白薔薇の誓い

田中ライコフ

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歓迎できない来訪者

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 アダマスが友を取り戻してから、数週間の時が流れた。日暮れは徐々に早くなり、実りをもたらしていた季節は過ぎ去ろうとしている。美しく色づいた自然も少しずつ枯れ、色を失くそうとしていた。
 だがアダマスの心は春の日差しのように穏やかで温かい。味気のない冬の枯れ木であっても、美しく見えるだろう。フォルティスという友を取り戻したことは、アダマスにとって何にも勝る喜びだった。
 アダマスは自室の窓から、庭園を見下ろす。窓の外では、今日もフォルティスが汗を流していた。その姿を見るだけで、アダマスはそわそわと部屋の中を動き回ってしまう。
 庭へ駆け出し、フォルティスと話がしたい。
アダマスはいつもそう思っている。だがそれと同時に、仕事の邪魔をしてはいけないと思う気持ちもあった。
「今日は大人しくしておくべきか……。でも少しくらいは……」
 部屋を出ようとしては足を止め、また部屋の中をぐるぐると回る。ここ最近は、毎日それを繰り返している。そして結局は我慢できず、毎日数回フォルティスの元へ行っていた。
 自分でも呆れるくらい、堪え性がないと思う。仕事の邪魔をしてはいけないという罪悪感はあるのに、フォルティスの笑顔を見ると、それも吹き飛んでしまうのだ。仕事の邪魔になっているのは間違いないのに、温かく迎えてくれるとつい甘えてしまう。
「幼い頃からなにも変わっていないな、私は」
 十八になったというのに、フォルティスの前では子供と同じだ。だがそれも仕方がないとも思う。フォルティスとの時間はそこで止まっていたのだから。
 悩んでいる時間がもったいないと、アダマスが庭へ降りようと決めたとき、外から耳慣れぬ音が聞こえてきた。
ガタガタと車輪の軋むような音と、馬のいななき。それは屋敷のすぐ側で音を止めた。
「馬車……?」
 アダマスは窓からそれを確認しようとするが、あいにく死角になっており、来客者の姿を確認することは出来ない。だが姿は見えなくとも、アダマスは吐き気を催すような、嫌な予感がしていた。
 仮にも王族のアダマスの元に、なんの知らせもなくやってくる人物は限られている。同じ身分の者か、それに等しいものだ。馬車の音は一つしかしなかった。王である父が、供もつけずにやってくるとは考えにくい。ろくに顔も知らない兄弟や継母も同様だった。
 おのずと招かれざる客の正体がみえ、アダマスは手を固く握り締める。フォルティスと過ごそうと浮ついていた気持ちも、どこかに消えてしまった。
 やがてアダマスの元に、来客を告げる使用人がやってくる。
 重い足取りで、来客者の待つ応接間へと向かったアダマスは、招かれざる客の姿が予想通りだったのを知ると、汚いものでも見るかのようにぐっと眉をしかめた。
「お久しぶりですなぁ、アダマス殿下」
「……顔を合わせるのは何年ぶりになるか」
「第二王妃様が亡くなられて以来、ですかな。私もこの国の宰相。それなりに忙しい身ですので」
「忙しいのならわざわざ来なければよいものを」
 アダマスはそう呟くと、わざと宰相から離れた席に腰を下ろす。あまり使われることのない応接間の椅子が、アダマスの心中を表すような、小さな悲鳴をあげた。
 来客者の正体は想像通り、アダマスの最も嫌う宰相だった。誰よりも異国の血を嫌い、アダマスを王宮から遠ざけようとする男。憎しみこそあれ、好きになれる要素は一つもない。
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