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貢物
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「表向きには我が国と隣国は、対等な友好国です」
「……だが本当は違うと言いたいのだろう。それくらい私も知っている」
隣国に和平を持ちかけたのは、こちらの方からだった。資源に困った隣国に救いの手を差し伸べたと、一般的にこの国で教えられているが、実際はそうではない。
資源を求めて攻め込まれそうになったので、手を結ぶことになったというのが本当のところだ。
もちろん、この国にも軍はある。だが富めるものが多く、平和しか知らないこの国の民は、隣国に比べて遥かに弱い。それは一目瞭然だった。
戦う前から負けを認めたこの国は、隣国に有利な形で友好関係を結び、その武力の庇護を受けている。
「隣国の影がなければ、この国は他国に狙われてもおかしくない状況だろう。この国の最大の弱点だろうな」
「そこまで分かっておられるのは腐っても王家の人間、ということでしょうな」
馬鹿にする物言いに、アダマスは奥歯を噛み締める。なにも言い返せなかったことに悔しさがこみ上げた。
「それで。この話と責務とやらに、なんの関係がある」
先を急かすようにそう言うと、宰相は嬉々として目を輝かせる。それはアダマスに危険を知らせるものだった。
「実は隣国から要求されたのですよ。誠意を示せと」
「誠意だと?」
「他国の侵略を妨げているのに、資源の提供だけでは誠意が足りないということでしょう」
「なんて強欲な……!」
「強欲であるからこそ、強者であり続けるのでしょうな。そしてこの要求を断れないのも我が国の事実。攻め込まれれば、ひとたまりもありますまい。そこで殿下のお力が必要なのですよ」
「私の力……?」
宰相はもったいをつけ、一拍空けると、吉報を告げるように明るい声を出した。
「我が国の誠意を示すものとして、殿下を人質として送ることに決まったのです」
「なっ……!」
「無論、名目上は留学となっています」
「なぜ私がそのような……っ!」
アダマスは乱暴に立ち上がると宰相に詰め寄ろうとした。だが宰相はそれを簡単にいなす。
「王家の人間を差し出すことこそ、最大の誠意でしょう。あなたに逆らうつもりはありません、という表示になる。どちらかの国に姫がいれば婚姻関係を結べたでしょうが、残念ながら両国共にいるのは王子のみ」
「それでもっ……どうして私が……っ」
「では殿下は兄君たちを人質にと? 第一王妃の血を継ぎ、次期国王に相応しい優秀な兄君たちを?」
「それは……」
アダマスは思わず口を噤む。
「殿下が一番の適任者なのですよ。殿下は今まで王家の人間として責務を果たすことなく、民の税で生きてこられた。そろそろその恩を報い、国のため……民のために責務を果たされたらどうですかな」
宰相は冷たくアダマスの肩を突き放す。アダマスは数歩後ろに下がると、膝から崩れ落ちた。
「殿下。人質といってもそんなに気に病むようなことはありませんぞ」
うな垂れるアダマスの肩に、脂ぎった宰相の手が置かれる。普段はすぐに払いのけていたが、今のアダマスにはそうする気力もない。
「隣国の王の耳に、アダマス様の噂が入っているようでして……それはもう、興味をお持ちなのですよ」
呆然とするアダマスには宰相がなにを言っているか分からなかった。話がのみこめず、アダマスはぼんやりと宰相を仰ぎ見る。
「あちらの王は美しいものに目がないお方。我が国の王と年齢はそう変わりないようですが、男としての猛々しさは未だに衰え知らずという話です。……殿下ならばさぞや可愛がられるのではないでしょうか」
宰相の声音に下卑たものを感じ、アダマスは顔を凍りつかせた。この男はアダマスに、隣国への貢物として、慰み者になってこいと言っているのだ。
あまりの侮辱に身体が震える。だが喉が引き攣り、なにも言葉が出てこない。
そんなアダマスに、宰相は勝ち誇った笑みを浮かべている。
「殿下。これはもう、王も認められたことなのですよ」
「父上も……?」
「ええ。王はなにも迷われることなく、決断されました。殿下に責務を果たさせると。殿下がいくら異存を申し立てたところで、味方になってくれる者は誰もいないのですよ」
「……だが本当は違うと言いたいのだろう。それくらい私も知っている」
隣国に和平を持ちかけたのは、こちらの方からだった。資源に困った隣国に救いの手を差し伸べたと、一般的にこの国で教えられているが、実際はそうではない。
資源を求めて攻め込まれそうになったので、手を結ぶことになったというのが本当のところだ。
もちろん、この国にも軍はある。だが富めるものが多く、平和しか知らないこの国の民は、隣国に比べて遥かに弱い。それは一目瞭然だった。
戦う前から負けを認めたこの国は、隣国に有利な形で友好関係を結び、その武力の庇護を受けている。
「隣国の影がなければ、この国は他国に狙われてもおかしくない状況だろう。この国の最大の弱点だろうな」
「そこまで分かっておられるのは腐っても王家の人間、ということでしょうな」
馬鹿にする物言いに、アダマスは奥歯を噛み締める。なにも言い返せなかったことに悔しさがこみ上げた。
「それで。この話と責務とやらに、なんの関係がある」
先を急かすようにそう言うと、宰相は嬉々として目を輝かせる。それはアダマスに危険を知らせるものだった。
「実は隣国から要求されたのですよ。誠意を示せと」
「誠意だと?」
「他国の侵略を妨げているのに、資源の提供だけでは誠意が足りないということでしょう」
「なんて強欲な……!」
「強欲であるからこそ、強者であり続けるのでしょうな。そしてこの要求を断れないのも我が国の事実。攻め込まれれば、ひとたまりもありますまい。そこで殿下のお力が必要なのですよ」
「私の力……?」
宰相はもったいをつけ、一拍空けると、吉報を告げるように明るい声を出した。
「我が国の誠意を示すものとして、殿下を人質として送ることに決まったのです」
「なっ……!」
「無論、名目上は留学となっています」
「なぜ私がそのような……っ!」
アダマスは乱暴に立ち上がると宰相に詰め寄ろうとした。だが宰相はそれを簡単にいなす。
「王家の人間を差し出すことこそ、最大の誠意でしょう。あなたに逆らうつもりはありません、という表示になる。どちらかの国に姫がいれば婚姻関係を結べたでしょうが、残念ながら両国共にいるのは王子のみ」
「それでもっ……どうして私が……っ」
「では殿下は兄君たちを人質にと? 第一王妃の血を継ぎ、次期国王に相応しい優秀な兄君たちを?」
「それは……」
アダマスは思わず口を噤む。
「殿下が一番の適任者なのですよ。殿下は今まで王家の人間として責務を果たすことなく、民の税で生きてこられた。そろそろその恩を報い、国のため……民のために責務を果たされたらどうですかな」
宰相は冷たくアダマスの肩を突き放す。アダマスは数歩後ろに下がると、膝から崩れ落ちた。
「殿下。人質といってもそんなに気に病むようなことはありませんぞ」
うな垂れるアダマスの肩に、脂ぎった宰相の手が置かれる。普段はすぐに払いのけていたが、今のアダマスにはそうする気力もない。
「隣国の王の耳に、アダマス様の噂が入っているようでして……それはもう、興味をお持ちなのですよ」
呆然とするアダマスには宰相がなにを言っているか分からなかった。話がのみこめず、アダマスはぼんやりと宰相を仰ぎ見る。
「あちらの王は美しいものに目がないお方。我が国の王と年齢はそう変わりないようですが、男としての猛々しさは未だに衰え知らずという話です。……殿下ならばさぞや可愛がられるのではないでしょうか」
宰相の声音に下卑たものを感じ、アダマスは顔を凍りつかせた。この男はアダマスに、隣国への貢物として、慰み者になってこいと言っているのだ。
あまりの侮辱に身体が震える。だが喉が引き攣り、なにも言葉が出てこない。
そんなアダマスに、宰相は勝ち誇った笑みを浮かべている。
「殿下。これはもう、王も認められたことなのですよ」
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