アダマスの心を和ませ温かくしていく。
フォルカのようなものが側にいるのならば、昔のように心穏やかに過ごせるかもしれない。
そんな風に感じていたアダマスだったが、花弁によく似た唇が次に紡ぎだした言葉は、心の温度とはかけ離れた、冷たいものだった。
作業道具でも取りに行ったのかもしれない。
そう考えながら紅茶を啜ったとき、ベルガモットの香りとは違う、どこか懐かしい香りが鼻先を掠めた。
「この香りは……」
瑞々しく甘いこの香りは花だ。記憶の引き出しはすぐにそのことを思い出させた。
だがどこから漂ってくる香りなのだろう。
庭一面に広がる花壇はようやく整地され始めたばかりで、花どころかまともな植物は何一つ植えられていない。宮殿の庭園から漂ってくるものであれば、これまでその香りに気付かないはずもなかった。
アダマスは鼻先に神経を集中させ、匂いの元を辿る。左側から吹く風が華やかな香りを運びこみ、アダマスは思わずそちらに顔を向けた。
「フォルカ……」
いつのまにこんなにも近くにいたのか。見えなくなっていたフォルカは、アダマスのすぐ隣にいた。その手には白い花瓶が持たれており、何種類もの花がそこに活けられている。匂いはここから漂っているのに間違いなさそうだ。
「このような土埃に汚れた姿で申し訳ありません。久しぶりにアダマス様の姿を見ましたので、つい」
「土をいじるのがお前の仕事なのだろう。その姿はお前が働いている証。謝ることはない。それよりその花は……?」
「今朝、宮殿の庭園で間引かれた花たちです」
フォルカはそう言いながら、ティーセットの並ぶテーブルに花瓶を置く。飾り気がなく味気のなかったテーブルが、一見して艶やかに生まれ変わった。
「間引かれた花を王家の方のテーブルに並べるなど失礼かもしれませんが、それでも花が美しいことに変わりはないと思いまして」
「……ああ、確かに美しいな」
間引かれたと言われなければ分からないほど、花は堂々と美しく咲き誇っている。
「よく花などすぐに用意できたな。私が外に出るのは気まぐれだというのに」
「いつアダマス様がお見えになられてもいいように、毎朝用意しておりました」
「毎朝? 私が来ないかもしれないと分かっていて?」
「はい。宮殿の庭園は広大で、毎朝沢山の花が間引かれてしまいます。少しでもこちらの彩りになれば、花も救われましょう。本当は屋敷の中に飾っていただこうと思っていたのですが……」
フォルカは言い辛そうに、言葉をそこで止めた。だが中途半端に止められるのは気持ちが悪いと、アダマスは続きを話すように命じる。
「……アダマス様は部屋にこもられることが多いので、お加減がよろしくないのではと。見舞いに花は定番ですが、花には香りの強いものも多くあります。アダマス様の体調を考えれば、差し出がましい真似は止めたほうがいいと思ったのです」
「そうか……お前はそんな気持ちで毎朝花を」
アダマスは感じ入ったように、花弁を撫でる。薄桃色の花はアダマスの指に応えるように、豊かな甘い香りをあたりに舞わせた。
宰相からの回し者と、醜い感情を抱いていたことが恥ずかしくなるほど、フォルカは優しい心を持つ男だった。
不要だと間引かれた花であっても、フォルカの気持ちが含まれた花は、アダマスの心を和ませ温かくしていく。
フォルカのようなものが側にいるのならば、昔のように心穏やかに過ごせるかもしれない。
そんな風に感じていたアダマスだったが、花弁によく似た唇が次に紡ぎだした言葉は、心の温度とはかけ離れた、冷たいものだった。
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