白薔薇の誓い

田中ライコフ

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責務

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 宰相が高らかに笑い声を上げた。その声はアダマスを失意の底へと落としていく。
 放り出すようにアダマスから手を離した宰相は、鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌だ。
 去り際に、宰相はアダマスにこう言い放った。
「冬にはこの国を出立していただきます。留学期間は長いものになるでしょうなぁ。早めに身辺の整理をつけられますように」
 それだけ言い残し、宰相は振り返ることなく屋敷を後にする。
 アダマスの身体が動くようになったのは、宰相を乗せた馬車の音が、ゆっくりと遠ざかってからだった。
 のろのろと立ち上がったアダマスは、壁に身体を預けながら自室へと戻る。支えがなければすぐにでも崩れてしまいそうだった。
 やがて自室にたどり着いたアダマスは、ようやく張り詰めた糸が緩むのを感じ、静かに嗚咽を漏らす。
 隣国になど行きたくはない。誰からも相手にされぬ生活であったとしても、この国で過ごしていきたかった。
 父と同じ年頃の男に慰み者にされるなど、考えただけでも吐き気を催す。そして父である王がそれを承諾したということが、なによりもアダマスを苦しめていた。
 宰相の言ったとおり、味方は誰もいない。
「嫌だ……行きたくない……っ!」
 たとえ国中の民が、平和のためにそれを望んだとしていても、アダマスの心はそれを拒否し続けるだろう。
「フォルティス……」
 助けを求めるように、その名を呼んだ。
 ようやく再会できたというのに、また引き離されてしまうのか。
 アダマスは窓際に近づくと、庭仕事に精を出すフォルティスを見下ろした。
 フォルティスは土と汗で身を汚しながら、薔薇の木の手入れをしている。一緒に白薔薇を見たいと言ったアダマスのために。
「フォルティス、すまない……」
 自分から交わした約束だった。必ず叶えられると信じた、些細な願いだ。だがそれは到底、叶えられそうにもない。
 部屋に響く時計の秒針の音が、アダマスを追いつめていく。
 冬の気配は、もうすぐそこにあった。
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